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ひと夏の恋  作者: 環流 虹向
8/14
135/188

12:00

レンタルの一眼レフを傷つけないようにリュックにしまい胸の前に抱えて、愛海のパフォーマンスが始まるのを待っていると飲み物を買いに行っていた沙樹と永海が俺の元に帰ってきた。


沙樹「愛海の人気は本当にすごいね。」


永海「ファンなのか彼女候補なのか分からないよ。」


と、楽しげに話す2人に挟まれてしまった俺は朝のことが頭の中で映像で繰り返し流れてうまく会話に入れない。


沙樹「そういえば、悠って浜辺の場所間違えたんだよね?もう着くかな?」


沙樹は携帯を取り出し、愛海のパフォーマンス時間が迫っていることを確認する。


永海「あと15分もないよね?電話してみよっかな。」


と、永海は片手に持っていた携帯をいじり始めて悠に電話をかけようとする。


夏「…俺が迎えに行ってくるよ。2人はクリームソーダのアイスが溶けないうちに食べて待ってて。」


俺は2人ともに目を合わせられず、立ち上がり軽く駆け足でその場から逃げると急に肩を引かれて足を止められる。


振り返ると、汗だくでびっくりするくらい息切れしている沙樹が膝に手を置き体を支えて下を俯いていた。


夏「…どうしたの?」


沙樹「どうしたじゃないよ!さっきからなんで僕とも永海とも目を合わせずに1人になろうとするんだよ。」


沙樹は顔を上げると涙をこらえながら怒った顔をしていた。


夏「…ごめん。」


俺はそれしか言えなかった。


沙樹が好きな永海は今日の朝、いつもの5人と女の子1人と向こうに座ってアイスを食べて楽しんでいる一くんとキスしてたって正直に言える訳がない。


俺の永海に対する感情がまだ分からずに今まで通りの会話が出来ないってことを言える訳がない。


沙樹「僕は何があっても夏の友達でいたいと思ってるんだ。僕のこと全て知って側にいてくれた唯一の友達で、僕のつまらない話も笑顔で聞いてくれて、僕の好きな永海のことも応援してくれて…」


沙樹はそう話しながら感情が追いついかない涙を止めようと顔を締めるけど止まらないらしい。


沙樹「僕、本当に卑怯だよ。夏が永海が好きなの分かり切ってるのに、自分の気持ちだけ教えて夏に我慢させた。…本当にごめん。」


夏「俺、永海のこと好きか分からない。」


俺は正直に今自分の心で思ってることを伝えた。


沙樹「…そんな訳ないよ。永海といる時が1番楽しそうだもん。」


夏「…本当に今、自分の気持ちが分からない。けど確かなのは1番好きなのは永海じゃないってこと。」


それは自分の中で確信が持てることだった。


沙樹「1番は悠?」


夏「…え?なんでそうなるの?」


沙樹「え?だって今迎えに行こうとしてたじゃん。」


沙樹は俺の言葉に驚いたのか、涙を止めてくれる。


夏「…ただ、ちょっと永海と一緒にいるのが辛くて。」


沙樹「…それ、好きじゃないの?」


沙樹は首を傾げながら整い始めた息で深呼吸をして、姿勢を正す。


夏「分からないから辛いって感じで…。なんか、ごめん。」


俺の気持ちが沙樹みたいにしっかりとしたものであればこんな中途半端な答えを言わずに済んだのに。


沙樹「自分の気持ちで謝ることないよ。そう思ってるなら自分が1番受け入れてないとダメじゃん。」


と、沙樹は笑って俺の肩を優しく叩く。


夏「だって…、中途半端だし、沙樹は永海が好きだし、朝に…」


俺は全ての思いが溢れそうになってしまうのを慌てて止める。


沙樹「…僕は永海が好きで、永海は夏が好きで、夏は永海が好きかもしれない。」


夏「…え?」


俺は沙樹が言った言葉が自分の脳で処理が出来ない。


沙樹「クラスのみんな分かり切ってるよ。でも、付き合ってないなら僕にもチャンスあるかなってさ。ちゃんと好きになったら頑張りたいじゃん。」


沙樹は涙を堪えながらも俺に優しく笑いかけてくれる。


なんで、こんなに優しいのに。

俺は今、沙樹の気持ちを考えないといけないのに。


なぜか今、永海のことばかり考えてしまう。


沙樹「今日、永海と一緒いなかった分を今から埋めに行って。僕が悠のこと迎えに行くから。」


夏「で、でも、クリームソーダ…」


沙樹「夏飲んでいいよ。僕は新しいの悠と一緒に買ってくるから。」


そう言って沙樹は携帯を取り出し、悠と電話をし始めると浜辺の出入り口に走りながら軽く俺に手を振り早く戻ってあげてとジェスチャーをしてくる。


俺は沙樹との約束を守るために永海がいる場所へ戻った。


…やっぱり、永海は1番分かりやすい。


夏「沙樹が悠の事、迎えに行ってくれた。」


俺は永海の背後から声をかけて隣に座り、沙樹のクリームソーダを貰おうと永海と今日初めて目を合わせるといつもより煌めく目で俺を見ていた。


夏「…沙樹は新しいクリームソーダ買うから、飲んでいいって言われた。」


やっぱりその目を見ると心臓が苦しいよ。


でも、この苦しさは莉李とは違っていて好きという感情なのか自分でも分からないんだ。


永海「…そっか!アイス足りないなって言ってたから増量してくるかもね。」


よかった。永海の声、ちゃんと聞けたよ。


やっぱり、永海の歌をもっと聞きたいって思ってしまうのはわがままかな。


俺は永海が差し出してくれたクリームソーダを受け取り、半分以上溶けてしまったアイスを食べていると愛海から電話がかかってきた。


夏「どうしたの?」


愛海『…夏、今でも後悔してる?』


と、愛海は小さく震える声で俺に聞いてきた。


夏「え…?後悔?」


愛海『そう。俺にはそうなってほしくないって言ってくれたよな。』


7月の末くらいに愛海と昼ご飯を食べながら好きな子について話したことを思い出した。


夏「うん。言った。」


愛海『好きって伝えられるうちに言えって言ったよな。』


夏「うん。言ったよ。俺は言えなかったから後悔してた。」


愛海『…言えたのか?』


夏「うん。旅行行った時にたまたま会って言えたけど、あの時会えてなかったらまだ後悔してた。」


愛海『…そうか。言えたか。』


愛海は声だけで笑い、口で想いを噛みしめるように言葉を漏らす。


愛海『俺、やっぱり後悔したくない。』


愛海は涙をこらえているのか、言葉の強弱がままならない。


愛海『このままずっと会えなくなるの嫌だ。』


夏「俺に出来ること、ある?」


愛海『…俺、自分の中で賭けたんだ。』


夏「賭け…?」


愛海『美未が俺のことを最後まで見てくれてたら会う。途中で帰ったらこの気持ちは消す。』


夏「絶対最後まで見てくれるよ。」


愛海『…仕事に向かう時間がギリギリ俺のパフォーマンス時間と被ってんだ。』


と、いつもよりも自信なさげな声で話す愛海。


夏「絶対見てくれるよ。見てくれなくても俺が帰るの止める。美未さんはどこにいるの?」


愛海『俺のパフォーマンスが終わったら言う。父さんから俺の自転車の鍵だけ貰っておいて。』


そう言って愛海は電話を切ってしまった。


俺は立ち上がり、愛海のお父さんがいるテントに向かおうとすると永海が俺を呼び止めた。


永海「…どこ行くの?」


夏「愛海の自転車借りてくる。」


永海「え?なんで…?」


夏「愛海の後悔を作らないために。」


俺はこの話している時間も惜しくて半ば強引に永海との会話をやめて、愛海のお父さんに自転車の鍵を貰う。


夏「自転車ってどちらに置いてますか?」


「あの端っこにある公衆便所近くの簡易駐輪場だけど…、もうすぐで愛海の出番だぞ?」


夏「俺、足速いんで自転車持ってきて愛海のパフォーマンス見ます!」


俺は愛海が海から上がる予定地を聞いて、浜辺の半分以上の道を走り人混みをかき分けて海岸端にある簡易駐輪場に到着する。


そこには永海と食べに行ったミルフィーユのように詰め詰めに自転車が置いてあり、愛海の真っ赤なクロスバイクを見つけて強引に引き出すと司会が愛海の紹介をし始めた。


俺は急いで来た道を戻り、愛海のパフォーマンスを横目で見ながらお父さんが教えてくれた愛海が戻る場所に走る。


けれど途中、整備された道が人混みで進めなくなってしまい仕方なく浜辺に降りて、海から上り切りそうな愛海の元に自転車を担ぎながら走ると愛海は俺の様子を見て笑った。


夏「笑ってる場合じゃないよ!どこにいるの?」


愛海「あそこ。」


と、指差したのはさっきとは真逆の海岸端にある防波堤だった。


愛海「麦わら帽子で真っ白な服着てる。」


まだいてくれるのが嬉しいのか、愛海はいつも以上の優しい笑顔を見せてくれる。


「愛海!夏!」


と、俺たちの背後から沙樹が何か袋を抱えて走ってきた。


沙樹「これ…、愛海に…、頼まれた…、やつ…。」


そう言って息絶え絶えに沙樹が俺に少し重くてスイカくらいある巾着袋を俺に渡した。


愛海「美未(みみ)が来てくれるならそれ使って。」


夏「分かった!」


俺は熱がこもったリュックに巾着を詰め込み、急いで道路に戻って美未さんがいると言う防波堤に常識無視で自転車に乗ったまま入り、麦わら帽子で真っ白なサロペットを着て今にも帰ろうとする美未さんの元に自転車を乗り捨てて駆け寄る。


夏「美未さん!愛海、こっち来るから待っててほしいです!」


俺は息切れを感じながらも美未さんの帰ろうとする道を阻み、足を止めさせる。


美未「…でも、約束だから。」


約束…?


愛海が会いたいと思っているのに会えない約束なんかするわけない。


夏「事務所かなんだか分からないけど、2人のことは2人で決めるべきです。他人の言うことなんか無視してください!」


お願いします。

愛海へのお星さまの気まぐれはまだ続きますよね?


美未さんの気持ち、まだ間に合いますよね?


「とりあえず、俺たちとBBQしに行きましょ?」


と、美未さんの背後から男性の声が聞こえて見ると一くんだった。


関係者以外立ち入り禁止なのになんでいるのか分からないけど、美未さんを引き止めてくれるならなんだっていい。


夏「行きましょう?」


俺は美未さんの俯く顔の様子を伺いながらなんとか愛海に会うまでの時間稼ぎをする。


夏「愛海にいい隠れ場所教えてもらったんです。」


俺は昨日教えてもらったツリーハウスを思い出し、場所移動の提案もしてみる。


美未「…マスク、髪ゴム、カーディガン。」


美未さんが謎の3点セットを言葉に出し、俺はリュックに入れた巾着袋の中身を見て確信する。


夏「俺が美未さんの顔、誰にも見られないように自転車で送るので。ちゃんと愛海と会ってあげてください。」


美未「…うん。」


美未さんは今にも泣き出しそうな顔をしながら準備を進め、俺が拾い上げた自転車の荷物置き部分にまたがった。


夏「行きますよ。」


美未「うん。」


美未さんは汗でびしょ濡れの俺の肩にしっかり掴まり、行く決心を固めてくれたことを教えてくれる。


俺は勢いをつけて一漕ぎしようとすると、なぜか一くんに呼ばれた。


一「夏!夜、江ノ島大橋待ち合わせ!」


俺はその一方的な約束に何故か若干の苛立ちを覚え、ペダルを踏み外してしまう。


…いや、こんなところでイラついてる場合じゃない。


俺はそのまま行こうとすると一くんが、


「話がある!」


と、また呼び止める。


夏「…分かった。行く。」


俺は行きたくない約束をして、まずは美未さんを丘の上にある愛海のお母さんが経営しているステーキ屋さんに連れて行く。


夏「すみません。昨日、忘れ物しちゃって。」


俺は従業員の気を引き、美未さん1人で裏口にある茂みで出来たバリケードの向こうに行ってもらう。


俺の視界にいる従業員は、無いはずの忘れ物を確認しにレジ横に置いてある忘れ物帳に気を取られて美未さんに気づいてない様子。


よかった。

これで愛海と美未さんが会える。


「おい。」


と、後ろから野太い声で話しかけられて振り向くと黒スーツの男2人が俺の事を睨んでいた。


夏「…すみません。邪魔でしたね。」


俺が店の端に寄ると2人は俺を追い込むように体で柵を作り俺を捕らえた。


杠葉 美未(ゆずりは みみ)さんはどこに行った?」


夏「…誰ですか?」


俺は杠葉という人は知らない。


「あなたの後ろに乗っていた麦わら帽子と白のジャンプスーツを着てた方です。」


夏「外でお別れしましたよ?」


この中に入ってからはまだ関わっていない。


「お前の後ろに着いて行ってただろ?」


夏「んー…、分からないですね。」


俺には後ろに目がないから分からない。


「ああ、もういい。探すぞ。」


と言って、黒スーツの人が従業員の許可無く店中を探し始める。


従業員「あの、お客様のご迷惑に…」


「料理場見せろ。誘拐罪で訴えるぞ。」


従業員「お探しの方は私たち見てな…」


「この店に入ったのを私たちは見てるんです。さっさと杠葉さんを返してください。」


どうしよう。

俺の勝手がお店に迷惑を掛けている。


何か打開策がないか考えるが俺は2人に横目で監視されてるから動けない。


美未さんはバリケードの向こうで俺の事を待っているけど、顔を出されたらおしまいだ。


どうしよう。


俺は110の電話番号を押し、コールボタンを押す手前で指を止めて一眼レフが入ったリュックを安全な場所に置き、今は誰もいないバルコニーに繋がる扉に手をかけると肩を掴まれた。


「そこなのか。」


夏「なんのことですか?」


「どけ。」


夏「絶対嫌です。」


俺がそう言うと肩を掴んでいた男性が少し乱暴に俺を扉の前から引き剥がす。


俺はそれを見計らい、心の中で謝りながら近くの作業台に置いてあったカトラリーセットがまとまった山に突っ込む。


夏「やめてくださいよ!」


俺はバルコニーに繋がる扉を開けようとする男性の手を払い、殴られる覚悟で扉の前に立つ。


「どけ。邪魔だ。」


夏「嫌です。」


「…どいてください。仕事なんです。」


と、俺の体を扉から強く引き剥がし、投げ捨てた。


投げ捨てられた俺はその先にあるビール瓶が入ったケースに突っ込みに行くといい音が鳴る。


夏「痛いです。…助けてください。」


俺は最初、扉から引き離された時に繋げておいた警察と話をする。


こんなことに国家権力を使ってごめんなさい。

でも、そうじゃないと美未さんが心の暴力を振るわれそうだから俺が代わりに受けるしかなかったんです。


俺は心の中で警察に謝りながら話をしていると、黒スーツの人たちは走って外に出ていった。


俺はまだ残ってる体力で急いで外に行き、警察に車のナンバーを教える。


これでしばらくはこの店に寄ってこないはず。


俺は店の中にいた人たちに謝りながら、散らかした場所を片付けて警察の対応を終えてからリュックを持ってツリーハウスの下に待っていた美未さんの元に行く。


夏「お待たせしました。」


美未「…なんでそんなに愛海に会わせたいの?」


と、美未さんは俺の大根芝居を見ていたのかメイクが崩れかけながらも言ってきた。


俺はリュックに入れていたポーチを出し、できる範囲のメイク直しをしながら美未さんに伝える。


夏「愛海も、美未さんも後悔してほしくないからです。」


そう言うと美未さんはせっかく直したメイクの上に想いを零していく。


でも、大丈夫です。

ここ最近、ウォータープルーフの物を常備していたから泣いても落ちません。


俺はツリーハウスの下で美未さんに最新の化粧品情報を聞きながら大会終わりの愛海を待った。





→ イエスタデイ

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