12:00
俺は1ヶ月ぶりに行ったスーツ屋さんで頼んだオーダーメイドスーツを貰い、これからサリさんとデートをする。
サリさんが俺の1日を買い、来週から始まる仕事の予習をさせてくれると瑠愛くんがメッセージで教えてくれた。
少し風が強い中、俺はサリさんとの待ち合わせしているマリリン坂下のスクランブル交差点で待っていると、目の前に艶めいていた黒い外車が停まった。
すると後ろの席の窓が開き、サリさんが微笑みながら俺に手を振って、入ってと言うので俺はそのまま車に乗る。
サリ「予定通りね。じゃあお願い。」
と言って、車を出発させサリさんは俺のスーツの襟元を撫でて繊細に直していく。
サリ「うん。素敵よ。ちゃんと着てる。」
夏「ありがとうございます。」
俺はこんなに自分の体に合うスーツを着たのが初めてでずっと笑顔が溢れてしまう。
サリ「…今日は本当に大丈夫なの?」
と、少し目線の合わないサリさんは強風で上がってしまった俺の前髪を直してくれる。
夏「はい。元からデートの約束してたので空けときました。」
昨日の夜にスーツが出来たと連絡をくれたサリさん。
本当は今日、永海に誕生日プレゼントを渡したかったけれど、サリさんとの約束が先だったからしょうがない。
俺はスーツを貰った後、家に帰って手に書いた『永海 誕生日』という文字をクレンジングオイルで丁寧に消しておいた。
これを見られたらサリさんの気持ちが下がってしまうのは確実。
永海には誕生日プレゼントをあげるという約束はしていないから、また今度空いてる時に渡してあげよう。
俺は1人でどこにも届かない謝罪をしながら、サリさんが予約したというレストランに行く。
そこは高層ビルの最上階にあるレストランだったけれど、昼時なのに俺たちしかお客さんがいなかった。
俺はそれが不思議でサリさんの向こうに見える空いた席の数々を見ながら案内された席に行くと、俺の住んでる東京が全てを見渡せてしまうとてもいい席だった。
夏「すごいですね。こんな所、初めて来ました。」
サリ「好きな子を連れて来られるように頑張りなさいね。」
夏「…はい!」
俺の頭に過ぎった好きな子はこの景色を見られない。
楽しむとしても、今から出される食事と俺の魅せる会話くらい。
今こうやってサリさんと対面で話をしているけれど、もし莉李とここに来たら俺は隣に座ってもいいんだろうか。
俺はこんなにいいレストランに来たことがなかったので、本で学んだ最低限のマナーしか頭にない。
そんなことを知ってか知らずか、サリさんはレディファーストで運ばれる食事を進んで口にしていくからどのカトラリーを使えばいいのか教えてくれる。
その優しさは俺のためなのか、昔の瑠愛くんを写しているのか、分からない。
けれど、昔の瑠愛くんに似た俺が出来ることは今のサリさんを楽しませること。
誰かの代わりになるしかない俺は今日もまたそうして時間を消費してお金を稼ぎ、つかの間の幸せを作り上げることだけに専念する。
→ Good Thing