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第21話 勘違いの後

 ぷかぷかと氷の海に浮かぶ俺。妄想で熱くなった身体はすっかり冷めてしまったが、放り込んだ当の本人……森戸さんはなぜか満面の笑顔に変わっている。なにそれ、怖い。


「ああ、勝手に会話に参加してごめんなさい。そこ、前に家族で行ったことがあるんだけど、すごく楽しいわよ。私ね、温泉とサウナ入って、風呂あがりに冷たいフルーツ牛乳飲むのがたまらなく好きなの」


 森戸さんはやたら楽しそうで、顎の下で指を組み目を細める。本当に温泉好きなんだな……てっきり昨日のようになじられるのかと思っていたので、ほっと胸を撫でおろした。


「あー、森戸さんはフルーツ牛乳派かあ。私はコーヒー牛乳がいいな」


「ああ、それも捨てがたいわね」


「わたしは普通の牛乳が好きだぞ!」


「瓶に入ったやつってなんでも美味しいよね」


「わかるわー」


 女の子たちは、俺の存在なんて忘れたかのように瓶牛乳の話で盛り上がり始めた。


 森戸さんは男の俺から見てもわかるほど、肌や髪が綺麗な人。風呂あがりにはミネラルウォーターとか、よくわからない果物と葉っぱを絞ったやつ……美容に良さそうなものを飲んでそうで、あんな甘いものを好みそうには見えない。


 何を隠そう俺もフルーツ牛乳派、彼女とは気が合うかもしれない。高校生になってもまだお子様舌が直らないようなので、なんでも甘いのがいい。紺野先生にブラックのコーヒーを勧められたりもしたが、謹んでお断りした。


 それはそれとして。


 温泉の話題で大慌てしていた俺のことを、みんな忘れていなかったようで、教室の中はいつのまにか取調室さながらの空気に変わっている。容疑者は俺。刑事は、残り全員。


 ……温泉だとはっきり言われているところは、基本的に混浴をするところなんだと思い込んでました。


 恥を忍んで白状した俺を、クラスメイトたちはどこの国から来たんだと笑い飛ばす。どうやら命拾いしたようだ。透子のケタケタという笑い声も混ざっていたが、お前にだけは笑われたくない。


 いくら誤解をしていたからだとはいえ、この学校から追い出されても仕方がない醜態を晒してしまったのに、温情をかけてもらえてありがたかった。


「なんでまたそんな勘違いを……」


 大笑いがおさまった頃、クラスメイトのうちの一人が言う。確かにごもっともな疑問だろう。


「テレビで見る温泉はだいたい男女一緒だし、だいぶ前に旅行先で母親と一緒に入ったこともあるから……」


「……見てた番組が悪かったな」


「それは小さい頃だったからじゃないのかな」


 ……夏休みによく見てた、昔のサスペンスドラマの再放送のせいか。旅行に行ったのも小学校に入るか入らないかの頃だった気がする。はあ。ひたすら自分の世間知らずさを呪った。ものすごく呪った。申し訳ない、田舎者なんだ。これでは透子のことを笑えないと、女子の輪の中で限りなく小さくなった。



 ◆



 さて。本城さんが話題に出したのはいわゆるスーパー銭湯というものらしい。銭湯と言いながらも、ちゃんと天然温泉をひいていることもあるのだとか。


 バラエティ豊かな温泉はもちろん、さっき本城さんが言っていたようなことを楽しむこともできる場所だと、森戸さんが説明してくれたのをメモを取りつつ聞いた。詳しいことはあとで調べてみることにしよう。


「メモしてるんだ、真面目だね」


「せっかく教えてくれてるんだから、真面目に聞かないと」


 本城さんに答えると、愛用のメモ帳を胸ポケットにしまった。こういう未知との遭遇は久々で、心が躍る。人の話や本、テレビで知って面白いと思ったことは、メモを取るようになってから結構経つ。これは真面目だからと言うよりは、遊びの一環だっただけだが。


「森戸さん、ありがとう。みんなで楽しんできてよ」


「え、あなたは来ないの?」


 きょとんとした顔で問われ、まごついてしまう。森戸さんが友好的でいてくれるのは嬉しいが、昨日のことがあるので調子が崩れてしまう。早く慣れなければ。


「ああー。いや、俺は、その。お邪魔になるかなと」


 それにいくら服を着ていてと湯あがりの女の子と一緒、というのは気恥ずかしいので、辞退しておくことにした。


 行くのはいつにしようかなんて話になるかと思ったが、ここで休み時間が終わってしまった。担任の浅野先生がが教室に入ってきて入ってきて、起立、礼のあとにホームルームが始まる。


「今日はクラスの委員長と副委員長、学校の各委員会のクラス役員を決めます」


 新学期のお約束は、魔術学校でも有効らしい。結局、委員長と一部の委員会は立候補がなく、くじ引きで決めることになった。裏紙で作られたあみだくじが回ってきた。縦線はまだ三分の一ほどしか埋まっていない。じっと見つめて、頷いた。


 縦に引いてある線、まだ名前がないところを隅から順に指で叩いていく。ど、れ、に、し、よ、う、か、な。と選んだところに気合を入れて名前を書く。それから適当なところに横線を一本引き、どうか面倒なものが当たりませんようにと願いながら後ろに回す。


 手持ち無沙汰になると、先ほどの温泉の件を思い出してしまう。せっかくああやって誘ってもらえたのに、あっさりと断ってしまうなんて、嫌なやつだと思われただろうか。


 しかし、女の子同士で遊ぼうというところに野郎がほいほいと入り込むのも無神経が過ぎる気がする。そもそも誘ってくれたのだって、ただの社交辞令かもしれないのだ。じゃあ一緒に、なんて言おうものなら


『えー、ほんとについてくる気? ありえない』


 こんなことをクスクスと笑いながら言われる可能性もあるのだ。どちらが正しいのかわからないが、同じクラスになったからには、仲良くなりたいとは思う。でも俺の立場はあまりにも難しい。たったひとり、という言葉が両肩に重くのしかかる。


 ああ、一体どうしたら良かったんだ!


 心で叫んで机に突っ伏し、おのれの髪の毛を混ぜた。とにかく選択を間違えてはいけない。じっくりと見定めなければ。


「香坂くん?」


 担任に名を呼ばれ、はっと我に返る。くじはすでに開票されており、全てが決まっていた。黒板にはクラスメイトの名前が書き付けられており……あれ?


「では、公正なるくじ引きの結果。委員長は香坂環くんに決まりました。一年間よろしくね」


「へ!?」


 椅子を倒す勢いで立ち上がってしまうと、まさに社交辞令と言ったようなパラパラとした拍手。


 めでたく、クラス委員長に就任してしまった。


 面倒なものが当たらないようにという願いはかなわなかった。俺は世界にひとりの珍獣並みの存在。しかしくじ引きはいつも末等、おみくじは小吉か末吉。凶でないだけマシだが、あまりくじ運がいいとは言えないのに。


 こういう時に限って、である。運がいいのか悪いのかわからない。


 ため息混じりに教室後方の席の透子と森戸さんを見ると、拍手しながら笑顔を向けている。隣の席の本城さんと目が合った瞬間、声に出さずに何かを伝えてくる。俺には読唇術の心得などあるはずもないが、彼女の口の動きを必死で読み取った。


 が・ん・ば・れ


 たぶん、そう言われている。気持ちはありがたく受け取った。

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