1 赤子が生まれた日
八月のある日、真夏のお昼に、小さな島で、小さな病院で、小さな赤子が産まれた。
「佐藤さん産まれましたよ!元気な男の子です!」
母親は初めての出産で、激痛に動揺を隠せなっかたが、助産師の腕に包まれたわが子を見て、人生最大の幸福を感じた。そうか、私お母さんになったんだ・・・と。
助産師は母親の顔の横に赤子を優しく柔らかく置いた。
「この子が私の赤ちゃん。…小さな男の子」
全身が真っ赤で、顔をくしゃくしゃにして目が開いてなくて、いかにも非力そうな小さな体だが、外見とは裏腹に、母親の小指を握った時の力はとても強かった。女はうわさで聞いていた、生まれたばかりの赤ちゃんにはとてつもない生命力があることを。
母親は我が子に顔を近づけ、頬と頬をくっつけた。
こんにちは、私のかわいいかわいい赤ちゃん。私はあなたのお母さんです。ああ、なんて小さくて、儚くて、愛おしいの。私のもとに生まれてきてくれてありがとう、そして、ごめんね。私のもとに産まれさせて。いっぱい愛を注ぐからね。
その日の天気はとてもよかった。青い絵の具で塗られたような空、宝石がちりばめられたようなキラキラとした海。まるで、地球が赤子の誕生を祝福しているかのようだ。いや、この赤子に限らず、今までもこれからも誕生する赤子も皆、祝福されている。しかし、生きていくうちに少しずつ知ることになっていく。平等に与えられた祝福の先にある、不平等に与えられる幸と不幸。
母親は赤子に幸多と名付けた。幸せの多い人生を送ってほしいという願いを込めて。しかし、母親の願いは叶わ、赤子は悲しみの涙を事のほうが多い人生を歩むことになる。
人生いいことばかりではない。たとえ気味が悪いことをしていなくても。
青い海と青い空に小さな島で生まれた佐藤幸多【さとうこうた)、子育てと仕事に奮闘する佐藤つぐみ
貧しいこの家には、幸多は一人でいる時間が多く、母のつぐみがいないときは寂しさと悲しさと涙のにおいが家中に漂う。近所のリサイクル屋で買ったという中古の古い冷蔵庫の中に幸多の大好物の肉じゃがとスーパーのコロッケが入っていた。どちらも冷えきっていて、なんとなく孤独と寂しさを感じた。そして今日も古くて変色した畳の上で、背中を丸めて冷えっきた好物を食べるのであった。