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夢渡り

 なんだかすごく恥ずかしいことになってしまったり、環くんが実は男の人が好きらしいことにショックを受けてしまったけれど、『吸血鬼の館』を無事クリアした私たち。スタンプを押して特別棟を出て、次のエリアに向かっていた。


 お互いに何を話すでもなく、どことなく気まずい空気を漂わせながら。いつものように間隔を開けてとぼとぼと夜道を歩いていると、環くんが突然立ち止まりこちらを向いた。なんだか意を決したような表情に、私はあわてて背筋を伸ばす。


「ご、誤解させたかもしれないけど、俺が、あの……好きなのは、女の子……で。先生はあくまでも友達。いや、先生なんだけど、友達でもあって。なんかそういうノリでというか。別に先生のことが好きとか、ましてや付き合ってるとか、そういうわけではないから」


 たぶん弁明されているんだけど、こちらにぜんぜん目を合わせてくれない。環くんは左右に目を泳がせながら早口で言うとうつむいた。そうか、男の人が好きなわけではないんだ。ちょっとホッとした……女の子が好きと言っても、私でないことは確かだけど。


「そ、そうなんだね」


「あ、うん、こっちこそ、本当にごめん。その、あと、なんだ、触ってしまって……怖い思いさせて、本当に悪かったと思ってる」


「大丈夫、気にしてないよ。だって、不可抗力だったし。こっちこそ、本当にごめんね」


 私が笑うと、環くんは安心したようで、やっと目を合わせて笑ってくれた。


 やっぱり、笑った顔が好き。この学校にいる間だけ、付かず離れずでいい、そう思っていた。けれど、彼の声や体温で安心することを知ってしまった日から、心の底ではもっともっとと求めてしまっている。そんなこと、許されるはずがないのに。


「さあ、気を取り直したところで次だな! さっさと終わらせて帰ろう。ここからだと、次はCかな」


「うん」


 帰りたくない、このままずっと二人でいたいなんて言えない。Dエリアのスタンプ台の部屋。暗闇で転んでしまって、体を寄せることになってしまったあの出来事も。まるで前に環くんが見ていた夢みたいで、ものすごく幸せだったなんて。


 絶対に言えない。



 ◆



 彼が高熱を出して、教室からそのまま寮に連れ帰られた日。当たり前だけど、昼にも夜にも食堂に現れなくて。ひと目だけでも姿を見たくてお見舞いに行こうとしたけど、担当の先生から止められてしまった。


「彼、ものすごい熱らしくて、またお医者さんを呼んだみたいなの。気持ちはわかるけど、今はそっとしてあげたほうがいいわ。それに、うつったりしたら大変だから」


「わかりました」


 お風呂の後すぐ布団に入って、枕元のうさっちを隣に寝かせる。消灯時間までまだかなり時間があるのに、私が早々と寝支度を始めたのを、千秋ちゃんが首を傾げて見ていた。


「あれ? もう寝ちゃうの?」


「うん、試験で疲れちゃったから。千秋ちゃんは普通にしててもらっていいよ。私、どこでも寝られるタイプだし」


「それじゃ、邪魔にならないように、消灯時間までお姉ちゃんのところに行こうかな。じゃあ、おやすみ、たまちゃん」


「ありがとう。おやすみ」


 千秋ちゃんは微笑んで立ち上がり、明かりを消してから部屋を出た。ここに一人になれたのは、今からやろうとしていることを思うとちょっとありがたかった。布団にすぽんと潜り込む。枕の下から『術具』を取り出し握り込んだ。目を閉じて、息を吸い、ゆっくりと吐く。


 私は環くんに会いたさに『夢渡り』を試みようとしていた。


 彼がいつ夢を見るか分からないから、出来るだけ早めの時間から始めようとしたのだ。夢でなら風邪もうつらないし、ひと目姿を見られたらすぐに帰るつもりだった。準備が整ったところで長い呪文を唱え始める。声は出さず唇だけを動かすので十分だ。


 唱え終わって一呼吸おくと、意識がどこかへ飛んでいく。


 授業外で魔術を使ったことがバレたら大変なことになるけど、私は誰にも掴まれずに魔術を使うこともできる。そのための訓練を積んでいるから。こういうのって、昔取った杵柄って言うんだっけ。


 法律では固く禁じられているけど、()()に必要なことだからと、うちに生まれた女の子は物心つく前から魔術を習う。大昔はどこもそんなものだったらしいけどね。


 教えられたのはこの国古来の魔術を、仕事の役に立ちそうなものを中心に一通り。今やっている夢渡りもそのうちのひとつ。ちなみに今では様々な理由で禁術とされているものも多い。現代魔術も少しだけ。私は他の姉妹に比べたらとんでもなく出来が悪かったけど、それでも学校の実技の授業はとにかく手を抜くことに集中している。『目立つことをしてはいけない』それも実家を出るときの約束だ。


 目を開くと、私は何もないところを漂っていた。暗くてとても静かで、ぬるま湯の中にいるみたいな感覚。ようやく光が差してきたので、そこを目指して泳いでいく。これこそが環くんの夢の入り口、近づくと全身が光に包まれていった。



 ◆



 気がつくと私は布団の中にいた。失敗して目が覚めたのかと思ったけど、彼が私の胸に顔をうずめて眠っていた。


 夢の中でも寝てるなんてと思ったら、お互いに何も着ていない。びっくりして思わず大声を出しそうになってしまったけど、これは夢の中。それに、今ここにいる私は、()()()()()()()()()()。最後までこの人を演じきらないとと、心を落ち着かせる。


 環くんはまだ目を覚まさない。そういえば、周りは女の子ばかりなのに、そんな素振りは微塵も見せられたことがないけど、やっぱり誰かとこういうことをしてみたいものなのかな。それとも、もう経験があって、その時のことを思い出している?


 なぜか胸がちくりと傷んだけど、自分のことを棚に上げてしまうことになる……他人と肌を合わせる感触はもう知っている。おぞましいだけだと思っていたのに、相手が好きな人だと、ずっとこうしていたいくらい心地がいい。すやすやと幸せそうに眠る彼が愛しくて、髪を手ですいてみる。感触がちゃんとあるのをしばらく楽しんでいると、頭がもそっと動き、彼がゆっくり目を開けた。


 彼は顔を上げじいっと私を見て、目を蕩かせ幸せそうに微笑んだ。これは、心から愛している人に向ける顔だと直感が言った。喉がきゅうと締まる。間違えそうになったけれど、この眼差しは別に私に向けられているわけではない。


『環くん、大好きだよ』


 彼が目をまん丸くした。私は今、彼の夢の中に出てくる人物に同化しているだけ。だから彼からは、彼が想っている人の顔に見えていて、声もその人の声に聞こえているはず。


 突然、痛いくらいにぎゅっと抱きしめられて、耳元に顔を寄せられた。夢の中なのに心臓が跳ね上がってしまう。


『俺も、あなたが好きだ』


 大好きな声で紡がれた言葉はあまりにも甘かった。私に向けられたものではないのに、胸がチリチリと熱く焦げて、蓋をしたはずの想いがあふれてくる。


 いいな。私だったらいいのにな。こんなふうに抱きしめられて、好きだって言われてみたい。ずっと、このままでいたいよ。ほおを彼の体に擦り寄せた。


 願いもむなしく、その後すぐ視界が揺らいだ。息も苦しくなってくる。彼の夢に長く潜りすぎて、魔力が残り少なくなったみたいだ。そろそろ戻らないと私は二度と目覚められなくなってしまう。名残惜しく思いながら、外に出た。何もない空間を少しの間だけ漂ってから、私は浮かんでいく。鳥と、蝉の鳴き声が少しずつ大きくなる。


 そっと目を開くと目に入るのは寮の部屋の天井、私はベッドの中にいた。ちゃんと戻ってこられたことに安心して、ゆっくりと体を起こした。カーテンの隙間から朝日が漏れている。隣のベッドを見れば、千秋ちゃんがまだぐっすり眠っていた。


 ほっと息をついたけど、胸はまだ痛いまま。涙がいくつもこぼれ落ちた…………彼が好きな人と一緒にいる幸せな夢に、土足で踏み込んでしまったことに気がついてしまったから。


 私は、どこまでばかなんだろう。こんなことをしたって、環くんのそばにはいられないのに。好きになんて、なってもらえるはずがないのに。盗み見をして、盗み聞きをして、何をやっているんだろう。


 涙はしばらく止まらなかった。



 ◆



 私たちはいつのまにか、Cエリア、実習林入り口前にたどひり着いていた。フェンスで囲まれた林の中が、肝試しの会場になっているらしい。さっきみたいに悲鳴が聞こえて来ることもなく、妙に静かだった。


「うわー、ここもなんか怖そうだな……ああー『嘆きの森』って何だよ……林だろ? ん? 林と森って何が違うんだっけ?」


 フェンスに取り付けられた看板の前で、顔をしかめて腕を組みブツブツと言う環くん。もしかして、怖いものが苦手だったりするんだろうか。さっきも結構大きな声を出してたし、もしかしたら……頑張ってくれているんだとしたら、やっぱりすごく嬉しい。


「まあいいか。よし、本城さん、行こう」


「うん、がんばろうね」


 シャツの裾を差し出されたので、つかんだ。本当は手を繋いでみたいけど、やっぱり怖くて言い出せない。


 二人でうなずき合ってから、暗く静かな林の中に足を踏み入れた。


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