12:00
初めて来た京都はいつも見てる街並みとあんまり変わらない気がしたけれど、1歩路地に入ると別世界が広がっていてたくさんの発見と驚きがあった。
俺は旅行に来て、久しぶりに自分の行きたい所に行ける楽しさを感じた。
いつも遠出をするときはお客さんと一緒で、俺はただついていくだけだった。
けれど今日は違う。
俺が行きたい所も、悠が行きたい所も、全部行けるからとても楽しく感じる。
悠「お腹空いた。何食べる?」
夏「どれも美味しそうなんだよな。」
悠「うなぎ食べちゃう?」
夏「高くない?」
2人で小道に入り、目についた飲食店の看板を見ながら何にするか選んでいると、向こうから身長差が激しいカップルがお揃いのサングラスをして腕を組んだまま、こっちに向かって歩いてくる。
俺はぶつからないように1列になろうと悠の後ろについて歩くと、自分より背の高い2m近い男性にぶつかってしまう。
夏「すみません。」
俺はすれ違いざまの男性の顔を見て謝ろうと振り返ると、男性はサングラスをずらし、俺を見た。
「彼方 夏…、か?」
男性が俺と目を合わせて俺の名前を聞いてきた。
すると、隣で腕を組んでいた女性が立ち止まり振り返る。
「…夏?」
俺はその声を聞いて記憶の花火が1度に全て打ち上がり、あの日々が鮮明に色鮮やかに蘇る。
夏「…莉李?」
俺はサングラス越しの莉李の目を見ようとするが、色が濃くて全く見えない。
俺は声を聞いて莉李を思い出したけれど、姿を見て全く気づけなかった。
あの日までの莉李は胸下まであるパーマロングヘアを頭のてっぺんにまとめたポニーテールだったのに、今はストレートのショートボブになっていて、好きだと言っていたプリーツが入ったミニスカートから出る脚は病弱そうに痩せてしまっていた。
そして、ずっとお気に入りで使っていたMaquislの8番の赤リップを使っていない。
夏「莉李…、なの?」
「…うん、莉李だよ。久しぶり。」
莉李はサングラスをつけたまま、1粒の涙を流した。
「俺のことは覚えてるか?」
夏「はい。来虎兄さん。」
当時、今の俺と同じくらいの身長だった来虎兄さんに挨拶をして、俺はズボンに入れていたハンカチを取り出そうとポケットに手を入れる。
悠「あれ?夏くん…?」
少し遠くにいた悠が俺の背後から名前を呼ぶ。
けれど俺は声を無視して莉李にハンカチを使おうとすると1歩踏み出すと、莉李は自分で涙を拭ってしまい俺が今まで待ち望んでいた時は過ぎ去ってしまった。
来虎「…友達、か?」
夏「はい。」
俺はそれ以上は言えず、ハンカチをしまい1歩戻って黙っていると隣に悠が駆け寄ってきた。
悠「…お知り合い、なの?」
来虎「夏と同じ高校に通ってた莉李とその兄の来虎です。」
悠「あ…、夏くんと同じ専門学校に行ってる悠です。」
悠は2人にお辞儀をして笑顔を作る。
すると、莉李は来虎兄さんの腕を軽く引っ張った。
莉李「来虎兄さん、みんなでお昼食べるのいいかな?」
来虎「…でも、莉李はいいのか?」
莉李「もう少し…、夏といたい。」
痩せ細ってしまった手で来虎兄さんの腕を握る莉李。
その手は俺と握っていた時よりも弱々しくて心苦しくなる。
悠「私は別のとこで…」
莉李「ううん。悠さんも一緒に食べよう?食べられないものある?」
悠「…にんじん以外なら。」
莉李「私もにんじん苦手。一緒だね。」
来虎「…じゃあ、あそこの天ぷら屋でもいいか?」
莉李「うん。4人ならカウンターにならなそうだね。」
行こうと莉李は来虎兄さんに連れられるまま、俺たちを呼ぶ。
悠「…私、いてもいいの?」
夏「莉李が一緒って言ってるから。…行こう。」
俺たちは2人についていき、お座敷の席に通されるが莉李は座っても来虎兄さんと腕を組むことをやめず、サングラスも取ってくれない。
来虎「莉李はいつも通り、さつま天?」
莉李「うん。…お米は半分がいいかな。」
来虎「分かった。2人は?」
と、悠の目の前に座る来虎兄さんは俺たちにメニューを広げて見せてくれる。
俺たちは悩んだ結果、来虎兄さんがオススメしてくれた8種盛りの天丼にすることにした。
品物を待っている間、俺の目の前にいる莉李はあの時のように話を俺たちに振り、会話を盛り上げて自分も楽しそうに笑う。
その様子を見て、見た目の雰囲気が違っても中身は変わらないことに俺は嬉しく思った。
しばらくすると全員分の天丼が届き、声を合わせていただきますをする。
その時間が、時々莉李が家に呼んでくれて夜ご飯を食べた時を思い出して泣きそうになる。
悠「美味しすぎて泣きそう。」
夏「…うん。」
来虎「最高の褒め言葉だな。莉李も美味しいか?」
莉李「うん。久しぶりに美味しく食べれた。」
来虎兄さんは小さい匙で莉李の口に1口ずつ運んでいく。
あの時は見られなかった2人の行動に違和感を感じたけれど、俺は質問出来なかった。
莉李「そういえば専門学校って言ってたけど、どんな勉強してるの?」
悠「絵です。絵の具を使って描くのも、PCやタブレットで描くのも、他の画材で描くのも自由な学校です。」
莉李「すごい楽しそう!私だったら余っちゃったメイク用品で描きたいな。」
悠「あ!それなら、私の学校でメイク用品を使って絵を描いてる人いますよ。」
と、悠は携帯を取り出し学校の専用アプリを開いて、これですと莉李の目の前に携帯を差し出す。
莉李「…ごめんね。見えないの。」
悠「画面暗かったですよね。すみません。」
悠が携帯の画面を明るくしようとすると莉李が首を振る。
莉李「私、目が見えないの。せっかく素敵な絵を紹介してくれようとしたのにごめんね。」
その言葉に悠は静かに携帯を膝において黙り込み、首を振った。
来虎「俺に見せて。」
来虎兄さんは手を差し出して、悠から渡された携帯に映し出される俺の絵を見る。
来虎「テーマは…、梅雨。題名は『恵』。」
来虎兄さんは画面に映し出されている文字を丁寧に読み上げて、絵の説明を始める。
来虎「お天気雨のように金色の雨粒が降ってる中、すごく小さい…、莉李の親指くらい小さい女の子が麦わら帽子被ってる。顔は見えないけど、体いっぱいで喜んでるように手を広げてる絵。…この赤色のワンピース、莉李のよく使ってた口紅と似た色してるな。」
莉李「梅雨なのに水色はないの?」
来虎「ないな。空は曇天の合間から天からの差し込むお日様の光と金色の雨粒が降り注いでる。」
莉李「女の子の周りには何もない?」
来虎「黄色と橙色、少し赤色も混じった小さい花がいっぱいある。」
莉李「なんて花だろう…?」
夏「ゼラニウムだよ。」
莉李「ああ!お母さんが育ててたお花か!」
莉李の口元は嬉しそうに笑い、俺の声がする方を向く。
夏「そうだね。赤色のゼラニウムがお気に入りって言ってたよね。」
莉李「うん!今も育ててるよ。外に出る時はいつもゼラニウムの花の匂いがするの。」
ね!と、来虎兄さんに莉李は顔向けて微笑む。
その横顔から見えた莉李の目は閉じられていて、全く俺たちが見えてないのにずっと見えているように話しかけてくれる。
そういう莉李が今でも好きだ。
小学校でも中学校でも俺は誰にも見られていなかったのに、高校に入った時に莉李が俺の存在を見つけてくれた。
だからあの時からずっと好きなんだ。
俺は莉李に気づかれないように顔を下に向け、声を出さずに思い出と今に涙が溢れる。
来虎「悠さん、ありがとう。」
来虎兄さんは俺の様子を見ても言葉に発さずに、悠に携帯を返して会計を頼む。
莉李「久しぶりに会えて嬉しかったよ。」
莉李の声が優しく俺の事を持ち上げようとしてくれるように聞こえる。
夏「…俺も。莉李の笑顔見れて嬉しい。」
俺は莉李の言葉が本当に最後の別れの言葉に聞こえて、自分が今思っていたことをしっかりと目の前にいてくれる莉李に伝えた。
すると莉李はサングラス越しでも分かる、俺の1番好きな莉李のとびっきりの笑顔をしてありがとうと言ってくれた。
その隣にいた来虎兄さんは出会いの記念と言って、天ぷらをご馳走してくれた。
店を出て俺と悠は2人を見送ろうとすると、来虎兄さんは俺に手を伸ばしてきて1枚の紙を俺にくれた。
来虎「またな。」
莉李「バイバイ。」
2人は俺たちに手を振り、大通りに向かって歩いて行った。
俺は2人を見送ってから来虎兄さんがくれた紙を開くと、どこかの電話番号だった。
悠「…来虎さんのかな?」
夏「多分。」
俺はなくさないように携帯のカバーの間に入れて閉じ込めた。
悠「美味しかったね。」
悠は俺の手を取り、2人が向かった反対方向にある次の目的地のお寺に向かう。
夏「すごく、美味しかった。」
俺は悠の手と携帯を握り締めて次の目的地に向かった。
→ 瞳をとじて