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ひと夏の恋  作者: 環流 虹向
8/12
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12:00

あっという間に時間が過ぎ去ってしまい、もうお日様は空のてっぺんに登ってしまっている。


マサキさんは俺の求めていた言葉をくれたけれど、本当に言ってほしい人からは貰えてないって気づいてしまい、俺は進んでいた筆をまた止めてしまった。


どうしても今の自分の気持ちが俺の手を動かしてくれなくてどうしようもない。


けれど、この気持ちは自分の中にあるものなのに他人の心なのかと思うほど距離があって霞みがかっていて見えにくい。


この(もや)をどうしたら晴らす事ができるんだろうと考えていると、携帯に電話がかかってきたので出ると沙樹の妹の樹璃ちゃんからだった。


樹璃『…夏さん。』


なんだか心配になってしまいそうなくらい声に元気がない。


夏「どうしたの?」


樹璃『もう男の人好きになれないです。』


一体なにがあったんだ?

しばらくメッセージで何度か連絡は取り合っていたけれど、そんなに思い悩んだ様子は感じ取れなかった。


夏「…俺、夕方まで時間空いてるから一緒にご飯食べる?」


樹璃『食べます…。』


俺はその一言を聞いてお互いの中間地点の駅まで行くと、樹璃ちゃんは汗を拭くような仕草で涙を拭いていた。


夏「お待たせ。なに食べたい?」


樹璃「…レモンティー。」


夏「…紙パックのやつ?」


樹璃「はい…。」


夏「うん。分かった。」


俺は樹璃ちゃんとコンビニに行って紙パックのレモンティーを買い、公園にある木陰のベンチで日差しを避けながら話を聞くことにした。


夏「会わないように…、してたんだよね?」


樹璃「はい…。だんだんとメッセージのやり取りも減らしてました。」


夏「…今日はどうしたの?」


樹璃「今日友達と遊んでたらたまたま見かけちゃって…。」


そう言うと樹璃ちゃんの落ち着いていた涙腺が乱れ始める。


夏「好きな人見かけると気持ちがいっぱいになるよね。」


樹璃「…その好きな人の隣に彼女がいました。」


樹璃ちゃんは悔しそうに笑いながら自分の思いを外に出さないように必死に止める。


夏「なんで彼女って分かったの?」


樹璃「手繋いでたから。」


…そうだよな。

手は恋人同士で繋ぐのが当たり前なんだよな。


俺は昨日悠に言われたことを思い出して自分の行いになぜか反省する。


莉李が見てたってわけじゃないけれど、他の子と繋いでいたら嫌かもしれないよな。


夏「そっ…、か。それで俺に電話くれたの?」


樹璃「…友達にも言えないことなので。」


誰にも言えない相談をなんで俺にはしてくれるんだろう。


夏「…なんで俺に話してくれるの?」


あの日は樹璃ちゃんの話を聞くのにいっぱいで聞けなかったけれど、俺は思い切って聞いてみることにした。


樹璃「…ちょっと、好きな人に似てたので。」


夏「え…。」


樹璃「あ!でも、顔じゃないです!なんでも聞いてくれそうな雰囲気がダダ漏れてたので…。」


それって褒め言葉なのか、けなされてるのかよく分からないなと思っていると樹璃ちゃんはレモンティーを飲み切ってしまった。


樹璃「人間不信な兄も夏さんのことをとても慕っているのを1年の頃から聞いていたので、いい人なのは知ってました。」


夏「…沙樹が?」


樹璃「はい。この間、兄が夏さんと1日遊んだ日あったじゃないですか。」


ナナさんにお金を渡した日のことをきっと言っているんだろう。


あの日、沙樹は初めてバイトをズル休みをして夜まで遊んでくれたんだよな。


樹璃「あの日は私が駅に迎えに行かないといけないほど酔っちゃっててびっくりしたんですけど、夏さんの好きなとこをたくさん私に語ってくれました。」


樹璃ちゃんはあの日を思い出しているのか、優しく笑う。


樹璃「元々自分より口下手だったのに怒ったら素直に発言出来る所、ぼーっとしていることが多いのに人のことを誰よりも見ている所、好きな人が被ってるのを内緒にして突き通してくれる所、そういう人に優しすぎる夏さんが好きで自分が嫌になっちゃうって言ってました。」


夏「…ちょっと間違ってるのあるけど。」


俺は途中の言葉に訂正をしてもらおうとする。


樹璃「酔ったお兄ちゃんは全部本当のこと言っちゃうんです。不便な酔い方しますよね。」


樹璃ちゃんは笑っているけれど、俺は笑えなかった。


好きな人は被ってないはずなんだ。

なんでそんな風に思われてしまったんだろう。


しかも、そんな俺のせいで沙樹が自分のことが嫌になるなんて思ってほしくない。


夏「沙樹は俺といるの嫌なのかな…。」


樹璃「嫌な訳ないじゃないですか!いい友達出来たって去年の夏休み前に騒いでたこと私覚えてますもん。」


夏「去年…?」


樹璃「去年、兄が好きな盆栽展行きましたよね?」


夏「うん。行ったよ。」


樹璃「元から興味ないものだったのに僕のうんちくを目を輝かせて聞いてくれるって喜んでました。」


夏「…沙樹の話がすごく面白かったからだよ。」


樹璃「例え、どんなに面白い話でも自分に興味のないものにはなかなか惹かれないのが当たり前なんです。だから高校からだんだんと塞ぎ込んでたと思うんですけど、専門学校入ってから笑顔が増えたんです。」


夏「沙樹はいつも笑顔だよ…?」


樹璃「夏さんが兄の作り笑顔を剥がしてくれたんです。だからそういう人に相談したら安心できるなって思ったんです。」


そんな風に沙樹も樹璃ちゃんも思ってくれてたなんて知らなかった。


知らなかったと言うより、俺自身が知りに行こうとしなかったと言う方が正しいのかもしれない。


樹璃「人の感情がぐちゃぐちゃな時にまくし立てたり、遮ったりするのは友達じゃないって兄から教わったんです。ひどい偏見だなと思ったけど、好きだった人がそんな感じの人だったのでなるほどなって思いました。」


樹璃ちゃんは優しく笑いながらやっと未練が溶けたように明るい表情をしてくれる。


夏「…次の人探すの?」


樹璃「探すというより自然と芽生えれば育てます。」


思ったより大人な回答をしたので俺はびっくりしていると樹璃ちゃんはその俺の顔に笑ってくれる。


さっきまでは突然のことだったから感情が追いつかなかっただけなんだろう。


樹璃「夕方まで私と遊んでください。」


樹璃ちゃんは背筋を伸ばし、綺麗に頭を下げた。


夏「うん。たくさん遊ぼう。」


俺は樹璃ちゃんが今までしたかったことを時間が許す限りして、まだ側にいられない誰かの代わりをした。





→ 靴ひも

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