約束
ときどき休憩を入れながら街道から国境を目指して進んでいきます。
やがて山々の向こうが赤く染まり、周囲が朝焼けに染まりはじめました。
「本当に、途中で降ろしてもらっても大丈夫ですから」
「聖女がいると知られれば、騒ぎにもなる。危険だ」
リクは、騎士の務めに忠実なようです。
「聖女の人相書きって見たことありますか? かなり美女に描かれていますから、一般市民は気づかないと思いますよ」
私が言うと、リクは首をかしげました。
「そうだろうか。俺には、差はさほどないように思うが」
「あ、あるんですって!」
慌てて否定すると、「では、そういうことにしておこう」とリクは低くて優しげな笑い声を上げました。
「どうして、よくしてくれるんですか」
質問を投げかけると、思い出すような間を開けて、リクは話しはじめました。
「シルヴィに、怪我を治癒魔法で治してもらったことがある」
「私が? リクの?」
「ああ。訓練で負ったちょっとした打撲だった。放っておけば一週間ほどで治った怪我だったのに、わざわざ君は、バレれば叱られることも厭わず、俺に魔法を使ってくれた」
「あぁ……ありましたね」
私も思い出しました。
聖女は、務めのためにのみ魔力を使うようにときつく言われています。無駄遣いをして務めが果たせないと困るからです。
でも、怪我している人がそこにいれば、治す術のある者がその人を治す。それは当然のことです。
「……そのときに、いつか俺が聖女様の力になろうと」
耳を赤くしながら、リクは言いました。
「十分なってますよ。助かってます」
「……そ、そうか。それはよかった」
橋をひとつ渡り、そして、ふたつめの橋が見えました。
「もう少しで国外なんですね。リクは、早く王城に戻らなくちゃダメですよ?」
リクは何も言いませんでした。
国境線とされている川に差しかかると、リクが先に馬を降り、私は彼の手を借りて馬を降りました。
「ここまでありがとうございました。あとは、ここを渡れば、私はもう国に戻ることはないでしょう」
「シルヴィ……。このまま二人で――」
私は首を振ってリクの言葉を遮ります。
「いけません。王城務めの騎士というのは、誰でもなれるようなものではないことくらい、私も知っています」
王城務めの騎士……近衛騎士は、いわばエリート中のエリートです。
なりたくても、おいそれとなれるようなものではありません。
「私なんかのために、リクのここまでの努力を――」
無駄にしないでください、と続けようとしたら、指で唇を押さえられた。
「私なんか、なんて、言うものではない」
じっと私の目を見つめて、リクは言いました。
私は顔がかぁっと熱くなるのを感じました。
「わわ、わかりました。き、気をつけます」
朝日に照らされたリクの顔はどこか寂しげで、置いて行かれることを知ったペットのようにも見えました。
「シルヴィ。ひとつ約束をしてほしい」
「約束、ですか?」
「ああ。手紙を書いてくれないか。受け取ったら、すぐ返事を書く、必ず」
「わかりました。では、落ち着いた頃に筆を執ります」
小指を出したリクと私は指切りをしました。
「心から君の幸せと平穏と安寧を祈っている」
「リクもお元気で」
こうして私たちは別れ、リクに背をむけて橋を渡りました。




