22:00
「…雨、降っちゃったね。」
遠くの街頭が薄っすらと照らす旅館の部屋で窓辺に立つ莉李はそう寂しそうに呟き、外を眺める。
昼はあんなにも晴れていいたのに、異常気象か何かは知らないけれど一気に天候が変わり泥雲が浮かぶ空になってしまった。
夏「俺たち2人でいると雨を寄せ付けちゃうのかもね。」
俺は莉李が飲みたいと言っていたほうじ茶を淹れて莉李がいる窓辺のサッシに湯のみを置く。
莉李「雨は好きだけど、今日だけは降ってほしくなかったな。」
その言葉が俺には別れの言葉のように聞こえてならない。
俺は涙腺が緩んでることを感じ、わざと出来立てのお茶を口に放り込む。
莉李「でも、夏といられるならいいや。」
そう言って、隣で涙が溢れそうになる俺を見上げて莉李が嬉しそうに笑う。
夏「俺も莉李といられるならなんだっていいよ。」
俺は乳液でひたひたな莉李の頬に手を置き、暗くて俺の潤んだ目に気づかない莉李の唇にキスをする。
莉李「ほうじ茶味だね。今日はいろんな味のキスしてるね。」
夏「そうだね。1番美味しかったのある?」
莉李「やっぱりレモンかな。」
と、プラネタリウムの時のキスを思い出してこの暗がりでも分かるくらい耳を染める莉李が愛おしくてしょうがない。
夏「俺もレモンの味が1番好き。」
俺たちは今日新しく出来た思い出をたくさん語り、何度も笑顔が溢れる。
やっぱり莉李ともっといたい。
この夜がずっと続いても俺は文句を言わない。
莉李もそう思ってくれていたらいいな。
莉李「夏の絵、見たいな。」
と、莉李は散歩の時ずっと肩から下げていたトートバッグを指して微笑んでくれる。
夏「うん。どこが1番見やすい?」
莉李「多分、そこのランプつけたら見やすいかも。」
そう言って莉李は俺には真っ暗で見えづらい部屋を迷うことなく歩き、旅館のスタッフに借りた夕日に照らされた紅葉を集めたような淡い光を放つランプをつけて俺の方を振り返る。
俺はその明かりを頼りにトートバッグから莉李のために描いた絵が入っている箱を取り出して、莉李の隣に座る。
夏「なんか緊張する。」
莉李「私も。夏の絵は貼り絵しか見たことなかったからどんなのか楽しみ。」
俺は1度深呼吸して、蓋を開けて絵の上に被せておいた柔らかい保護紙をそっと取り莉李の手元にその絵を置く。
夏「題名は『幾望』。」
莉李「…不思議な星空だね。知ってる星座が1個も見当たらない。」
夏「俺が作った星空だからだよ。これから天の川が出来るんだ。」
俺は絵と一緒に入れておいた最後の仕上げで使うものを取り出す。
莉李「Silkmoonの新作?」
夏「そう。ビーズ型のボディパウダーなんだけど、ラメが強くて天の川にぴったりなんだ。」
俺は自分の手に星屑ビーズを取り出し、莉李の指先に優しく塗りつける。
夏「この星になんてかいてあるか当ててみて?」
俺は1番星がたくさんある夜空の上に莉李の指先を置き、辿ってほしい星に指を這わせていく。
莉李「…ずっ…、と?」
夏「うん。」
莉李「星は…、輝き続け…て、いた。」
夏「うん。」
俺は二言目に移る前に莉李の指先にまたパウダーを塗り、完成へ近づける。
莉李「雨が、降ろう…、とも…」
夏「うん。」
莉李「朧げな…、月のそばでも…」
夏「うん。」
莉李「輝き続けて…」
夏「…うん。」
莉李「俺の…目か…、ら離れな…い。」
夏「すごいね。勉強したんだね。」
俺はまた莉李の指先にパウダーを塗り、最後の星たちに莉李の指を這わせる。
莉李「けれど、…君の、…隣で見、る…」
夏「うん。」
莉李「星月が…、1番綺麗だよ。」
夏「…だから、また一緒に見よう?」
俺はパウダーまみれの莉李の手を取り、顔を覗き込むと涙袋に雨粒いっぱいにした莉李がいた。
莉李「夏って…」
夏「うん?」
莉李「夏って、わがままになったね。」
と、なぜか嬉しそうにひまわりの笑顔をして、莉李は涙を溢れ落とす。
その涙は俺が作った星空と莉李が描いた天の川に雨を降らせて今日の空が描かいてくれる。
夏「わがままな友達と遊ぶから伝染ったのかもしれない。」
莉李「…私もわがままだったけどな。」
夏「莉李は友達じゃなくて恋人だよ。」
莉李「恋人だと伝染しない?」
夏「恋人のわがままは叶えるためにあるから、俺には伝染ってくれなかったよ。」
莉李「…わがまま病を伝染してくれたのは誰?」
莉李は少し不安げな声で俺に聞いてくきた。
夏「悠だよ。俺に伝染しすぎて最近ちょっと薄れてきたけど。」
莉李「悠さんは…、彼女じゃないの?」
…なんでみんな、悠のことを彼女だと聞いてくるんだろう。
2人で一緒にいるだけで恋仲と思ってしまうのはなんでなんだろう。
夏「違うよ。悠は俺の友達。莉李は俺の好きな人。」
莉李「…なんで一緒だったの?」
夏「悠の恋人に1人にしないでってお願いされたんだ。ちょっと…、今色々忙しいみたいで会えないんだって。」
莉李「え?悠さん恋人いるの?」
夏「うん。瑠愛くんって人。俺の仕事先で出会ったすごくいい人なんだ。」
そう言うと莉李はやっと笑顔を見せてくれる。
莉李「瑠愛くんは悠さんのことすごく大切なんだね。」
夏「うん。すごく心配だから俺の側に置いてほしいって言われたんだ。だから連れてきちゃった。」
莉李「…そっか。疑ってごめんね。」
夏「え?何を?」
と言うと、莉李はびっくりして涙を止めて笑い出す。
莉李「夏、好きだよ。」
そう言って莉李は俺にあまじょっぱい涙味を唇に置く。
夏「…好き?」
俺は莉李の言葉で一気に幸せの雨雲が現れる。
莉李「うん。大好き。」
夏「俺も…、大好きっ。」
2人で天の川に雨を降らせて幸せを味わい、莉李が目を閉じなければならない時まで2人の味と時間を混ぜ合わせながら過ごした。
→ napori