第一の謎・解&第二の謎
『問B:したの文字列から「え」を全て取り除いて
残る言葉をうえから読むと?
えついーゑえ
かげるにかえ
さいえいえい
いえがーらぶ
ごいぴすぴお
のーといくち
ばひえーちぼ
んめまえやひ
さぐゑわーろ
んみゑんりい
ヒント:300m先、右折専用レーンです
答えはクローゼットに引っ付けたタブレットに入力してね☆』
「……なんで一問目なのに問Bなんですか? ヒントが完全にカーナビのセリフなんですけどやる気あるんですか? あと、語尾に☆つけるのやめてください。それと紙が冷たいです」
『いきなり辛辣だね!?』
自分の作った謎を見て皐月がどんな反応をするか楽しみにしていた菜々は、いきなり文句を並べられて涙目である。
『とりあえず、紙が冷たいのは冷蔵庫に入ってたからだよ!』
「……先輩、そんなだから馬鹿って言われるんですよ?」
『さっちんのいじわる! 部屋の冷房を18度で動かしてやる!』
「ちょっ、膀胱に響くからやめてください!」
つい癖で菜々を馬鹿にしてしまうのを抑えないと私の膀胱が危ないわね、と皐月は肝に銘じ、改めて謎の書かれた紙と向き合う。さっさと脱出してしまわないと自身の膀胱が危ないからだ。膀胱って連呼し過ぎだなおい。
「「え」を取り除くってことは……とりあえず、この文字列の「え」は素直に潰してしまっても良さそうよね。「ゑ」の方もまあ、潰してみても良さそう」
勉強机からシャーペンを取り出し、文字列の「え」と「ゑ」を塗り潰してみる。が、それだけでは文字列のほとんどが残ったままになってしまう。当然これだけでは足りない。
「こういう時のセオリーを考えるなら、「え」を変換してさらに潰していく感じよね。何に変換できるかしら……アルファベットならEだから、「いー」とか? あ、文字列の中にもいくつかありそうね。じゃあ、これも消してみましょう」
持ち前の頭の回転の良さを存分に発揮し、皐月は順調に謎解きを進めていく。菜々もこの辺りは想定内なのか、次々に文字を潰していく皐月を楽しそうに眺めている。ほどなくして皐月は「いー」も塗りつぶし終え、現在の残りの文字列はこんな感じである。
『
●つ●●●●
かげるにか●
さい●●●い
い●が●らぶ
ご●ぴすぴお
の●と●くち
ばひ●●ちぼ
んめま●やひ
さぐ●わーろ
んみ●んりい』
「こんな感じかしらね……一ヵ所、下から読むと「いー」になるところがあるけど、これも塗り潰していいのかしら」
『あっ、下から読むのはカウントしないで! 謎解きが成り立たなくなっちゃう!』
皐月の呟きに、スピーカーの向こうの菜々が素早く反応する。どうやらガバのようである。
「作問ミスですか先輩。そういうのよくないですよ」
『初めて作ったんだから仕方ないでしょ! ビギナーズハードラックだよ!』
「そんな日本語無いと思うんですけど!?」
あと、別に不運ではなく単なる注意不足だろうと皐月は思ったが、それを言うと絶対に面倒くさいので黙っておいた。
「……でもまあ、そういうことならここの「いー」は別の言葉に含まれるってことよね。最後に残る文字の可能性もあるけど…………あれ。一番右の列、落穂拾いって書いてある? ……あ、「絵」ってことかしら」
右下の「いー」の周辺を確認していた皐月が、文字列の右側に名画のタイトルが隠れていることに気付く。偶然とは思えないし、「え」を取り除くという言葉にも当てはまりそうなので、これも塗り潰してよさそうだ。
「他にも名画のタイトルが隠れてそうよね。ここに最後の晩餐が思いっきりあって、こっちにはゲルニカ。後は……ひまわりも消していいわよね」
隠れていた四つの名画を塗りつぶすと、残った文字は一気に少なくなる。そうなると隠れている単語を見つけるのも簡単になる。
「ここに絵画があって、こっちにはイラスト、その下がピクチャー。全部絵に関する言葉だから消していいってことよね。めぐみは……ああ、恵って漢字のことね。音読みすると「エ」だからこれも消して……残ったのは四文字ね。これを上から読むと……」
『
●つ●●●●
●●●●●●
●●●●●●
●●●●●ぶ
●●ぴ●●●
●●●●●●
●●●●●●
●●●●●●
●●●●●●
●●●ん●●』
「つぶぴん。……は?」
自分で答えを発しておきながら、自分で怪訝な声をあげてしまった。何度反芻してもそれは意味のある四文字ではなかった。一方皐月の答えをを聞いて、製作者の菜々は大喜びである。
『あはははっ、引っ掛かったなさっちん! 答えは当然つぶぴんじゃないよ!』
自分の狙い通りに皐月が引っ掛かってくれたことがよほど嬉しいらしい。皐月には伝わらないが、監視カメラの向こうではソーラン節を披露していた程だ。何故ソーラン節なのかは考えても答えは出ない。
「ぐぬぬ……」
普段馬鹿にしている先輩からやり返されたのが悔しかったのか、漫画でしか見ないような呟きを漏らしつつ、皐月はもう一度謎の書かれた紙を見つめる。
「潰した文字が間違ってた? いえ、あれ以外には考えられなかったからこれで問題はないはず。なら、私は何を見落としてるの? ……ヒント?」
そういえばと、ここに至るまでに一切役に立たなかったヒントへと目を向ける。何度見てもカーナビのセリフでしかないが、ヒントとして記述したからには何らかの意味は持っているのだろう。だが、ヒントの文字列をいくら眺めていても謎解きに繋がりそうな気配がない。出すならもっとわかりやすいヒントにしなさいよ、と心の中で毒づきつつ、皐月は別の場所に目を向ける。これ以上ヒントを見ていても進展しそうにないからだ。
「他に気になるのは……問題文の変な位置での改行と、したとうえが平仮名なことかしら。上下くらいあの脳内遊園地の先輩でも漢字で書けるはず。ということはわざとよね」
『おいこら、聞こえてんぞ後輩』
「したとうえをわざわざ平仮名にする理由……変な位置の改行……したの文字列から「え」を取り除け…………そうか、「したの文字列」には問題文も含まれるってことね」
菜々のツッコミをドスルーした皐月が、この謎解きのポイントに気が付く。そこに気が付いてしまえば、あとは簡単だ。
「つまり「うえから読むと?」の部分にも「え」を取り除くのを適用して、「うから読むと?」ってことよね。そうすると「う」ってなんだって話になるけれど、ここであのカーナビのセリフみたいなヒントが一応役に立って、うは右を表していることがわかる。だから残った文字を右から読んで、答えはぶんぴつ……分泌ね」
地頭の良い皐月はあっさりと答えに辿り着いた。問題文の指示に従って、その答えをクローゼットに取り付けられたタブレットに入力する。すると、タブレット上に『正解☆』の文字が踊り、すぐ近くからカチャリという音がした。
『問B正解おめでとう! 想定より二時間くらい早い突破だね!』
「私がどれだけ時間がかかると思ってたんですか……」
『だってほら、私作るのにすごい時間かかったから! だからさっちんも同じくらい苦戦してくれるかなぁ、と思ったんだけど、あっさり突破されて私は悲しいです』
「そう言われましても……」
脳内遊園地の菜々がこのような割としっかりとした謎解きを作るのに要した労力を想像すると少し申し訳ない気持ちにならないでもない皐月だったが、彼女は彼女で謎を解いていかないと部屋から脱出できないのだ。今はまだ問題ないが、今後いつ襲ってくるとも限らない尿意のことを考えると、可能な限り早く脱出しておきたい。なので多少悪くは思いつつも、謎解きを進めていくことにする。
「ええと、それで次はどうしたらいいんですか?」
『あ、うん。今のでクローゼットの鍵が開いたから、中を見てみて。そこに第二の謎があるから』
(どうやって一晩でそこまでの仕掛を……!?)
無論、クローゼットも元々鍵付きだったわけではないので菜々の魔改造による産物だ。その上タブレットとも連動しているとか、どう考えても一晩でできる仕事ではない。自分が寝ている間に何が行われていたのか気になって仕方がない皐月だったが、それは無事脱出してから問い詰めることにして、菜々の言葉に従ってクローゼットを開く。かつてそこに収められていた皐月の衣服はどこかへ消え去り、代わりに小さめの木箱がぽつんと置かれているだけだった。恐ろしくスペースの無駄遣いである。
「これが第二の謎かしら」
そう呟きながら皐月が木箱を拾い上げる。蓋には答えを入力するパネルが付いており、ここに答えを入力すると木箱が開く仕組みになっているようだ。肝心の謎はと言うと、木箱の側面に折りたたまれた紙がセロハンテープで取り付けてあった。これに第二の謎が書かれているのだろうが、なんか雑だった。タブレットと連動するクローゼットの鍵とかを直前に見ているだけに、凄く雑だった。取り外して広げてみると、やはり第二の謎が書かれていた。
『問K:
大横36 →け
東名112→ちゅ
東博35 →こ
東金6 →[1]
東博11 →[2]
日岩80 →[3]
[1][2][3] = ??
ヒント:クローゼットのタブレットでウェブ検索ができるよ☆』