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ひと夏の恋  作者: 環流 虹向
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12:00

「来てくれて本当にありがとう!」


俺は作業部屋の出窓に休憩用のお茶とサンドイッチを置いてまた作業に戻る。


愛海「おう!シーグラスはこんだけあれば足りるはず。」


と、今さっき駆けつけてくれた愛海は趣味で集めているというシーグラスを俺のために持って来てくれた。


悠「沙樹くんのバイト先行って貰ってきた花、一枚一枚剥がしてくね。」


そう言って、今日の朝に花屋でバイトをしてた沙樹に貰いにいった廃棄されるはずだった花を広げて、この部屋を花の香りで満たしてくれる悠。


夏「2人とも忙しいのにありがとうね。夕方までには終わる予定だから。」


今日、想いを告白する沙樹と自分のことを告白する永海はさすがに呼べなくて、愛海と悠の2人に手伝ってもらうことにした。


愛海「けど、こんな急だったのにこの大きいキャンバスよく用意出来たな。」


と、作業部屋の中心に置かれた大きいキャンバスに驚く愛海。


夏「もともとこれにJ ORICONNの絵を描く予定だったんだ。」


悠「こんな壁みたいなキャンバスで?」


夏「うん。俺の視界全部を埋めてくれる天の川描こうって思ったけど、手に収まるサイズに変えた。」


愛海「へー。なんで変えたんだ?」


夏「それは…」


と、俺は永海の事を全て知ってる愛海に何故だか素直に莉李のためとは言えず、躊躇っていると扉がノックされた。


「夏ー?ここにいるの?」


部屋の扉から明かりが漏れているのか、莉李は扉を開けずに俺を呼んだ。


悠「起きちゃったね。」


夏「…前なら12時間、余裕で寝るんだけどな。」


俺は意外と早起きになってしまった莉李に会うため一瞬部屋の電気を消させてもらって、外に出て莉李の目元を保護しながら明かりをつけて扉を閉めた。


夏「おはよう。…もっと寝ててもいいよ?」


莉李「だって今日で夏と会えなくなるから起きてたかった。」


夏「それなんだけど、来虎兄さんが夢衣さんと遊びたいからもう1泊するって言ってたよ。」


莉李「え…!でも、来虎兄さん明日から仕事だよ?」


夏「え?そうなの?」


莉李「うん…。私の勉強の時間を優先してくれて昨日来ることになったけど、新幹線で仕事あるって教えてくれた。」


いつも、莉李の事を考えてずっと支えててくれた来虎兄さんに今日は絶対自分の時間を大切にしてもらおうと思った俺は、仕事先にお土産を買ってくると言って外に出ている来虎兄さんに連絡する。


『莉李には夢衣さんと遊ぶ事を伝えたので、久しぶりの旅行を自由に楽しんでください。』


とだけ送り、俺はまだ少し眠そうな莉李をリビングに連れて行き、さっき作った緑茶とサンドイッチを食べてもらう。


莉李「誰か遊びに来てるの?」


夏「あ、学校の友達。ちょっと手伝ってもらいたい事あって来てもらったんだ。」


莉李「私もやるよ?」


夏「ううん。莉李のためにやってるから夜までのお楽しみだよ。」


莉李「…夜まで、私1人で待ってるの?」


夏「あ…。」


出来るのは夕方くらいを目処にしているけど、その間莉李は1人になっちゃうのか。


夏「…瑠愛くん、少ししたら帰ってくるけど。」


と、莉李の花火のために買い出しに行ってくれた瑠愛くんと一緒にいてもらう提案をしてみる。


莉李「…私のために何かしてくれるのすごい嬉しいけど、夏と一緒にいられる時間を大切にしたいよ。」


そう言って莉李はパジャマのショートパンツにある小さいポケットから懐中時計のようなものを俺に見せてきた。


よく見るとそれは、俺とお揃いの針と文字盤でカスタマイズされたあの時計だった。


莉李「夏の誕生日プレゼントにお揃いで時計あげたの覚えてる…?」


夏「うん!覚えてるよ。作業部屋で今も時間を動かしてくれてる。」


莉李「…私、腕に合うベルト無くなったからポケットに入れてるだけでずっと身につけてたの。」


夏「…なんで、ベルト無くなっちゃうくらい痩せちゃったの?」


俺はずっと気になっていた事を莉李に聞くことにした。


俺が腕時計を身につけてないだけで、そんなに悲しそうな顔をする莉李にあの友達を紹介しようという気は一瞬で失せてしまった。


莉李「2年生になって少し周りがぼやけるなって思ってたの。」


と、莉李は俺の手を掴み俯きながら目を潤ませてしまう。


やっぱり、このことは聞かない方が良かったよな…。


莉李「その時は少し携帯を見すぎて視力が落ちちゃったんだなって思って放っておいたら、どんどん目の前の景色が霞んだり、眩しかったり、ものが何重にもなったりしてすごく怖かった。」


夏「…その時は俺とまだ付き合ってた?」


莉李「うん。でもね、夏と一緒にいる時はだいたい夜だから何も気にせずにいられたの。」


夏「なんで病院にはすぐに行かなかったの?」


莉李「…私、いつも12時間以上寝ちゃって学校も病院も終わっちゃってたの。」


夏「それで放ってたの?」


莉李「うん…。夏とデートするの優先しちゃった。」


それって、俺がいなかったら莉李はちゃんと病院に行って今も見たいものを好きな時に見れたんだよな。


…なんで、俺って大切と思う人に辛いことをさせてしまうんだろう。


莉李「目のことはすぐに病気ってこと分からなくて、その中でお父さんの仕事関係で引っ越すことになって、夏との時間がなくなっちゃうんだって知ったら何も美味しく感じなくなってご飯食べるのやめちゃった。」


夏「引っ越しても俺は莉李と会いたかったよ。莉李と一緒にご飯食べるよ。」


莉李「…だって、あの時の夏はすごいお金に追われてて大変そうだったんだもん。」


夏「それでも、莉李との散歩はずっとしたいんだ。今の俺はお金に追われることがないように仕事してるからもういなくならないで。」


俺はあの時なにも気づいてあげられなかった。


目が悪くなっているのも、食べ物を口に入れても何も味がしなくなってしまったのも、俺が原因で別れを決意させてしまったことも、本当にあの時全部気づいてあげられなかった。


夏「俺、お金が好きで働いてるんじゃないんだ。自分の時間を自分で使えるようにしたいから嫌いなお金を貰って時間を買ってるんだ。

莉李のとこへ新幹線で会いに行くのも、ここまでタクシーに乗ったのも、この家を選んだのも全部自分の大切なものを守るため。」


あのアパートでも俺は十分だったけど、勝手に俺の居場所を荒らされて自分の大切なものを奪われたら嫌だからしっかりとしたセキュリティがある家にしたんだ。


夏「…嫌いなお金のことで莉李と別れたくなかった。ずっと莉李の事探してたのに、ずっと見つからなくて寂しかった。」


俺は言葉でも行動でも莉李にいなくならないでと伝えるために、昔のことを思い出させて泣かせてしまった莉李を抱きしめる。


莉李「私も別れたくなかった…。でも、朝が来たら夏の顔が見えなくなるのすごく寂しかったの。それであの日『バイバイ』って言ったけど、何回も会いに行こうとしてたんだよ。」


夏「…なんでずっと会えなかったの?」


莉李「目の手術してすぐに1人で深夜バスに乗って会いに行こうとしたら、女の子1人じゃ危ないって止められて、来虎兄さんに頼もうって思ったけど就活生だから言えなかったの。」


夏「…でも、もう3年だよ?」


莉李「すぐなら夏は私のこと覚えててくれてるって思ったけど、1年以上経ってたらもう忘れられてるって思ったの。」


夏「忘れるわけないじゃん。」


莉李「他に好きな人出来て、付き合って、楽しく過ごしてたら私は邪魔者じゃん…。」


夏「出来たとしても、莉李は莉李でずっと好きなんだ。だからまた付き合うよ。」


莉李「…それは、浮気って言うんだよ。」


俺にたくさんのことを教えてくれた莉李は、俺にみんなが“普通”と言う知識もたくさん教えてくれた。


けど、その“普通”がどうしても今もう1つある俺の気持ちを莉李に伝えさせてくれないんだ。


夏「…俺がもし、別に好きな子いたらどうしてた?」


この関係はこれから先ずっと、莉李が望んでくれるなら続けたい。


俺からは絶対莉李を手放したくない。


だから、莉李の考えを知りたい。


莉李「その子と付き合って幸せに過ごせるように願うよ。」


…だめだ。


言いたいけど、言えないよ。


莉李が俺の側にいてくれないのはあのぽっかりと空いた3年で十分だから。

もう、あんな辛い日々を自分から取り戻そうとは思えない。


夏「俺はずっと莉李が好きなんだ。莉李が俺のこと嫌にならない限り、ずっと一緒にいたいって思うんだけど、どうかな?」


莉李「夏のこと、嫌いになったことないよ。たくさん時間を過ごしてお話した分好きになってくの。…今もそうなの。だからずっと一緒にいたい。」


夏「ありがとう。これからも一緒にいようね。」


莉李「うんっ…。」


俺は自分の腕の中で俺のために流してくれる涙を自分へ染み込ませるように手と唇で取り、少しマスタード味がする莉李1人だけ愛することを決めた。





→ LAST NIGHT

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