混ぜるな危険、時々混沌(カオス)3策目
エルとの話し合い後半とヴィルのお部屋訪問です。
1月27日 ヴィルの呼び名が一部違っていました。訂正しています。
「それで、オレたちはどうしたら?」
別に追い返すだけならば、話の通じる相手ならヴィル様にしらばっくれてもらえばいいだけだし、通じない場合でもここはそれなりの戦力を有している。
「そうね、また夜逃げの準備かしら」
それに対して軍師様の口から出たのは、おちゃらけた言葉だった。
「えっ、出て行っちゃうの?」
寂しそうに姉は眉を下げた。
「場合によっては帰ってくる事になるわよ。私、公子のしている事に興味があるから」
そんな姉に言葉をかけながら、ちらりとオレを見るエル。
興味って、ドムトールに対する戦力とかそういうのなんですね……。
「そう言うという事は、今はまだ本格的に抵抗しないんだな」
ここを今、戦場にするにはあまりにも時期が悪いので、オレひいてはこの領地は一安心である。
「あら、抵抗するとも言っていないわよ?」
とにんまり笑う軍師様は見ないでおく。
「ともかく、そのために、ここに入る前にラズを呼んでおいたから、もうすぐこの街に来ると思うわ。そうしたら面倒を見てあげてほしいの」
ラフェドウィズは別れた後、クリストライン方面へ飛んで行ったが、どうやら途中で引き返して近くまで来ていたらしい。
「普通の馬と同じでいいよな」
「ブラッシングは難しいと思うわよ」
そりゃあ翼がありますからね。
「それとジョオンは予定通り、私に付いてきてもらうわ。証人は必要だもの」
それは承知の上だ。
オレの提案で先にアフェスに寄ってもらっただけにすぎないのだから。
「それとサヴィルタート公子に襲撃がありそうな事を仄めかしておいてほしいの。私の言う事は今の段階じゃあ聞いてくれないでしょうし」
確かに公子様のあの態度を見る限り、話し合いの余地は無さそうである。
「本当に何であんな事になっているんだ?過去に会った事があるみたいだったけど」
そう聞いてみると、彼女はあぁ、と言って視線を逸らした。
「以前に王城のパーティでね。恐らく、恐らくよ?そこで私の悪い噂でも聞いたのでしょう。私からしたらありえない内容なのだけれど」
少し早口で言い訳がましい台詞を口にする軍師様。彼女にしては珍しい言い方だ。
それにしても王城のパーティねぇ。スタンドーネ軍師様は凄いところにも顔が利くんだな。
その時、オレはそう感じていた。
「ともかく、この後オレはヴィル様と会う予定があるから、それとなく言ってみるよ」
「そう。公子に宜しく言っておいて」
エルの名前を出したら、反発は必定だろう。それを判っていて口に出す軍師様は意地が悪い。
「ねぇ、エル」
ここで今まで黙っていた姉さんが口を開いた。
「エルって実は偉い人?」
真面目な顔をしていたと思ったら、それか。
確かに彼女は姉さんに『エル』としか名乗っていない。そう考えると、その問いも今までのやりとり上、的外れではない。が、今それを聞くか。
それに、エライ、とはどういう意味か?
頭の善し悪しで聞いているわけじゃあるまいし、やはり役職や立場上の話なのだろうか。
ここまで考えての質問なら、……明日は雨じゃなく槍が降るな。
その意味で考えると、オレが知っている彼女の肩書きは『ドムトール領の軍師』であって、今は逃亡中だ。
となると、どう答えたらよいのだろうか。
答えが気になったオレは軍師様の顔をちらりと窺う。
そこには笑う彼女がいた。
「ふふふっ、そうね。今は旅をしているけれど、たまに政に参加させてもらっているわ」
正しく『旅の軍師』を判りやすく説明しただけの言葉だった。
先程まで何か他にもありそうな雰囲気だったけれど、それだけで通すようだ。
姉さんもそれで納得したらしい。
「領主様とかヴィルがやっているヤツをやっているんだ。アレって面倒なのに、よくやろうって思えるよね」
そういう彼女はサヴィルタート公子の婚約者である。
もう一度言う。
婚約者である。
幼い頃に親同士が決めた関係だとしても、政治に携わらなければならない立場だ。それを面倒なヤツ扱いしている。本人は頭を使うより体を動かす方が好きな人種なので仕方ないかもしれないが、それでは周りが困る。
「姉さん、ちゃんと勉強してた!?オレがいない間」
だからオレの口からそんな言葉が突いて出たとしても、何ら不思議ではないのである。
「してたよぅ。おばあちゃんの話並みに眠くなったけどね」
うん、あんまりしていないな。
姉の認識としては、その程度という事だ。公子様の苦労が偲ばれる。
「まぁ、そういう事だから。ジョオン、宜しくね。リシャも出来ることをやればいいと思うわ。公子様は結構過保護みたいだから」
何かを察したのかエルがそう話を切った。
やっぱり判るよなあ。
サヴィルタート様は婚約者に甘い(ベタ惚れともいう)。表面上は嫌そうにしていても、大抵許してしまう。しかし姉は幼少の頃からの付き合いだからか、そんな態度に慣れきっていてその思いに微塵も気が付いていない。
そして今も「何の事?」と首を傾げている。
「ともかく追っ手の話の件とラフェドウィズの事は任せてくれ」
オレはそんな姉には触れずに話を続ける。
「任せるわ。公子様にはこれからいっぱい動いてもらわないといけないから」
そんな事を言う軍師様は何かを企んでいる様だった。
■
空の大神も大地の果てに体を横たえた頃、オレはその部屋の中にいた。
サヴィルタート公子の私室である。
軍師様にも伝えた通り、もともと公子様に呼ばれていたからだ。
実はこの部屋に入るのは初めてではない。むしろ、自分の家の部屋の次くらいには来ているのではないだろうか。
オレと姉リクラ-シャは、幼少の頃から遊び相手としてこの屋敷に出入りをしている。
だから必然的にここにくる機会も増えるというわけだ。
サヴィルタート様のお部屋はよく外部の人からは、本人の見た目から飾り気がなさそうだと言われたりするのだけど、意外とそうでもない。
港があり交易が盛んな土地柄、領主邸には様々な物が持ち込まれる。
その中でもヴィル様が好んでいるのがランプなどの照明器具だ。その証拠に飾り棚の一角がそれで埋まってしまっている。
おや、また新しいランプが増えている。色ガラスとは珍しい。
窓際にステンドグラスを散りばめたランプ。それ自身の内包する灯火と窓の外に見える灯台の光に照らされ、ちらちらと踊って見えた。
「お前は私室の監査か何かに来ているのか?部屋の主がいるってのに、壁に目を向けるとは」
上司兼幼馴染は部屋に入ってからのオレの行動に苦言を呈する。彼は先程、自らオレを部屋に招き入れたため、すぐ傍に立っていたのだった。
「変わったものがあると気になるだろ。そのランプは新しい物かな?」
いつものセリフ、とオレはその言葉を無視して、目の前の彼に聞く。
「ああ、1週間ほど前の船で来た。スウェンド産の物だ」
こう見えて、サヴィルタート公子は目利きが効く。
アフェスの港に着く交易船からこういった物を買い上げる事もよくあるのだ。
前回は西方の杯なんて買っていたな。
「オレが死ぬかもしれないって怯えている時に、ランプに現抜かしていたんだなぁ。全く、表面上は通常通りだ」
嫌味を込めて言ってみたが、まあ、効かないだろう。
「はっ、どうせ何だかんだで戻ってくるって思っていたからな」
何なんだろう、その信頼感。
ヴィル様は昔からオレの事を『運のいい奴』と思っている節がある。
そんな事ないのにな。
「でもまあ、よく戻ってきた。あれから、関所の検問がさらに厳しくなったからな」
そう言い、公子様は椅子にどっかりと座る。一応、労う気はあるらしい。
「で、だ。あの女とラースの事を聞こう」
早速の要件に、オレは背筋を伸ばした。
「まず、前回の手紙を出した後ですが……」
前回出した手紙はまだ届いていないようだった。確かに時間を考えてもギリギリのタイミングだ。
だから前々回の内容から後の事になる。
その前々回の手紙というのは軍師様にバレるかなり前である。確か、そろそろドムトール領から出る事に触れていた気がする。
やり取りを不審がられないためにも、そう頻繁に手紙を出すわけにもいかなかったから。
それからの事、つまりはここ数日を重点的に話す事になった。
ラース様の謎の会話、軍師様の提案、逃避行。
もちろん、領主様の部屋であった事も話した。
あの隠し通路は何を隠そう、この公子様から聞いたものだから、部屋に探りを入れるのは予定範囲内だったわけだ。
それを聞き終わったサヴィルタート様は目を瞑り一頻り何か考えた後、口を開いた。
「ジョオン、俺はそこまで求めていない」
その言葉にオレは目を見開く。
「お前を危険に曝すために隠し通路の事を教えたんじゃない。無茶するなよ、頼むから」
だったら何故、オレを送り込んだんですか、ヴィル様。
そう思いはするものの、オレはその理由も何となく察してもいる。
現段階で自由に動かせる手駒が少ないんだ、きっと。だからオレをドムトールに行かさざるをえなかった。
あくまでオレの想像だけど。
「すみません。オレも少し軽率だったと思います」
だからオレは素直に頭を下げた。
「頼むぞ、俺一人でリシャの相手は辛いからな」
それはどう返していいか判らない言葉ですよ、公子様。
説明回でも軽く読めるように行間を空けたり、出来るだけしつこくないようにしていますが、いかがでしょうか?