22:00
「夏!」
人が少なくなった駅のベンチに座って待っている俺に永海が駆け寄りながら声をかけてくれる。
夏「今日、晴れてよかったね。」
俺は立ち上がり、少し重い足を1歩ずつ確実に踏み出して永海に歩み寄る。
永海「そうだね!…その袋は?」
と、永海は俺の手に持っていた買い物袋を指した。
夏「お菓子とか飲み物買っといた。」
永海「え!ありがとう…。一緒に買うんだと思ってたからびっくり。」
夏「早く流星群見たくて。」
永海「そうだね!じゃあ行こっか。」
お菓子も飲み物も買ったけれど、俺が1番買いたかったのは紙コップと水。
今日の朝にマサキさんが教えてくれた願い事の叶え方を実践するためだ。
俺は1度だけ見たことがある道を歩き、永海に連れられた場所は向日葵ヶ丘という少し町から離れた丘にある広い公園で今日は流星群が見れるということもあってまばらに人がいた。
その中で永海はとっておきの場所と言って、公園の中の林をくぐりついた先にあった永海の住んでる町と、これまで生まれた人の数分もありそうな無数の星が見える天も地も光輝く万華鏡のような場所に連れてきてくれた。
夏「…すごい。この間来た時なんで教えてくれなかったの?」
永海「私が1人で星を楽しみたい時に使う場所だから勝には知られたくなかったんだ。」
と、永海は優しく笑いながら言う。
夏「…俺、来てよかったの?」
永海「一緒に来たかったの。」
そう言って永海はカバンにしまっていた新品のレジャーシートを敷いてくれる。
夏「持ってきてくれたんだ。」
永海「うん。朝活じゃないけどいいよね?」
夏「うん。使ってくれて嬉しい。」
俺は夏夜の愛しいものを撫でるような優しい風で飛ばされないように買い物袋と靴を端に置き、桜の花びらの上にいるような淡い薄紅色のレジャーシートに座らせてもらう。
永海「雲ひとつない晴天。このまま寝なければ絶対見れるね。」
と、永海は嬉しそうに俺の隣に座り、空を見上げる。
夏「本当に晴れ女なんだね。尊敬する。」
永海「たまたまだよ。天気の神さまありがとう!」
永海は手を合わせて空にいるであろう天気の神さまにお礼を言う。
すると、それに答えるように1つ星が流れたのが見えた。
それを見て永海は嬉しそうに笑う。
…本当、素直でまっすぐで優しくて一緒にいると落ち着くんだ。
その目に映る全てがいつも色鮮やかに光輝いてるんじゃないかなと思うほど、君の瞳は綺麗なんだ。
君が好きだというブランドのグロスで艶めいている唇で放たれる言葉の数々は、シャボン玉のように透明で目を合わせると虹が色づくように不純物なんてない気がするんだ。
そんな君といるととても胸が苦しくなる。
きっと、俺が君に触れることで汚してしまいそうって思うからなんだ。
だからね。
君と俺が2人でいるのはこれで最後。
2人で朝活をするのも、2人で貼り絵をするのも、2人で作りたいと思ってしまった歌も、俺とやる未来は来ない。
約束を守れなくてごめん。
きっと、来たとしてもそれは君を1番に想ってくれる人とするんだ。
だから俺は空を駆け巡る星にお願いする。
夏「友達に本当に叶えたいお願い事をする時のやり方教わったんだ。」
永海「え?落ちる前に3回お願いするんじゃないの?」
夏「俺もそれしか知らなかったんだけど、違う方法があるんだって。」
俺は自分で買ってきた紙コップ2つに水を入れて1つを永海に渡す。
夏「このコップの中にお星さまが入ってくれたら願い事を心で唱えながら水を全て飲み切ると叶うって教えてくれた。」
永海「…この小さいコップに?」
夏「まあ、正確には映ったらだけどね。」
永海「へー…。そんなの知らなかった。」
そう言って空を魅入っていた永海は紙コップに映る星空にクギ付けになる。
俺も少しの間、紙コップに星が入ることを心で願いながら静かに待っていると、永海がまた俺の知らないメロディを口ずさみ始めた。
なんで…。
なんで、君は俺とまた思い出を増やそうとするの?
俺はもう増やしたくないよ。
君を思い出すカケラを散りばめたくないよ。
お願い。お星さま。
あなたの気まぐれであの唇を塞ぐ理由をくれませんか?
俺は星がまだ入ってくれないコップを口につけて水を飲む。
永海「え!夏もう入ったの?」
夏「うん。」
永海「いいなぁ。私も…」
夏「俺が今1番好きな人とずっと側にいれますように。」
永海「…え?」
夏「そう、お願いした。」
俺はまだ1口だけ残っているコップの中に映る星空を見たまま答える。
ダメだ。
まだ永海を見ちゃダメだ。
今、目を合わせてしまえば勘違いしてしまうから。
目が合ってしまえば俺の勘違いもまた始まってしまうから。
ここに星が本当に入るまで永海は見ない。
「…お願い事は言っちゃダメだよ。」
と、永海が弱々しく笑い混じりに言った。
永海「言っちゃったら叶わなくなっちゃうよ…?」
今、君はどんな顔をしてるんだろう。
その声のように少し弱々しく笑顔を作っているのかな。
何も気にせず、ずっと水に映る星空を見ているのかな。
もしかして、泣いてるのかな。
夏「願いは言葉に出さないと叶わないって教えてもらった。」
永海「…どっちが正解なんだろうね。」
夏「きっと俺のだよ。」
そう言った俺のコップに大粒の流れ星が1つ入った。
それはしっかりと中に入ったことを証明するために波紋を広げて早く飲んでと言っているよう。
俺はちゃんと願い事を心の中で唱えながら体の中に星を入れ、心にある1番の願い事を知ってもらう。
今、俺の隣にいてくれた子を幸せにしてください。
俺が君に出来る最後の行動はこれくらいしかない。
何も出来ない俺と一緒にいてくれてありがとう。
何も応えられない俺を側に置きたいって少しでも思ってくれてありがとう。
俺は君が幸せと思うことは何1つ分からないから一緒にいても辛いだけだと思うんだ。
だから俺にも幸せをくれたあの子に幸せをもらってね。
俺は空を見上げて線香花火のように飛び交う星を見たあと、永海に目を移すと俺と目が合い嬉しそうに笑った。
けれどその笑顔はずっと俺に向けられていた笑顔ではなくて、何かを失ったような切ない笑顔だった。
そんな顔にさせてごめん。
でも俺は君を1番に想えないからダメなんだ。
俺はその笑顔に笑い返し、言葉数が少なくなってしまった永海が帰ろうと言うまで自分への悲しみを和らげる言葉しか発せず過ごしてしまった。
→ はにかんでしまった夏