望郷のまなざし 2策目
シェトによるエルの暴露話。
本人まさかの不在。
「『パルの残禍』が、アイツが、いる……!」
「!?」
シェトさんが思わずといったように身を乗り出す。
「あの時と同じ。今度は絶対に、」
その時、エルが急に手を口元に当てた。そしてシェトさんに視線を向ける。
「先生、仕込みましたね?」
「ああ」
席に座り直し何食わぬ顔でお茶を飲んだその人は、平然と肯定してみせた。
「寝るわ。隣、借ります。ジョオン、先生に話をしておいて」
そう言うなり軍師様は立ち上がり、脇目も振らず隣の部屋があるのだろう扉に消えていった。
「……どういう事?」
怒涛の展開に思わずオレの口から呟きが漏れた。
だって、そうだろう?
何か『パルの残禍』に心当たりがありそうな口調に、急に「寝る」なんて言うなんて。
疑問を解消出来そうな人に目を向けるのも必然だろう。
その人はカップを置きながら「ふむ」と頷いた。
「エルのカップに睡眠薬を仕込んでおいた」
何事もなかったかのようにさらりと告げられた言葉。
それに「は?」と言ってしまったのは仕方がないだろう。
「勿論、アイツの分だけな。人前で寝るのを避ける子だ。私達の前で寝るのは矜持が許さないのさ」
寝ろと言ってもなかなか寝ないからな、等と宣うその人を見て、親子だな、と場違いな感想を抱いた。
それにしても、何か軍師様の寝顔と寝言を聞いた気がするんだけど、気のせいかな?
「それで、お前の主観でいいから話を最初から頼む。あの子のはいろいろ私情が絡みそうなんでな」
頬杖をついて、こちらに視線を向けてくる。
こうしてみると、この人も綺麗な顔をしているのが判る。鼻梁の通った小さな顔に黒曜石を思わせる大きな目。前髪で隠れているのが少し残念だ。
「なんだ?見惚れたか?」
上目遣いでオレの顔を覗き込んでくる。
「失礼しました。笑った顔が少しエルと似ているな、と思いまして」
オレがそういうとシェトさんは驚きに目を見開いた。そしてふいっと視線を外した。
「まあ、これでも10年程親子をやっているんだから、仕草のひとつやふたつ似る事もあるさ」
10年程って。シェトさんは本当に何歳だろう。女性に歳は聞けないが。
「とりあえず、ドムトールであった事を話しますね。まず、私はアフェス領のサヴィルタート公子の命でドムトールに騎士見習いとして勤めていました……」
それからヴィル様にしたような話を、つまりエルとラース様の話を盗み聞きしてからの数日間を話して聞かせた。
本当に怒涛の数日間だったと話しながらも思う。
よく生きてたな、オレ。
ようやく話し終わった時にはポットのお茶を飲み干した程の情報量。
それに口を挟まず聞いていたシェトさんは、はぁ、と溜め息をついた。
「相変わらず無茶をする子だ」
それと、とオレに視線を投げ掛ける。
「お前はもう少し意見を通した方がいい」
そう言うと自身の前髪をかき混ぜた。
そう言われましても、軍師様に意見出来る気がしないんですが。
「そこは慣れだ」って、えぇー。
「それにしても『パルの残禍』か。話からしても、いるのは間違いなさそうだ」
その人はくちゃくちゃにした髪の毛をそのままに顔を覆う。
「何で、あの子は平穏から避けられるのか……」
「それは、エルが、エフィラル=スタンドーネが逃げないからじゃないでしょうか」
オレの口からそんな言葉が出たのに、自分で驚く。
ドムトールからの旅路はきっと『逃亡』ではなく『脱出』になるんじゃないかと感じていた。
でも、オレが軍師様の何を知っているというのだろうか?
そう思っていると、シェトさんはバッと顔を上げ、オレの顔を見て、ふっと穏やかに笑った。
「あの時の事は、あの子に跡を残しすぎじゃないか、セティアーヌ」
誰だろう?そんな考えが顔に出ていたのか、シェトさんは机の上で手を組んで口を開いた。
「別に言いふらさなければいいか、……過去の話だ」
「いや、何か聞いちゃいけない気がするんですが」
「まあ、聞け。私が話したい」
オレの遠回しの否定をばっさりと却下し、その人は始めにオレに問いかけた。
「10年程前に滅んだウィンラス共和国の事は知っているか?」
ウィンラス共和国。
その国名をつい最近も聞いた気がする。
この国よりいくつか国を跨いだ西方の山岳地帯にあった国の名前だ。9人の女性を頂に据え厳しい環境に磨かれた実力主義の国。
「はい。正体不明の軍に襲われて、一月も経たずに陥落したと。姉が戦乙女に憧れていたので、よく騒いでいました」
そう、姉のリクラーシャは気性が合ったのか小さい頃「将来、戦乙女になるの!」と口癖のように言っていた。
いや、クリス王国の住人なのでラスフェリアは無理なんだけど。後、姉さんは腕っぷしはともかく人を率いるのは難しいんじゃないかな……。
「それなら話は早い。ラスフェリアの名前覚えているか?我が友セティアーヌはそんな1人だった」
確か、最終的なメンバーは剣将のトゥカ、ユーパ、アスディア。槍将のイーテ、エレス、ティル。法将のセティアーヌ、レト、エフィラルだったはず。
……あれ?軍師様と同じ名前?
「ある日、彼女から手紙が届いた。『もうすぐ『戦役の置き土産』から襲撃を受けるだろうから、仲間を預かってほしい』要約するとこんな内容だった」
「『戦役の置き土産』って!?それじゃあウィンラスが滅びたのって」
「そうだな。あいつらの仕業だ」
思わず声を出したオレに、シェトさんは頷いた。
そんな、今回の件と似たような話じゃないか。
その間もその人の話は続く。
「しばらく後に、イーテと名乗る女がセティアーヌの手紙を携えてやって来た。そして旅装を解かないままの彼女はこう言った」
『襲撃が始まりました。私はすぐにでも戻らなければなりません。ですが、この子だけは巻き込むわけにはいかない。この子は私達の希望で、ウィンラス最後の牙だから』
「そうして私は魔法により眠らされている子供を預けられた。それがエルだ」
ここに来て軍師様。
「ちょっと待って下さい。その時、エルはいくつなんですか!?」
いくら何でもラスフェリアに抱えられて来るなんて、おかしくないか?
「確か十にも満たない歳だったな。なりたてではあったが、ラスフェリアにも名を連ねていたとか」
軍師様ー!!何ですか貴女、どれだけ多才なんですか!?
「まあ、法将は魔力量によって決められていたそうだから、内務をしていたかは知らんが」
オレの何とも言えない表情を読み取ったのか、シェトさんが付け加えた。
いやいや、それでもそんな歳から人の上に立っていたって事でしょう!?
「ウィンラスが開戦したという知らせが人の口に上がる頃、その子はようやく目が覚めた。よっぽど強い魔法をかけられていたのだろう」
『だってね、エルってばそんな事でもしない限り、とんぼ返って来そうだったからね!』
何故かそんな言葉が聞こえた気がした。
「噂が届く程だ。戦況はその時点で大分進行していた事だろう。エルは黙って故郷の方角を見る事しか出来なかった」
『私だって、ラスフェリアなのに……。何故、ウィンラスはこうも遠いの……』
姉様たちを恨もうとは思わない。ただ何も出来ない自分が酷く小さく感じた。
……って、エルの幼くなった声がする?
「そして終戦の知らせが届く頃、私はエルに養子にならないかと持ちかけた。家族も仲間も居場所もなくなったあの子に与えられるものはそれだけだったから」
『お前の心がまだウィンラスにいるのなら、それでもいい。私は別にクリスの人間でもないしな』
ウィンラスを思っていてもいい、と言ってくれたから私はその手を取った。
「それから、あの子の希望で魔法を教える事になった。父親がどうやらパルの血を引いて……、おい、ジョオン。どうした」
『力が無いなんて嫌よ。何も守れないもの。牙さえちゃんと使えれば、何も失う事なんてなかった!』
よく聞くけれど、『牙』って何なんだ?
その言葉が聞こえたのか、幼い金髪の子供がこちらを向いた。子供特有の丸みがまだ残った顔。それなのに、
『封印されし魔法』
その翠色の眼だけはぎらぎらと輝いて見えた。
エルに設定詰め込みすぎじゃん、と今更ながらに思う、わたくし。
だが、まだあるという……。
これで現在のストック終わり。
続きは鋭意制作中。
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恐らく燃料に変えて頑張りますのでw