追放の代償1
◆ヴィンセント王子◆
シルヴィが出国したころ。
グランサクセ王国では異変が起きていた。
「ん? 魔法が発動しない……?」
夕食前に家庭教師とともに魔法の訓練を行おうとしていたヴィンセントは、首をかしげた。
もう一度魔法を発動させようとしてみるが、結果は同じ。
発動するどころか、実戦魔法発動に必要な魔力が、今日に限ってまるで感じられないのだ。
不思議そうに家庭教師は首をひねっている。
「どういうことなのでしょう……。殿下、お疲れなのでは?」
「そんなはずは」
昨日の晩餐会を明け方まで楽しみ、たくさん寝てようやく起きたのは昼過ぎ。
寝不足ではないし疲れるようなこともしなかった。
訓練を取りやめ、その報告をするためヴィンセントは魔法省長官の執務室へと急いだ。
「長官、いるか」
ゴンゴン、と手荒くノックし、返事も聞かずヴィンセントは中へと入った。
「どうしました、殿下。血相を変えて。今日は孤児の地味女を追放した非常に良き日だというのに」
「ああ、もちろんそのはずだ」
「前聖女のババも困ったものでしてな。殿下は知らないでしょうが。あろうことか孤児から聖女を見出し育てるなど……あり得ぬこと」
大貴族出身である長官は貴族至上主義者であり、孤児のシルヴィを追放することには非常に前向きだった。
「だから、殿下が好んだ伯爵家のご令嬢を聖女としたのです。順風満帆。すべては我らの思うがままです」
「いちいち言うな。それはそうと実戦魔法が使えない。何か心当たりはあるか?」
「使えない? そのようなことなどあるはずがないでしょう。新しい聖女様はいかがですか? すでに夜を共に過ごされたとか」
長官は、下卑た笑みを浮かべる。
前聖女と婚約関係にあったころから、マリアンと体の関係があったことは周知の事実だった。
「昨夜の話は今関係ないだろう。――試してみるがいい。実戦魔法が発動しないどころか、必要な魔力を感じられない」
「そんな、バカな。グランサクセ王国は、世界にその技術を誇る魔法先進国。その国で実戦魔法が使えないなど……」
長官が手の平を宙にかざす。
「……」
「……」
うんともすんとも言わない。
ヴィンセントも長官から魔力や魔法が発動する気配は微塵も感じられなかった。
「そらみたことか」
「な、なぜ……!?」
「それを貴公に先ほどから尋ねているのだ! 魔法省の長であるなら心当たりがあるであろう!」
「そ、そうは申されましても、魔法が発動しないならまだしも、魔力のマの字も感じられないのは、私もはじめてのことで……」
はっ、と長官が何かに気づいた。
「聖女様の祈りが不十分なのでは?」
「マリアンはよくやっている。はずだ……」
心情的に庇いたいものの、愛する彼女はまだまだ新人聖女。
一理あるとしたヴィンセントは、聖女が祈りを奉げる離宮に長官を伴い向かった。
「マリアン、マリアン! マリアンはいるか!」
気持ちが焦るあまり、先ほどのようにノックすると同時にヴィンセントは部屋に踏み込んだ。
「きゃっ、いきなりどうされたのですか」
そこには特徴がまるでないつるんとした顔の女がいた。
「……誰だ、そなたは。マリアンはどこだ」
「わたくしです。殿下」
「戯言を! 顔がまるで違うではないか!」
王子の背後でブフッ、と長官が笑った。
「眉もなければ、目元も貧相。麗しい唇もなくカサカサではないか!」
王子がパンパン、と手を鳴らすと、騎士が二人走ってやってきた。
「見慣れぬ不審者がマリアンの名を騙り私室を占拠している。つまみ出せ!」
「はッ」
ずかずか、と騎士二人が部屋に入り、不審者と思しき女の両脇を固めた。
「で、殿下~~~~!」
ずるずると引きずられ、不審者は騎士によって連れていかれた。
「まったく。警備は何をしているのだ。――聖女マリアンはどこだ!」
ブフフ、とまた長官が思わず吹き出した。
いもしない聖女を求め、離宮を探し回るヴィンセント。
その後ろから長官が声を潜めた。
「殿下……やはり、魔法や魔力の素養がない者を聖女としたのはマズかったのでは……?」
「何を言うか。聖女は祈っていさえすればよいのだ。魔力の有無や魔法の素養など必要ない。祈るなど、誰にでも務まる仕事であろう」
「――殿下!」
廊下の向こうからヴィンセントを視認した父王直属の執事が駆け寄ってきた。
「何事だ」
「陛下がお呼びです」




