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ひと夏の恋  作者: 環流 虹向
8/10
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22:00

あのあと寝すぎて日焼けをしてしまった頬が少し火照ったまま、マサキさんに会うとりんごみたいで可愛いと言ってくれて一安心。


俺はマサキさんの肩を抱きながら雨に濡れないように歩き、ハイカラ町にあるBARをはしごして少し足元がふわふわしてきた。


マサキ「少し夜風当たりながら水飲もっか。」


夏「うん。お酒弱くてごめんね。」


マサキ「お酒は楽しんだり味わうためにあるから強いも弱いも関係ないよ。」


マサキさんは俺に優しく笑い、外で待っててと言ってコンビニに入っていった。


俺はコンビニの屋根の下でマサキさんを待ちながら人の流れをぼんやりと見ていると、向こう側の歩道に雨をよく弾く黒塗りの車がついた。


きっとサリさんのようなお金持ちが使ってる車なんだろうなと、眺めているとドライバーさんが傘を差して中の人を雨から守るのが車の屋根越しに見える。


今の時間から会食か何かあるのかなと思っていると、ドライバーさんはもう1つ傘を差した。

俺が思っていた以上に人が乗っていたらしく、傘2つを4人で使うように差して店のない路地に歩みを進めていく。


俺がその1人とたまたま目が合うと、その人は隣にいる女性に腕を組まれていることが嫌そうな顔をしながら俺に手を振ってくれる。


俺もそれに手を振り返して見送るとマサキさんが帰ってきた。


マサキ「…(ひと)?」


夏「うん。…友達とご飯行くのかも。」


俺は女性がしっかりと一くんの腕を組んでいるのを見ても、マサキさんにははっきりとは言えなかった。


すると、突然マサキさんは傘も差さずに走り出した。


夏「マサキさん!?」


傘を持っていくのも忘れ俺はマサキさんがギリギリ渡ってしまった横断歩道の進めボタンを連打し、青になった瞬間すぐさま走りマサキさんと一くんがいる路地に入るとマサキさんは一くんと女性の腕を引き離して自分の方へ引き戻していた。


「何!?」


俺は耳が痛くなるその甲高い声で蒸し暑い雨が降る夜なのに寒気が走る。


「どうした?」


と、少し前を歩いていた見覚えのある青スーツを着ている男が隣に並び腕を組んでいた女性と一緒に振り向く。


マサキ「…いっくん。帰ろう。」


一「ね、姐さん…?」


一くんだけが一方的にマサキさんと視線を合わせる向こうで、俺を汚した社長とツツミさん、そして社長の娘のユミさんが俺たちを見る。


ユミ「…マサキじゃん。おひさ。」


ツツミ「見覚えあると思ったらマサキか。昔より女っぽくなったな。」


ナツメ「優治もいるじゃない。お楽しみセット?」


社長に自分の名前を呼ばれ、俺は急に胸が苦しくなりそのまま地面にしゃがみこんでしまう。


ツツミ「昔は俺みたいに短髪でバカみたいにブランド物買って、金で自分を着飾ってた奴が次は女装をするとはな。」


枉駕「男のマサキは好きだけど、女は興味ないのよね。」


ユミ「おとこの娘ってやっぱり男が好きなのー?」



ダメだ。


もう会わないって思ってたのに、まだ仕事の途中なのにあの感覚を思い出してしまう。


たすけて。

おれ、たちあがれない。

ひとりじゃなにもできない。


すると俺の腕を誰かが強く引き上げ、肩を担ぐように俺を抱き上げてくれる。


俺は雨と涙で歪む視界でその人の顔を捉える。


マサキさん、泣かないで。

俺がマサキさんの代わりに一くんの手を引いてあげれば、“マサキ”さんの存在を一くんに知られることはなかった。


俺のせいでお客さんを泣かせるなんてしたことなかったのに、なんで今…。


今なんだよ…。


俺はマサキさんに連れられるまま、謝り続けているとハイカラ町裏にある誰もいない公園にあった屋根付きテーブルベンチに座らされる。


夏「ごめんね。さきさん。」


俺はまだマサキさんが一くんの前で突き通したかった“さき”さんの名前を呼ぶ。


マサキ「優くんは悪くない。…嫌なことされたんだね。」


夏「…うん。」


それしか言えなかった。


今全てを吐き出したとしてもマサキさんを笑顔にすることは出来ない。


デート代が貰えるのはお客さんが楽しいと思える時間を作れてこそなのに…、俺はダメな奴だ。


マサキ「大丈夫…。 私も瑠愛くんもいるから。怖くないよ。」


マサキさんはそう言って、雨と涙でべたついた俺の顔を湿ったハンカチで拭ってくれる。


一「…姐さん。」


と、手を引かれるまま一緒に逃げてきた一くんが重い口を開けた。


マサキ「優くん。一のことよろしくね。」


マサキさんは使っていたハンカチを俺に渡し、一くんとは一切目を合わさず、言葉も交わさずに走って帰ってしまった。


一「…大丈夫、か?」


一くんは姐さんを追いかけたそうにしていたけれど、俺の荒い呼吸を見てとても心配している様子。


俺は俯いていた顔を上げると一くんは濡れた前髪を上げて、俺の容態を心配していた。


そのいつも前髪で隠されていた眉毛は半分もない。


一くんの左側のおでこにはとても大きい傷跡があり、少し皮膚が突っ張っていて完治しているのであろうけれど痛そうだった。


夏「…大丈夫。一くんが無事で良かった。」


少しびっくりしたけれど俺は深呼吸をしてやっと整った呼吸でゆっくりと雨風を吸い込む。


一「なんで…、姐さんと一緒にいたんだ?」


一くんは言いづらそうに目を逸らしながらテーブルがる方を背にして俺の隣に座った。


夏「…俺は仕事でさきさんと一緒にいたよ。」


一「瑠愛くんとこの仕事…?」


夏「そう。俺が始めてからずっと指名してくれる大事なお客さん。」


俺は一くんの誤解を全て解くためにちゃんと話すことにした。


一「…クラス会の時は?」


夏「知り合いだったよ。…言い合いになった時にしっかり言えなくてごめん。この仕事に偏見ある人がいるって瑠愛くんに教えてもらったから言えなかった。」


そう言うと一くんは脚に肘を置き、頭を抱える。


夏「さきさんはあの人たちから一くんを守ろうとして、手を引いてここまで逃げてくれたんだ。」


一「…やっぱり、俺の人生終わりかけてたよな。」


と、一くんは呟く。


夏「俺も騙された。一生ものの傷もつけられたと思う。でも、一くんが無事で良かったよ。」


一「なんで…、姐さんは俺のこと助けたの?」


一くんは声を震わせて俺に聞いてきた。


俺にはその理由が1つしか分からなかった。


夏「一くんだから助けた。」


そう言うしかなかった。

あの時のマサキさんは一くんのために動いていた。


目の前のトラウマにも臆せず、一くんを助けた。


なんであんなに優しい人が傷つくことばかり起こるんだろう。

なにか悪いことをしたってわけじゃないのになんで理不尽に傷つけられないといけないんだろう。


夏「さきさんは一くんが今も好きだから助けたんだよ。自分のことよりも好きな一くんのために動いたんだ。」


一「…俺のことを好きって言ってくれる姐さんは、男なの?」


一くんのさっき起こったことの確信を得るために最終質問をしたように俺は聞こえた。


あの時、社長たちがバラしてしまったマサキさんの過去と体の性別を一くんは俺に確認してくる。


俺はここで本当のことを言っていいのか、嘘を言った方がいいのか、分からない。


でも、マサキさんの行動は全てYESと言ってるものでそれが信じられなくて一くんは俺に聞いてきたんだろう。


夏「…俺は、言えない。」


俺はどうしてもこの質問は答えられなかった。


あの日、一くんの前では女の子のさきさんでいたいって言っていたから俺はマサキさんを男性として断定する言葉を言えなかった。


一「…そっか。ありがとう。」


一くんは俺の言葉で何かを確信したらしく、切なく微笑んだ。

その目には抑えられない涙が頬を伝っていたけれど、俺には拭いてあげることができなかった。


この涙は一くんが拭いてほしいと思っている人に拭いてもらわないとずっと止まらないんだ。


だから俺はポケットに入ったハンカチを出さず、マサキさんから貰ったハンカチを渡して一くんの涙が収まるまで何も言葉を交わさずに待った。






→ affair


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