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ひと夏の恋  作者: 環流 虹向
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22:00

新幹線でじっくり吟味した店のうなぎきんし丼は、今まで食べに行った料理店の品で1番美味しくて悠とまた来ようと約束してしまったほどだった。


悠「夏になるとうなぎを食べたくなるのは、日本で育ったからこその性だね。」


夏「そうだね。うなぎ食べれて満足?」


悠「うん。あとはホテルで呑んで寝るだけー。」


悠はうなぎを食べる前に買ったワインが入った紙袋を嬉しそうに抱きしめて昼のことなんかすっかり忘れている様子。


俺は今日を満足してくれた悠に一安心してホテルに帰り、この前泊まった部屋より格段に狭いビジネスホテルのベッドの角で寝転がって悠が風呂からあがるのを待つ。


明日から悠は帰りの新幹線に乗るまで1人になってしまうけど、大丈夫かな。


瑠愛くんは俺との2人旅行だと思ってるから安心してるけど、俺は莉李と2人だけで過ごしたいと思うからどうしようかな。


俺はどうやったら悠が1人にならないか考えていると1人だけ頼れる人を思いつく。


けれどその人も忙しそうだからな…。


そう考えていると悠は1時間近いバスタイムを終えて部屋に戻ってきた。


悠「ワイン冷えたかなー。」


夏「悠は明日どうするの?」


俺はワインを開けようとする悠に提案よりも先に予定を聞いてみる。


悠「んー…、食べ歩き?」


夏「よかったら来虎兄さんとどう?」


悠「でも社会人でしょ?」


夏「うん。けど悠を1人にするの心配だから。」


悠「そんなこと言うなら連れてこなかったらよかったのに。」


そう言った悠だけれど、少し寂しそうな顔を一瞬だけ見せた。


夏「一緒いたいから連れてきたんだよ。ちょっと来虎兄さんに聞いてみるね。」


俺はその場で来虎兄さんに電話をすると、二言でOKしてくれた。

ちょうど長期休暇中だったらしく、暇してたと言ってくれたので俺は悠のことを頼むことにした。


夏「明日、この間の河原に朝待ち合わせだから早めに寝ないと。」


悠「…はーい。」


悠は少し残念そうにワインを冷蔵庫にしまい、ベッドの中心に倒れてふて寝する。


夏「寝るならもう少し端に寄ってね。」


悠にそうお願いしてパパッと風呂に入り戻ると、悠はベッドの中心で携帯を使って映画を見ていた。


夏「ここソファーないからもう少し端に寄ってよ。」


悠「こんな狭いベッドじゃどこも端っこだよ。」


と、悠は呆れながら端に寄る素ぶりを見せるけど数ミリしか変わらない。


俺はしょうがなく落ちる寸前のベッドの端で横になろうとすると、悠が俺の手を引いて腕が触れ合うほどの距離まで近づかせた。


悠「そんなに気にしなくていいよ。」


夏「一応、女性だし…。」


悠「みんな生まれる前は女の子だよ?夏くんも女の子だから私は気にしない。」


いや…、今は男で生まれてきてるから気にしないでと言われても気にしてしまうのが性なんだけど。


そう言う本音はまだ言えず、俺はエンドロール間近の映画を覗き見しながら睡魔が訪れるのを待っていると悠が俺を見ていることに気づいて顔を向けると、俺の鼻先が悠の口元に当たってしまう。


夏「見ないの?」


悠「瑠愛くんと6回見た。」


そんなに見てるならもう寝ちゃえばいいのになんで今まで見てたんだろう。


悠「夏くん、ちゅーして。」


夏「え?」


俺が答える間もなく悠は俺と唇を重ねて俺の頭を抱きしめる。


夏「…ダメだよ。瑠愛くん待ってるよ?」


悠「ずっと一緒って言ってたけど今一緒にいてくれないじゃん。しかも別れちゃったし…。」


悠は目を潤ませて俺の顔の隣に頭を置く。


夏「3日だけだよ。瑠愛くん、今はちょっと忙しくて悠に会えないだけだよ。」


悠「前の彼氏も『忙しい』って言ってずっといなかったよ。みんな忙しいかったら嘘ついていいの?」


夏「瑠愛くんは悠のこと大切に思ってるよ。」


悠「それだったら、ひとりにしないでよ。」


悠は枕に顔を埋めて静かになってしまう。

俺は強張る悠の肩に手を置いて顔を起こす。


夏「ひとりにしないために俺がいるんだよ。瑠愛くんの代わりに俺がいるから泣かないで。」


悠「…瑠愛くんの代わりは夏くんで、夏くんの代わりは来虎さん。ずっとそうやってたらい回しだよ。」


夏「そんなんじゃ…」


悠「いいよ。私のわがままだもん。わがままはお願い事じゃないよ。」


そう言って悠は俺に背中を向けてしまう。


夏「悠。こっち向いて。」


悠「寝るの。話しかけないで。」


そんな寂しそうな声で俺のことを突き放さないでよ。

俺にまたわがまま言って、困らせてよ。

そういう悠が瑠愛くんは好きなのに。


俺は悠を自分の体で包み込み、ひとりじゃないことを肌で感じてもらう。


悠「…暑い。」


夏「寒いよ。ひとりだとずっと寒くて痛いよ。」


そう言うと悠は俺の腕の中でこちらを向いてくれる。


悠「瑠愛くんの代わりして。」


夏「そのつもりで今日ずっと一緒にいたよ。」


悠「もっとちゃんと瑠愛くんごっこして。」


と、悠は俺にまたキスをしてきた。


俺は悠のわがままを明日がやって来るまで応え続けることにした。


これで悠の寂しさが少しでもなくなればいいのに、やっぱり俺は瑠愛くんになりきれないみたいで悠はずっと瑠愛くんのことで想いを溢れさせていた。


ごめんね。

誰にもなれなくて。


ごめんね。

会いたい人に会わせられなくて。


ごめんね。

本当のことを言えなくて。


俺は悠に心の中でたくさん謝りながらいつまでも上手くならない瑠愛くんごっこをし続けた。





→ 心雨

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