12:00
俺は悠と一緒にみんなの中間地点にある百瀬公園で瑠愛くんたちを待つ。
悠「…暑い。」
と、まだ残っている跡を隠すために長袖長ズボンの悠が不機嫌そうに呟く。
夏「なんでピクニックにしたの?」
悠「瑠愛くんの家にいたくない。」
夏「俺の家でもよかったけど。」
悠「…嫌になった時、すぐ1人になれるから。」
そう言って悠はずっと手に持っている水筒に入った氷水を飲む。
夏「部屋いっぱいあるじゃん。」
悠「あれは莉李さんと来虎さんのだから、私が使っちゃダメだよ。」
そんなこと気にしなくても俺は構わないのに。
けど、悠がそう言うなら仕方がないよな。
俺は火照った悠を冷やすために手で顔を一緒に仰いでいると、フードで顔を隠している瑠愛くんと今日は爽やかなスポーツウェアのマサキさんが一緒に来た。
瑠愛「あ!2人ともおまたねー。」
マサキ「向こうにあったパン屋さんで色々買ったから好きなの選んでね。」
夏「ありがとう。」
俺はまだ少し機嫌の悪い悠の手を取り、引っ張るように2人が決めたテーブルベンチに座ってみんなでお昼ご飯を食べる。
瑠愛「悠ちゃん。俺、急にいなくなっちゃったからすごい心配したよ?」
と、悠の隣でカツサンドを食べる瑠愛くんがまだ拗ねてる悠の顔を覗き込む。
悠「メッセージ残しといたよ。」
瑠愛「『終わったら電話して』だけで、外にいるってこと書いてなかったよ?俺、悠ちゃんが他の人のとこ行っちゃうのやだぁ。」
悠「…夏くんでも?」
瑠愛「うん…。なにもないの分かってるけどちょっと妬いちゃうね。」
その瑠愛くんの言葉に俺はとてつもなく罪悪感を覚えた。
悠「そっか。でも、友達だからまた遊びに行くよ。」
瑠愛「…はーいっ。でも、俺が彼氏だからね?そこのとこ忘れないでよー?」
悠「分かってるよ。」
悠はなんでそんなにも無表情で俺とあったことをやり過ごせるんだろう…。
瑠愛「悠ちゃんの彼氏でお婿さん候補の俺は、今年の秋に旅行を計画しています。」
悠「文化祭ある。」
瑠愛「その振替休日に行こ?その日は時計とマップしか携帯使わないから悠ちゃんのこと寂しくさせないよ。」
悠「そんなの行かなくても一緒にいられればいいよ。」
マサキ「悠ちゃん。」
と、マサキさんは俺には勇気が出なかった2人の間に割り込んだ。
マサキ「瑠愛くんは悠ちゃんとこれからいっぱい思い出作って、悠ちゃんが好きなこともっと知りたいから旅行しようって考えてるんだよ?」
瑠愛「…さきちゃん。それ、恥ずかしいから言わない約束じゃん。」
マサキ「ダメ。2人でもっとお話しして。私と夏くんはこの公園1周してくるから。」
そう言ってマサキさんは俺の手を取り、そのまま歩き出す。
俺は黙り込んでしまった2人が心配だったけれど、俺たちがいたら話せないこともあるだろうから少しの間離れよう。
俺はそのままマサキさんと一緒にとても広い公園を歩き、途中売店を見つけたので飲み物を買って広場にあったベンチで少しだけ休むことにした。
マサキ「1周って言ったけど、この公園大きすぎだね。」
夏「え?知らないで言ったの?」
マサキ「うん。初めて来た。」
自分の発言に笑うマサキさんは炭酸水を飲んで喉を潤す。
夏「そうだったんだ。今度はもう少し涼しい時に来たいね。」
マサキ「秋終わりくらいがいいな。」
夏「そのくらいの気温、俺も好き。」
マサキ「私も。」
秋晴れの乾いた風を思い出すと、マサキさんは突然泣き出してしまった。
夏「…どうしたの?」
マサキ「秋、始まってほしくない。」
今さっき好きと言った秋をなぜか拒むマサキさんは、夏の終わりを名残惜しそうにしてぶどうのように大きな涙を流す。
その涙を手ですくい取り、まだ来ていない秋に1人で悲しむマサキさんを俺は抱きしめる。
夏「なんで秋が始まってほしくないの?」
マサキ「もう…、一に会えなくなる。」
夏「…好きなら会えばいいのに。」
マサキ「一が私と会うのやめる準備してる…。」
そう辛そうに話しだすマサキさんの想いはどうしたらいいのか、俺にはまだ分からない。
マサキ「来週の2連休、一が最後の思い出を作ったらもう私のこと誘わないって言ったの。」
夏「…なんで、そんなことになったの?」
マサキ「私が突き放したから。」
夏「そんなに泣いちゃうのに、なんで突き放しちゃうの?」
マサキ「彼女に裏切られて、私の体をお金儲けに使われて、人が怖くなって、今も好きな人が求めるような存在にはなれないって分かったから…。」
夏「売り飛ばされそうになったトラウマのせいで…?」
マサキ「…そう。私はちゃんとユミのこと好きだったのに、私に愛想つかしたユミは新商品入荷って言って枉駕さんに売ろうとしたの。」
夏「え?その話、枉駕さんたちだったの?」
マサキ「うん…。それ見てた瑠愛くんが私のこと逃がしてくれたの。」
夏「…そうだったんだ。」
俺はその登場人物たちの名前を初めて知り、頭の中の資料室がパンクしそうになる。
マサキ「あの日、私が連れて行かれた路地に一が入っていったからもしかしてって思ったの。…そしたらそうなりかけてた。」
だからあの日、脇目も振らず一くんの元に走ったのか。
マサキ「あの人たちは本当に嫌い。人のこと無機質の道具みたいに扱っていろんな人にシェアをしてお金儲けしてるの。」
だからいろんな所から人を連れ出して、自分の私欲を満たすために人をぞんざいに扱うんだ…。
マサキ「私はそれでもう女の子っぽい子、好きになれない。…ユミたちのこと思い出して怖い。」
夏「悠は…、怖い?」
マサキ「瑠愛くんが紹介してくれる子はみんないい子だから怖くない。でも…、最初会った時は怖かったな。」
と、正直に気持ちをさらけ出してくれたマサキさんの背中を撫でながら、俺はゆっくりと体を離れてマサキさんの目を見て本音を聞く。
夏「でもちゅーしたんでしょ?」
マサキ「悠ちゃんが男の人怖いって教えてくれたから、2人で克服してみようってなったの。」
…そうだったのか。
けど、悠が男性を怖いっていうのは初耳だ。
マサキ「それでも悠ちゃんが瑠愛くんと付き合うのは、ちゃんと気持ちが繋がってるからだと思うからあんまりすれ違ってほしくなかったの。」
夏「だから公園1周しに来たんだ。」
マサキ「うん。私の側にいてくれる人はなるべく幸せな気持ちでいてほしいから。」
そう言ってくれるマサキさんの幸せはどうしたら作り出してあげられるんだろう。
俺はマサキさんの涙を拭くだけじゃなくて止められる方法はないかと1人考える。
すると、マサキさんの背後にとても焦った様子の顔立ちが綺麗な女性が通り過ぎたのを見て思わず目で追ってしまうと、その先には昨日の夜に永海の隣にいた人が1人歩いてるところを俺は見つけてしまった。
俺はなぜここに一くんがいるのか分からないでいると、マサキさんが俺の目線に気がつき振り返ろうとしてしまう。
夏「マサキさん。そっち見ないで。」
俺はとっさにマサキさんの顔を両手で掴み、振り向かないようにする。
マサキ「え?なんで?」
夏「そっち向いたら…」
と、俺が頭の中で言い訳を考えていると、その女性がだんだんと一くんに近づき大きく口を開けたのが見えた。
ダメだ。
今、あなたの声であの人の名前を呼んだらマサキさんはずっと泣いたままだ。
俺は不思議そうにするマサキさんの耳に覆いかぶさるように抱きつき、目も閉じさせるためにキスをする。
これしか俺は涙を止める方法しか知らないから。
マサキさんの求める人にはなれないけど、その人の代わりにはなれるから。
もう、あいつのことを想って泣かないで。
俺はマサキさんの好きな人のことを少しでも分かろうと、薄目を開けて見てみるとその人は駆け寄ってきた女性に想いがとてもこもったキスをしていた。
よかったよ。
マサキさんがあんなの見たら俺より傷ついちゃうよ。
俺はどうしてもその人の心情の変化に分からず、自分の大切な人を3人も悲しませたことに起こしてはいけない感情が目を覚ます。
だから、そんな分からない一くんに俺はもう憧れという感情は抱かない。
多分、この感情は“嫌い”ってやつだと思う。
社長たちとはまた別の嫌悪感が生まれ、友達である俺は大切なマサキさんの気持ちを嫌いな一くんから離れさせるために俺の舌に乗せた愛をマサキさんの心体へ届ける。
寂しいなら俺を代わりに置いて。
俺は俺がいることでマサキさんを泣かせないから。
もう、気移りばかりな一くんのこと忘れて。
俺はその想いをマサキさんに優しく少し強引に渡しながら2人がその場を去るのを待った。
→ a.m.3:21