7:00
「夏くん。」
と、優しげな声が聞こえて目を覚ますと瑠愛くんが俺の顔のすぐそばにいて驚く。
夏「お…、はよ。もう起きてたんだ。」
瑠愛「うん。今日は午前中に悠ちゃんの家に行って、同棲の許可取りに行くの。」
夏「そういえば電話で言ってたね。何かお菓子とか買った?」
俺は体を起こして、瑠愛くんと一緒にベッドに座りながら水分補給をする。
瑠愛「お菓子?」
夏「うん。なんか手土産的なの。」
瑠愛「うわっ!?なにそれ!悠ちゃんなんも教えてくれなかったんだけど。」
夏「俺も知らなくて莉李から教えてもらったんだ。悠の家に行くの何時?」
瑠愛「俺の家から9:30くらいに出る予定。」
夏「ギリギリお店空いてる時間だね。周りでいいとこあるか探してみよう。」
瑠愛「うん!」
俺と瑠愛くんは携帯片手にお茶と朝ご飯を作りながら、近辺にある手土産物を売ってそうなお店を探していく。
瑠愛「やっぱり悠ちゃんグルメだから、美味しいって分かってるのがいいよなぁ。」
夏「悠と悠の家族にね。」
瑠愛「え!?そういうこと?」
夏「うん。まあ、悠がグルメなら家族も舌肥えてると思うから美味しいのにしたいね。」
瑠愛「そ、そうだね。なにがいいんだろう…。」
瑠愛くんは意外と多くの店を見つけてしまい、その選択肢の多さに頭を悩ます。
夏「悠はお酒好きだけど、妹さんいるらしいからアルコールなしで絞って洋菓子系にしてみたら?」
瑠愛「なるほど…。」
俺は瑠愛くんの手元に映る携帯画面に映った、あるケーキ屋さんに目がついた。
夏「ここ。悠の大好きなもちこみたいなケーキある。」
瑠愛「ほんとだぁ!なんだこの可愛いケーキ!」
瑠愛くんはその店のホームページを開いて、今売ってる品物を調べていく。
俺も自分の携帯でその店を調べていると、いい情報を手に入れた。
夏「調べたらそこの店、イートインスペースあるんだって。開店9時だからケーキの味見出来るよ。」
瑠愛「おおっ!したい!夏くん一緒に行こ!?」
夏「うん!行こう。」
俺たちは朝ご飯を食べてオープン前からケーキ屋さんの前に並び、開店を待つ。
瑠愛「夏くんに会いに来てよかったぁ…。」
と、瑠愛くんは俺に抱きつき、安堵のため息をつく。
夏「…でも、昨日は瑠愛くんにたくさん嫌な思いさせた。」
瑠愛「もういいのっ。これからはちゃんと一緒いられるようにするから、夏くんはそのこともう考えないで。」
俺に抱きついたままの瑠愛くんはほっぺを膨らませながら怒った。
夏「…分かった。考えないようにする。」
瑠愛「うん!もちもちもちこケーキ、早く食べたぁい。」
待ちきれない瑠愛くんがチラチラと背後にあるケーキ屋を覗いていると、店員さんが準備ができた段階で店を開けてくれた。
俺たちはお礼を言ながら店に入り、オススメのケーキ2種類とドーム状の犬型ケーキを頼み、ガラス張りで朝の日差しが気持ち良い席に座って手土産を選ぶ。
瑠愛「もちこのケーキ、コーヒー味のまろやかビターでめちゃんこ悠ちゃんっぽい。」
夏「確かに。この3種類のぶどうのタルトも美味しいね。」
瑠愛「うん!でも、このもちこ尻みたいなチーズケーキも捨てがたい…。なんでこんなに美味しいものが世界に溢れてるんだ…。」
瑠愛くんは頭を抱え、どれにするか真剣に悩んでいると、ケーキ棚の上に置かれた焼き菓子まで選択肢に含め始めた。
夏「瑠愛くんはどれを誰に食べてもらいたい?」
俺は時間が迫ってきたのを横目で見た店の時計で知り、選択肢を狭めてもらう。
瑠愛「…みんなに全部ぅ。」
と、瑠愛くんは苦しそうに呟き、決めきれない様子。
瑠愛「…うん。やっぱりみんなに全部にする。」
夏「え?」
俺がその言葉の意味を理解出来ないまま、瑠愛くんは店員さんを呼んで注文をし始めた。
瑠愛「犬のケーキ4つ。ぶどうのケーキを1ホール。チーズケーキも1ホール。あそこの20種類詰め合わせのクッキーも1つ下さい。」
店員さんはその数に驚きつつも、注文を受け付けて手早く箱に詰め出した。
夏「悠の家族、4人と1匹だよ?食べきれないと思うけど…。」
瑠愛「美味しいのいっぱい食べてほしいし、クッキーは後でも食べれるから。」
と、瑠愛くんはスッキリした顔で注文した品物が届くのを待つ。
すると店員さん2人が白い箱に入ったケーキ3つと大きめの紙袋に入ったクッキーを俺たちの元に届けてくれた。
瑠愛「ありがとうございます!美味しかったです!」
夏「ごちそうさまです。」
俺はケーキ箱2つを持ち、外に出て瑠愛くんと一緒にタクシーに乗り込み瑠愛くんの家に行く。
瑠愛「悠ちゃんケーキ持ってくれるかなー。」
夏「んー…、どうだろう。」
俺はなんとも言えず、家で待っていた悠とリビングで鉢合わせると、悠は俺と瑠愛くんがさっきテーブルに置いたケーキの箱を見て目を輝かせた。
悠「恋夢屋のケーキだぁ…!」
と、悠は目をとろけさせて嬉しそうにする。
夏「有名なの?」
悠「有名の有名の有名だよ!だから行ったんじゃないの?」
夏「それとは違う理由で行ったよ。」
そう俺たちが話していると、悠の家に行くために正装すると言って自分の部屋に行ってた瑠愛くんが帰ってきた。
悠「なんでスーツ?」
瑠愛「え?ご挨拶はスーツでしょ?」
と、瑠愛くんは体にフィットしているスーツを悠に見せるように1ターンする。
悠「このケーキは今日の映画会のため?」
瑠愛「違うよ!悠ちゃんのご家族に手土産だよ。」
悠「…どれ?」
瑠愛「全部。」
瑠愛くんがそう話すと悠の顔が曇り始めた。
悠「食べきれないよ?食べ物粗末にする人嫌いだよ?」
瑠愛「悠ちゃんの家族が食べきれなかったら俺が食べるよ!意外と大食いなので悠ちゃんより胃が大きいんですっ。」
悠「ダメ。どれか1個にしよ。」
瑠愛「えぇ…。選べないよー。だから3つ買ったのに…。」
瑠愛くんはしょげた顔をして、ケーキの箱を開け中身を見ながらまた頭を抱え始めた。
悠「手土産とかいらないのに、なんで買ったの?」
瑠愛「悠ちゃんと悠ちゃんの家族みんなに喜んでほしいから。」
悠「私、そんなに家族好きじゃないの知ってるじゃん。」
夏「ごめん。俺が瑠愛くんに手土産あった方がいいんじゃないかなって言ったんだ。瑠愛くんのこと責めないで。」
俺はせっかくの瑠愛くんの気持ちが悠の家族嫌いで踏みつけにされるのはあんまりで、初めて2人の喧嘩を割った。
悠「夏くんも知ってるじゃん。」
と、悠は少し口を尖らせながら不機嫌そうに言った。
夏「知ってるけど、悠が家族嫌いなのと瑠愛くんが悠と悠の家族を喜ばせたいのは別の話じゃん。しかも、悠の好きなもちこみたいなケーキがあったからこのケーキ屋さん行ったんだよ?」
俺は瑠愛くんが開けた1つの箱を指差し、悠に見てもらう。
夏「さっきまで『恋夢屋のケーキだぁ♡』って喜んでたじゃん。そういう悠の顔を見たくて、瑠愛くんは買ってきてくれたんだから自分の嫌いで瑠愛くんの厚意を無駄にしちゃダメだよ。」
俺がそう言うと悠はもちこケーキが入った箱を締めて手に持った。
悠「…ごめんね。嫌いでも家族だもんね。」
悠は反省した声で瑠愛くんに謝った。
瑠愛「まあ…、そうだね。」
と、瑠愛くんはお兄さんのことを思い出したのか、少し苦しそうに笑顔を作ってしまう。
悠「…でも、このケーキ今度食べたいねってお母さんが言ってたから嬉しい。買ってきてくれてありがとう。」
瑠愛「…うんっ!夏くんのお陰でこの店見つけたんだ!」
瑠愛くんは悠の素直な気持ちが聞けて嬉しそうに笑い、悠に抱きついた。
悠「ありがとう。…でもなんで4つ?」
と、悠は不思議そうに俺たちに聞いてきた。
瑠愛「え?悠ちゃんの家族4人じゃん。」
夏「もちこはケーキ食べれないから。」
俺たち2人で悠の質問の意図が分からなくて困惑してると、悠は初めて吹き出し笑いをしてくれた。
悠「4つじゃ、5人いるのにみんなで食べれないじゃん。」
瑠愛「そういうもんじゃないの?」
悠「瑠愛くんも一緒いるんだから食べないのおかしいじゃん。」
瑠愛「…おかしいの?」
と、瑠愛くんは俺を見たけど俺も分からず首を傾げてしまう。
悠「2人とも変なのっ。しかもこの数じゃダメなんだよ?」
瑠愛「え!?何がダメなの…?」
夏「俺も知りたい…。」
悠「本当に?冗談じゃなくて?」
悠は俺たちにドッキリをかけられてるんじゃないかと思っているのか、目を見開いて驚く。
瑠愛「初めて手土産買ったもん。」
夏「いつも莉李に言われた分買ってた。」
そう言うと悠はケーキを優しくテーブルに置き、俺と瑠愛くんをきつく抱きしめた。
悠「野良くんたちに世間一般のこと、これからたくさん教えるね。知らなくても生きていけるけど、もっと要領よく生きれるはずだから。」
と、悠は俺たちの背中を軽く叩き、笑顔を見せてくれた。
夏「…頼もしい、奥さんだ。」
瑠愛「俺の妻、超可愛い。」
悠「早く行こ。それで映画会早くやろ。」
俺は頼もしい悠に映画会のセッティングを頼まれたので、2人を見送ったあと頼まれ事をやっていくことにした。
→ 優しいあの子