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ひと夏の恋  作者: 環流 虹向
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22:00

これが100万ドルの夜景か。


と、思うほど煌びやかな宝石のように輝く東京の夜。


その様子は有数な星のようにも見えるけれど、人が作った光だからなんだか目が疲れる。


俺は仕事の電話をしてるサリさんを待ちながら、ルームサービスで頼んでくれた30年物の梅酒を呑んでいるとサリさんが電話を終えて帰ってきた。


サリ「待たせてごめんなさいね。」


夏「いえ。大丈夫ですか?」


サリ「私は大丈夫よ。優治は大丈夫?」


と、なぜかサリさんは俺に質問を返してきた。


夏「大丈夫ですよ?そんなに顔赤いですかね…?」


俺は夜景が見える鏡を使って顔を確認するけれど、そんなに酔っているようには見えない。


サリ「ううん。こっちの話。」


サリさんは俺の目の前で体をかがめ、俺の前髪を上げる。


サリ「エミさん…?ナミさん…、の誕生日じゃないの?」


俺はその名前に驚き、思わずサリさんが見ているおでこを触れ、手に残っていないはずの文字を確認するが綺麗に消えている。


夏「なんで…、です…か?」


サリ「優治はお客様と一緒にいる時、ずっと相手のことを見てるとても素晴らしいキャストよ。」


と、サリさんは俺の前髪を撫でて直してくれる。


サリ「でも、自分が大切と思っているものはなんとしてでもやるべきだし守るものよ。それはあなた以外が大切にしてくれているとは限らないから。」


夏「…でも、誕生日って他の子はお祝いされているものと思ってて。」


サリ「あなたはお祝いされたことないの?」


夏「兄弟姉妹合わせてと昔付き合ってた子に2回です。」


俺はサリさんの優しい声の前には嘘をつけなかった。


この人の前では全てが見透かされているような気がずっとしてた。


俺が無理して瑠愛くんの真似事もしている時も、ライトアップされる東京タワーを初めて見て素直に喜んでしまったのも、ずっと永海にプレゼントを渡しに行きたいと思い、上の空だったことも。


だから俺はキャストとしてではなく、彼方 夏(かなた なつ)としてサリさんと話すことにした。


夏「永海は俺が1人になっている時にいつも駆けつけてくれるんです。俺が昔出来なかった分、今も大切に思う人には俺が駆けつけてあげたいなって思うんです。」


サリ「素敵な心掛けね。その子のこと、どう思ってるのかしら?」


サリさんはクローゼットを開けて俺のスーツを取り出し、渡してきた。


夏「…大切な人です。」


サリ「想い合ってるなら付き合えばいいのに。」


夏「恋人…、とかじゃなくて…。俺、別に好きな子がいてその子のために今仕事減らしてるんです。」


サリ「うん。作品を作ってることは瑠愛から聞いてる。だから今日呼んだの。」


と、サリさんはスーツを抱いてる俺の腕に封筒を差し込んだ。


サリ「今日はありがとう。とても楽しかった。」


夏「…え?でも、朝までじゃないんですか?」


サリ「優治の時間は買えるけど、私の目の前にいるあなたの時間は高すぎて手が届かないわ。」


そう言ってサリさんは携帯を取り、車を出すように電話し始める。


夏「でも、俺は優治です…。」


俺がそう呟くとサリさんは電話を閉じ、俺の目をまっすぐ見て、


「永海さんのことは優治としての想いなの?」


と、サリさんに言われた瞬間、北風を舞い上がらせる春風が俺の脳内に吹いたような感じがした。


夏「俺の想いです。」


サリ「そうよね。だったら早く行ってあげなさい。もう2時間もないわ。」


サリさんは俺の見送りをするためにバスローブからあまり見慣れない白シャツとジーパンに着替え、俺を車に乗せて見送ってくれた。


「優治さんの家に寄ってここに行くとすると0時近くになってしまうかもしれません。」


と、ドライバーさんはナビを確認しながらどんどん街並みを飛ばしていく。


夏「俺、走って取りに行くので!出来るだけ近道を探してもらってもいいですか?」


「もちろんです!ハイヤーはやぶさ頑張ります!」


そう言って、サリさん専属のドライバーさんは高速道路と路地を駆使して俺の家に行き、永海の家の最寄り駅近くまで車を飛ばしてくれた。


夏「結構狭い路地が続くのでここからは俺だけで行きます。」


俺はここで待ってると言うドライバーさんにお礼を言って、永海の家に走る。


あの日、渡し忘れてしまったのはきっとお星さまの気まぐれだ。


こうやって大切な人の元へ走ったのは3度目。


1度目は熊谷さんに急に会いたいと思って、深夜に家を抜け出して病院に行った時。


2度目は莉李と出会ってまもない頃、バイト帰りに深夜徘徊している莉李を男の子から連れ去った時。


3度目は俺の寂しさを埋め続けてくれた永海の元へ。


あの日の夜、脚しか自慢することがない俺だったけれど今日はそれが生きている。


俺はあと少しで着くはずの永海の家に向かって走りながら電話をかける。


『もしもーし…?』


夏「ごめん。寝てた?」


すぐに電話に出てくれた永海。

少し息切れした俺に不思議そうにしている様子。


永海『起きてたよ。夏はランニング中なの?』


夏「そんなとこ。永海にもっと褒めてもらおうと思って。」


あと少し。


会話には全く頭が回らないけれど、青い紅葉がある家が見えてきた。


夏「今日は月が綺麗なんだ。玄関から外に出て見てみてよ。」


永海『そうだっけ…?今日って…』


と、永海は話しながら部屋を出て廊下を歩く音をさせる。


俺はあと十数歩で永海の家に着きそうになっていると、あの玄関のすりガラスから明かりが漏れ、扉が開くのが見える。


永海「『…今日って、新月だった気がするけど?』」


今日いないはずの満月を頭のてっぺんに乗せた永海は玄関を開け、煌めく夜空を見上げ続けて側に向かう俺に全く気づかないでいた。


夏「永海。」


俺は足を門扉の前で止めて夜空に夢中な永海に声をかけるが、まだ電話に語りかける永海。


永海「『やっぱり今日は新月…』」


と、永海は目線を下げて俺を見つけると、言葉を失ってしまうくらい驚く。


夏「永海、誕生日おめでとう。…ギリギリセーフ?」


永海「…え?あ…、え!?」


永海が驚いていると玄関にあるデジタル時計から、この間星空を見たあと家に着いた時に聞いた0:00ちょうどを教えてくれるアラームが小さく聞こえた。


よかった。

やっぱりお星さまの気まぐれはいつも間に合ってくれる。


永海「な、なんで…?え…、スーツ?」


夏「あ、うん。仕事で使ったから。」


俺は玄関前の扉で固まる永海に近づくために、門扉を勝手に開けて中に入り、(わき)に抱えていたプレゼントを永海に前に出す。


夏「遅れちゃったけどプレゼント。」


俺は軽く揺らして中の物を平らにする。


永海「…私、誕生日教えた覚えない。」


夏「悠から聞いちゃった。いつものお礼も込めて。」


永海「そっか…。悠からか…。」


と、なぜか残念そうにする永海。


俺の勝手な気持ちの行動に戸惑っているのか、俺が見たことない永海の顔をして俺はどうすればいいか分からなくなる。


夏「…こんな深夜にごめんね。」


そんな顔をさせたこともごめん。


でも、大切な人の誕生日は俺にとって、とても大切な日だからどうしても会いたいし渡したかった。


永海「…ううん!私のために走ってきてくれてありがとう。」


と、笑顔で泣きそうになる永海。


それはどっちの笑顔なんだ?

それはどっちの涙なんだ?


ごめん。

まだ、永海の事を分かりきれてない。


永海「よかったら入って。リビングのエアコンまだついてるから涼しいよ。」


夏「いいの?家族は?」


永海「もう寝てるよ。満腹になってすぐ寝ちゃった。」


永海は静かに微笑みながら俺を家に入れ、冷えたリビングに通すと氷入りのお茶を出してくれる。


夏「ありがとう。よかったら見てみて?」


俺はお茶を飲みながらプレゼントを指す。


永海「なんか緊張しちゃうな…!」


永海はいつも通りの笑顔で俺に笑いかけながらアソートクッキー缶くらいのプレゼント箱の蓋を取り、目の前に広がる詰められた花びらに驚く。


永海「…桜かな?」


夏「うん。これ入浴剤になるんだって。」


永海「すごい、ね…。」


瞬きを忘れてしまった永海が、その花びらを直接手で掬い上げようとするのを俺は止める。


夏「ふぅーって吹いて。俺がちゃんとキャッチするから。」


俺は腕と手の柔軟をして気合を入れる。


永海「この量…?」


夏「うん。絶対落とさないよ。」


分かった、と永海は言って肺いっぱい空気を吸い、その花びらを舞い上げる。


俺は数枚ずつヒモに繋げていた桜の花びらを自分の腕に抱き寄せて1つも落とさせない。


夏「ね?落とさなかった。」


永海「…うん。落とさなかった。」


永海は涙を堪え、俺が抱いている桜の花びらを見ながら枝垂れ桜のような垂れた笑顔をする。


その永海の笑顔がどうしても愛おしく感じてしまうのはなぜなんだろう。


夏「本番はこっちね。」


俺は花びらの下に入れていた淡い桜色のレジャーシートを指す。


永海「花、咲いてるね。」


永海は透明の保護フィルムを外して優しくその花を撫でる。


夏「桜の染料で染められた布生地なんだけど、すごい綺麗だよね。」


永海「…うんっ。きれいだね。」


永海はそう言って堪えていた涙を流して花の上に落としていく。


夏「また永海と朝活したいなって思ってるんだ。…いいかな?」


俺は汗を拭き損なったハンカチで永海の涙を拭く。


永海「うん。いきたい。いっぱい、いこ…?」


夏「うん!行こうね。」


俺はまた永海と朝活をすることを約束をして涙で溢れる永海の頬を撫でる。


こんなに喜んでもらえるとは思ってなかった。


家族も友達もいっぱいな永海は俺の誕生日プレゼントなんかより良いものを貰ってるはずなのに、なんでこんなに喜んでくれるんだろう。


俺はその理由が分からないでいた。

その気持ちに確信が持てないでいた。


それを知ったとして俺はどうすればいいか、分からないから。


ずっと永海には側にいてほしいから。


俺はこのままを望んでしまうんだ。





→ Sakura


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