12:00
「ごめんね。莉李さん遊びに来てるのに。」
と、射す日が眩しそうに目を薄める沙樹だったけど、普段以上に寝不足な顔をしている気がする。
俺は莉李と昼ご飯で食べようと、肉まん作りに挑戦してたとこに朝バイト終わりの沙樹から連絡があり、学校の屋上まで来た。
夏「大丈夫だよ。朝に買いに行った本読んでるから。」
沙樹「…そっか。」
今日の沙樹はなぜか言葉を続けてくれなくて、沙樹をいじめ続けていたナナさんを思い出した俺は嫌な感じがしてならない。
夏「…俺、沙樹に嫌なことしちゃったかな。」
そうなのだとしたらちゃんと謝りたい。
けど、何か分からない。
沙樹「そういうことじゃないよ。」
と、沙樹は柔らかく笑って日陰が出来た壁際に座る。
俺もその隣に座り、沙樹が話し出してくれたことを取りこぼさないように少し冷たくなった夏風がうるさい屋上で耳を澄ませる。
沙樹「…永海に付き合いたいって告白したんだ。」
夏「どうだった…?」
永海の気持ちは知っているけど、どうしたかは知らない。
あの朝から俺は永海と連絡を取ってないから何も知らない。
沙樹「嬉しそうに笑って、涙まで流してくれたんだけど…」
だけど…。
その言葉の後が怖い。
沙樹「だけど、答えをもらう前に永海が好きな人のことを教えてもらったんだ。」
夏「…うん。」
沙樹「…夏、教えて。今、夏が好きな人“全員”教えて。」
その言葉を言った沙樹の顔が見れない。
いつもはちゃんと目を見て話せるのに、莉李が人と目を見て話せるようにしてくれたのに、今は出来ない。
夏「…莉李。」
沙樹「うん。」
夏「と、…莉李。」
沙樹「うん…。」
夏「…莉李、と…っ莉李。」
沙樹「たくさん好きなんだね。」
夏「…うん。」
莉李を愛すって決めたんだ。
だから莉李の名前をたくさん呼んで、沙樹に好きな人を伝える。
けど、俺の好きな人はなんでまだもう1人いるんだろう。
夏「…莉李と、永海が好き。」
沙樹「…うん。そうだよね。」
夏「でも、俺は莉李と付き合ってるから。永海とは付き合おうと思ってないよ。」
沙樹「3日前に付き合おうって言ったのに?」
…ダメだ。
永海は昨日、勇気を出して正直に全て話したんだ。
俺もそうしないと、沙樹がいなくなる。
そうなるのは嫌なんだ。
夏「今も永海のこと好きだよ。」
沙樹「…うん。」
夏「けどね、俺は永海のこと全然知らないんだ。お兄さんのこと“勝”って呼ぶのに違和感は感じないし、パパとお母さんって呼ぶことにも不自然と思わない。」
多分、俺は家族がいてもその家族はたくさんいて、どんな風に呼んでも振り向いてくれたから名称の違和感が分からない。
夏「永海の好きなものは空と歌と化粧品だと思ってたけど、本当は星と作曲とスキンケア用品が好きで俺はちゃんと永海のこと知りきれてなかった。」
だからあの時、沙樹に勝てないって思って苦しくなったんだ。
夏「莉李のことはたくさん好きなこと嫌いなこと知ってるのに、永海のことは何も分かってないのに好きだけで付き合いたいって思っちゃった。」
好き同士だけで付き合えるならみんなそうしてる。
けど、みんながそうしないのはちゃんと相手を幸せにするために理解し合って付き合いたいって思うから。
俺は2人の相手の好き嫌いをかき集められたとしても、それを綺麗に整頓することが出来ないから2人をカケラで傷つけないためにも諦めるんだ。
夏「けど、俺が知ってる沙樹と永海が知ってる沙樹は永海のことをたくさん理解してて、俺は永海が悩んでる時に何もしなかったのに沙樹は永海の側にずっといたんだ。だから…」
俺は今までずっと沙樹の顔を見れなかったけれど、ちゃんと伝えるために沙樹の方に顔を向けて目を合わせに行く。
夏「俺は永海が嬉しいことをたくさんしてあげられたらしいけど、沙樹は永海が辛い時いつも落ちきった心をすくい取って温めてくれたんだって。
恋人にするなら嬉しいことをたくさん出来るより、辛い時に寄り添える人の方が俺はいい恋人だと思ってるんだ。」
沙樹、俺のこと見てほしい。
地面を見ても俺の想いは落ちてないよ。
夏「好き嫌いも分かってて辛い時にしっかりと支えてくれた沙樹が永海は好きなんだ。だから、永海は俺のことも全て正直に話して沙樹に自分のこと全部知ってもらおうって思ったんだよ。」
お願い、沙樹の気持ちを永海から離れさせないで。
永海は俺と悠も必要だと思ってくれてるけど、沙樹も必要だと思ってるから。
ただ好きな人が人より少し多いだけでこの気持ちを終わらせないでほしい。
沙樹「…けど、まだ2人とも好き同士なんだよね?」
と、沙樹は目にたくさんの想いを貯めて、俺にまだ永海が好きなことを確認してくる。
夏「好きは好き。だけど、順位付けとかはなくて好きが複数ある中に莉李と永海がいるって感じなんだ。俺は沙樹の玉子焼きも永海の出し巻きも好き。そういう感じ。」
沙樹「…僕、永海の出し巻き食べたことないよ。」
…あ、言っちゃダメなやつだった。
沙樹「僕、永海のこと夏が思ってるくらい知ってる訳じゃないよ。作曲のことも知らないよ。」
夏「俺より…」
沙樹「僕は永海の嬉しいことあまり知らない。多分、ネットで調べてこういうのが好きなんだろうって勝手に思って、デートしたりプレゼントしたりするんだと思うよ。」
夏「…それもいいと思う。」
沙樹「ダメだよ。それは誰かの嬉しいで、永海の嬉しいじゃないもん。」
夏「永海に聞こうよ。」
沙樹「永海は…、自分のこと隠しちゃうからそういうの教えてくれたことないよ。」
そう言って沙樹は想いを抑えきれずに目からこぼれ落としてしまう。
沙樹「隠してても夏は永海の嬉しいことしちゃうんだから、泣いてる永海をたくさん喜ばせることが出来るんだ。」
そう話した沙樹は急に立ち上がりその場を去ろうとしたので、俺はとっさに腕を掴み引き止める。
夏「そう思ったから永海とは付き合わないの?」
沙樹「僕は…、僕だけを好きになってほしいって思っちゃうから永海にたくさん負担かけちゃうと思う。」
夏「永海は今、沙樹のことだけ見ようとしてるよ。」
沙樹「それは夏と悠に恋人が出来たからでしょ?出来なかったら夏のこと選ぼうとしてたじゃん。」
夏「それは…」
沙樹「もういいんだ。順位付けがない中で選ばれなかったんだもん。今だって消去法じゃん。」
夏「それは違うよ!」
俺は自分でも驚くくらい大きい声で沙樹の言葉を否定する。
夏「永海はこれ以上沙樹に嫌われたくないから、何も知らない俺に自分が嫌われそうなところ隠して付き合おうとしてた。けど、そんなのずっと隠せる訳じゃないよ。」
沙樹「…そうだったんだ。けど、永海のこと嫌いにならないよ。嫌なことより好きがいっぱいあるんだもん。」
その気持ちが聞けてよかったよ。
やっぱり沙樹は永海のことを好きで分かろうって思ったんだ。
夏「強がりで嫉妬深い悠が自分のことをこれ以上嫌いになってほしくなかったから瑠愛くんとの幸せを望んで、好き同士でも俺の好きな莉李が悲しまないように永海は自分の身を引いたんだ。だから消去法じゃないよ。
ちゃんと俺たちのことも沙樹のことも考えてしっかり永海が選択したんだよ。」
俺がそう言うと沙樹は背けていた顔をこちらに向けてくれた。
沙樹「…それ、教えてもらわなかった。」
夏「え?大切なことなのに?」
沙樹「2人のこと好きだったけど諦めたしか教えてくれなかった。」
夏「…口に出すの辛かったのかも。」
沙樹「…永海はしっかり2人に失恋してるのかな。」
夏「うん。けど、俺はずっと永海の辛いの取り除いてあげられなかった。だからずっと永海の辛いのを取り除いてきた沙樹しか出来ないことだと思う。」
沙樹「…今、自分に自信持てない。」
そう言って沙樹はその場でしゃがみこんでしまう。
俺は沙樹と目線を合わせるため、その場で一緒にしゃがむ。
夏「大丈夫。沙樹の存在が永海の側にあるだけで永海は嬉しいよ。」
沙樹「…そう、なのかな。」
夏「うん。合宿でアイス食べた時も、海の家でご飯食べた時も、百瀬公園に来る道で一緒に来てた時も、沙樹が隣にいて嬉しそうだったもん。」
沙樹「…そう?」
夏「うん!だから…」
沙樹「夏。」
と、俺が沙樹の自信を取り戻そうとした時に沙樹は俺の名前を呼んだ。
沙樹「夏がそう言ってくれないと今は自信つかない。」
夏「え?…うん?」
沙樹「だから夏と一緒に永海の気持ち整理したいんだけどダメかな。」
夏「いいよ。じゃあ…」
沙樹「バイト終わった後に永海と一緒に夏の家行ってもいい?」
と、まさかの発言で俺は言葉を失う。
沙樹「僕と永海の気持ち、整理するのを夏に手伝ってほしい。すごい自己中なのは分かってるけど、僕のこと全部知ってて僕の知らない永海を知ってる夏だからやってほしい。」
夏「…でも、莉李がいて家の中暗いよ?」
沙樹「莉李さんにも会ってみたい。夏が好きって思う別の人にもちゃんと会いたい。」
俺は大切な人のお願いはなるべく叶えたいから莉李にお願いして夜に沙樹と永海と俺の家に迎えることにした。
俺はまだある気持ちを抑えられるのか、全く分からなかったけど莉李が傷つくことは絶対しないということを決めて夜のごはん会に向け、莉李と一緒に準備を進めていった。
→ ノーダウト