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ひと夏の恋  作者: 環流 虹向
8/13
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22:00

俺は愚痴相談の仕事を2件終えて今から瑠愛くんがいる事務所に向かう。


今日は夏休みも終わりかけで金曜日ということもあってか人通りも多く、なかなか自分のペースで歩けない。


予定していた帰る時間よりも遅れるって瑠愛くんに言っておこう。


俺は携帯を取り出して、瑠愛くんに電話を掛けようとすると周りにいる人が何かに向かって嫌な笑いを向けているのが耳に入ってきた。


「あの子、1人で泣いてるー。」


「酔いすぎ。呑み方知らないガキは家帰れ。」


「派手髪だから教育行き届いてないんだろうな。」


「弱った女は食いつきがいいけど、いく?」


酷い言われようだ。


俺は瑠愛くんに電話をかける前に気になるその子のことを目で確認しようと、人の声が指していた車道の向こう側の歩道にいるその子を見ると小さくしゃがみ涙込み涙を必死に拭いている永海だった。


…なんで、こんな夜の繁華街にいるんだ?


俺は信号を確認するのも忘れ、駆けよろうと1歩を踏み出すと永海の元に男が1人駆け寄り目の前にしゃがんだ。


…なんで、一くん?


俺の中で『なんで』がたくさん生まれて立ち止まってしまうと、バイクに轢かれかけそうになるのを歩道にいたお兄さんが俺の体を引き助けてくれた。


けど、自分の身の安全よりも今なんで永海と一くんが一緒にいるのかが気になってしまい、そこから目が離せなくなる。


「彼氏、困ってるぅ。」


「ああやって泣く彼女ほど、面倒臭いものないよな。」


「バカップルが道の真ん中占領するのウザい。」


「家でパコって終いなんだから早く帰れよ。」


酷い罵声が飛び交う中、一くんは二言三言話すと永海の前に手を差し出した。


すると永海はさらに苦しそうに涙を流し始めた。


…あの時、俺のリュックにあった調節ヒモをずっと掴んでいたのは俺に手を離してほしかったからなのかな。


少し重くなったリュックの感覚を思い出し、俺は側にあったガードレールに腰を預けて今にも崩れそうな膝を支える。


それでもまだしゃがみこんでいる永海は一くんの差し出された手を繋ぐ事はなく、何か話しているけれど車の走行音と人の雑音で聞こえない。


永海はクラスで1番声が通るのになんで今俺の耳には聞こえないんだろう。


…永海の声はもう俺には届かなくなったのかな。


俺は感じてはいけない感情がまた自分の中で膨らんでしまって、瞬きさえ惜しくなる。


…あの時、大切な人に自分が駆けつけてあげたいって言ったじゃんか。


そう思った瞬間、一くんの笑顔と何か一言発した言葉に永海は吹き出して笑うと、目の前にあり続けた手を握った。


…ああ、ごめん。

こういう気持ちになるんだ。

俺、本当に君のこと何も分かってなかったよ。


俺が溢れ落ちる涙を1度拭き取ると、2人は立ち上がっていて人目を気にせずお互いの歩幅を合わせて走り出してしまった。


待って。

俺も一緒に行きたい。


そう思ってもまだ俺の対面にある信号は止まれと停止色を煌々と俺に照らして、俺の足をアスファルトから離してくれない。


俺は歪む街で小さくなっていく2人を目で追うけれど、アスファルトから解放された頃はもうすでに永海を見失ってしまった後だった。


俺はそのまま何度も拘束と解放されることを繰り返していると、電話が鳴り何も確認せずに出る。


夏「…はい。」


『大丈夫?道迷った?』


瑠愛くんが心配そうに聞いてきた。


夏「…うん。迷っちゃった。」


瑠愛『迎えに行くよ。どこか分かる?』


夏「分かんない…。分かんなくなっちゃった。」


自分のことも分からない。

あの子のことも分からない。

何をすればよかったのか分からない。


瑠愛『夏くん…、大丈夫?』


夏「俺、どうすればいいのか分からない。」


瑠愛『…迎えに行くから!絶対動かないで!』


夏「動けないよ。…行かないといけない場所、分からないもん。」


瑠愛くんは慌ただしく音をたてて賑わう街に駆け出し、俺を探すために息を荒げる。


こうやって何も話さずに駆けつけてくれたのに、俺は本当に好きな子が何に悩んでるか教えてもらわないと駆けつけることも手を引くことも出来ない臆病者なんだ。


俺は男なのに人目も気にせず泣いていると罵られても、止めることが出来ずに想いがとめどなく溢れ出るのを必死に拭い取っていると耳障りなトラック広告が俺の目の前を通り過ぎる。


すると耳元でもそのトラック広告が流れ、ふと顔を上げると向こうの歩道で信号待ちしている瑠愛くんが俺に向かって手を振ってくれてることに気づいた。


瑠愛「お待たせ!帰ろっ!」


信号が青になった瞬間、瑠愛くんが俺に駆け寄ってきて手を握りそのままタクシーに乗り込む。


夏「ごめん、仕事…」


瑠愛「だいじょーぶ!疲れちゃった時はたくさん寝ていいんだよ。」


そう言って瑠愛くんは俺の頭を優しく掴み、膝枕してくれる。


俺はその温もりでまた好きな子を思い出してしまい、瑠愛くんのズボンを汚してしまった。





→ 雨と僕の話

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