第24話 五時間目_走る
楽しかった昼休みも終わり、五時間目は体育。一年四組の生徒は体操着に着替えて外に集まっていた。
委員長の俺がかけた号令で、広場の芝生の上に整列したクラス全員が礼をすると、目の前のジャージ姿の教師はさぞ機嫌がよさそうに笑った。
「おおっ、委員長。君が噂の! まさか魔術学校で男子学生に出会えるとは思ってなかったぞ! よろしく!」
「あ、はい! よろしくお願いします!」
俺の返事を聞いた先生は、満面の笑顔のままこちらに歩み寄ってくると、背中をバンバン叩いてきた。
そうだよな。俺だってまさか魔術学校に入れてもらえるとは思っていなかったしな……えっと、ちょっと痛い。
しかし、昼食後に敷地内道路一周のランニングか。これはなかなかにしんどいかもしれないと、先ほど昼食を詰めたばかりの胃袋のことを思いながら周りを見た。
やはり同じようなことを考えているのか、不満げな表情で準備運動をするクラスメイトがほとんどだった。
ここは運動場ではなく、本部棟前広場。正門からまっすぐ入ったところにある、入学式の時に新入生受付が置かれていた広場だ。
本部棟というのは、学生の生活を支えるための売店や食堂、あとは学校の事務関連の部門、会議室、その他もろもろが集まった三階建ての建物である。ちなみに俺はまだ一階の売店くらいしか入ったことはない。
「この道なりにぐるっと走ればここに戻ってくる! 敷地内見学のつもりで軽くでいいからな。危険なところもあるし、迷うといけないから脇道には入るなよ! あと、車もたまに来るから気をつけるように!」
なるほど、ランニングがてらこの敷地全体を新入生になんとなく把握させる意図もあるのか。そのための時間をわざわざ取らなくてもいいわけなので一石二鳥だ。
「さあ、前途有望な若者たちよ、元気よく行こう!」
威勢のいい言葉の後に、スタート位置に並ばされる。俺の隣には本城さんが立っていて、栗色の丸い目がこちらを見あげていた。何か聞きたいことでもあるのだろうか?
「どうした?」
「えっと、香坂くんって、走るの得意な方?」
「いちおう中学は陸上部だったよ。短距離だったけど」
大会に出ても成績は今ひとつだったが、中学三年間それなりに真面目に打ち込んではいた。もし走るなら短距離の方が得意だが、体育の授業で軽く走るくらいなら、少々距離が長くてもあまり関係ない。
とはいえ、この学校の敷地が一周どのくらいなのか見当もつかないので、最初からあまり飛ばさないようにしなければ。
「へえ。じゃあ走るの速いんだ」
「そんなに速い方じゃないよ。大会出ても予選落ちレベル」
「それでもすごいよ。私、走るの遅いから羨ましいな」
気のせいだとは思うが、俺を見つめる目はキラキラとしているように見える。たぶん野郎という生き物はもれなくこういうのには弱いのではないのだろうか。
生徒数が少ない田舎の学校にだって、走るのが速いやつなんて何人もいたし、俺はスポーツが飛び抜けて得意なわけでもなかった。それなのに、『すごい』と言われるなんて生まれて初めてで……胸の奥がだんだんウズウズしてくる。
照れていることになんて気づかれたくなくて、彼女から顔を逸らしてしまった。褒めてもらえたのに、自分に余裕がないせいで素っ気なくなってしまったのが申し訳ない。
少し落ち着いたので横目で見ると、本城さんは既に気持ちを切り替え、体育教師からの合図を待っているようだった。
「よーし! じゃあ、気をつけていってこーい」
それを合図に、全員が走り出した。頬に当たる四月の風は爽やかで、すでに南中を過ぎた日差しもそこまで強く感じない。運動するのに適したほどよい暖かさだ。
久々に走るのはとても気持ちが良かった。山を切り開いて建てられたらしいこの学校は自然にあふれ、生まれ育った田舎町にも似ているところもあるので余計にそう感じる。
部活を引退後は受験勉強中心の暮らしをしていたし、合格してからも入学準備に忙しく運動する暇もなかった。もうすっかり身体が鈍ってしまっている。
今日は無理せず、かつ目立たぬよう後ろの方を走るつもりだったのに、だんだんと調子が出てきて、道中のクラスメイトを次々と抜き去っていく。
さて、この東都魔術高等専門学校に在籍しているのは、七学年で五百人ほど。学校としては規模が大きな方ではないとは思う。
通っていた中学校は場所が場所だけに全校生徒が七十人ほどだったが、例えば……仲のいい友人が進学した普通科高校は、確かひと学年二百八十人だと言っていたから、三学年で八百人を超える。なので、それより生徒数はだいぶ少なくはなる。
しかし敷地内には通常の学校と同じような施設はもちろん、魔術を教える特殊な学校ゆえ、他では見られないものも多数あるらしいと聞いてはいた。
走りながら実際に見てみると、確かにさまざまな施設があることがわかった。結構な大きさの池、一見すると運動場のようだが大きな石がゴロゴロとした広場、丈夫そうなフェンスに囲まれしっかり施錠されている林。建物も負けじと妙なものが多い。細くて高い塔、綺麗な半円型のドーム。整った直方体で、窓がひとつもない建物が特に目を引いた。
校内によくわからないものがあったとしたら、それは魔術の実習に使うものと母親に聞かされていた。しかし、魔術の座学すら受けていない一年生には、何の実習に使うのか見当もつかない。
考えながら走っているうちに、いつのまにかクラスメイトの姿を一人も見かけなくなっていた。道を間違えたかもしれないと焦ったが、目の前にスタート地点が見えてくる。単に俺がぶっちぎりのトップなだけだったようだ。
「お、帰ってきたか! やっぱり男子は速いな……全員戻るまでその辺で適当に座っててくれ」
「はい、わかりました」
息が整ったので芝生に腰を下ろしたが、まだ他のクラスメイトの姿は見えない。まあ、普通の女の子と比べれば、体力的に優位なのだろうが……本部棟前にある時計台を見ると、まだ時間は有り余っている。あと一周くらい走れそうだ。
待っている間、手持ち無沙汰なのでストレッチをしていると、クラスメイトがひとりずつ戻ってくる。自分のことを『走るのが遅い』と言っていた本城さんも、五番目くらいに帰ってきた。
……たぶん本気で走ってきたのだろう。広場の隅で胸を押さえながら息を整えている姿は、かなり疲れ切っていそうに見える。先生から『軽くでいい』と言われたからなのか、最初から歩いていた子もいたくらいなのに。
彼女が帰ってきたら声をかけようかと思っていたのだが、何だか悪い気がした。きっと真面目な子なんだろうなと思いながら、彼女が力尽きたように芝生にぺたりと座る姿を眺めていた。
五時間目はまだ続く





