009 俺たちは抜けさせてもらう
3日目は朝からくそったれだった。
「今から名前を言う奴は外回りだ。外部との連絡手段を探してこい」
朝食が終わるなり、大我が命令し始めたのだ。
絞首台の上で胡座をかきながら。
「その前に一ついいかな」
俺は待ったを掛けた。
大我が「なんだよ」と睨んでくる。
他の連中は一斉に俺を見てきた。
「俺たちは抜けさせてもらう」
「俺たちだぁ?」
「俺と瀬奈、それに里依だ。ここから出て行く」
「ほう」
大我が立ち上がる。
「抜けるのはかまわないが、行くなら北か東に行けよ。西は使わせねぇ」
案の定、大我は養鶏場に近寄らせないつもりだ。
北と東の二択なら、東を選ぶほうが賢い。
北には森があり、その奥に山が見えているから。
それらにはイノシシなどの獣が棲息していて、危険度が高い。
「東に行かせてもらうよ」
俺は「じゃ」と大我に背を向け、瀬奈と里依を連れて歩き出す。
しかし、ここで想定外の事態が起きた。
「待てよ」
大我が止めてくる。
振り返ると、彼はとんでもないことを言い出した。
「行っていいのはお前だけだ」
「なに?」
「女どもの脱退は許可しねぇ」
「それは認められない話だな」
一気にムードが変わった。
まさに一触即発。
「女にはローテーションを組んで癒やし隊になってもらうからな」
「癒やし隊……?」
大我は「そうさ」と下卑た笑みを浮かべる。
「男は汗水を垂らして肉体労働に励む。そんな男に女は奉仕する。それが男の労働に対する報酬――言うなれば給料の代わりだ」
場にどよめきが走る。
そして、女子の一人が呟いた。
「私、よくお父さんにマッサージしているから、マッサージは得意だよ!」
馬鹿である。
大我の言う「奉仕」の意味を誤解している。
他の生徒がその誤解を正すと、女子生徒は顔を青くした。
「嫌だよ私、そんなの!」
女子を中心にブーイングが起こる。
男子の多くは俯いてニヤけていた。
特に嬉しそうなのは、大我の取り巻きや冴えない連中だ。
「うるせぇ!」
大我が怒鳴り、場が静まり返る。
「嫌なやつは男と同じように働けばいいんだよ。命懸けで森に行って来い。影村みたいになる可能性が高いけどな」
「そんな……」
「ちょっとご奉仕するだけで死のリスクを回避できんだ。それによ、その気になったらお前らだって快楽に浸れるんだ。悪くねぇ話だろうがよ。もしも性別が逆だったら、男どもは大喜びで癒やし隊に志願すると思うぜ」
大我が「そうだよな?」と糸原を見る。
糸原は「もちろん!」とニッコリ。
女子たちは黙ってしまった。
「話が逸れてしまったが、そんなわけだから女が抜けるのは認められん」
大我が俺を睨む。
「悪いが俺も譲る気はないぜ。だったらどうする?」
「力で決めるしかないな」
大我がスッと右手を挙げる。
彼の取り巻き数人が、俺たちの前に立ち塞がった。
「鷹野をボコボコにしろ。できた奴には、好きな女で癒やされる権利をやる」
「「「うおおおおおおおおお!」」」
取り巻き共の士気が一気に高まった。
「瀬奈と里依は俺たちが可愛がってやるよ! 往生しろやぁ!」
そう言って真っ先に襲ってきたのは糸原だ。
ヘロヘロのパンチを繰り出してくる。
俺はそれを軽く回避した。
同時に、懐に忍ばせていた石包丁を取り出す。
迷うことなく糸原の腕を切りつけた。
「ギャアアアアアアア! う、腕がぁああああ!」
糸原の右腕に、縦に長い切り傷ができる。
傷自体はそれほど深くないが、見た目のインパクトは強烈だった。
軽く捻られたドボドボと血が流れている。
「な、なんだ!? 武器を持っているぞ!?」
他の取り巻きが後ずさる。
大我も唖然としていた。
「今のは警告だ。次は殺す」
「ひぃぃぃ! 大我、大我ぁ!」
糸原は泣きながら大我の後ろへ逃げ込む。
「てめぇ、いつの間にそんな物を拾ってやがったんだ?」
言葉に反して、大我は石包丁にビビっているようだ。
その証拠に、彼は距離を詰めてこない。
「これは拾ったんじゃない。作ったんだよ」
「なんだと!?」
「俺は多少のサバイバル術を心得ているからな。仮に電気やガスが使えなくなったとしても生活には困らない。こんな物を作るのは朝飯前だ」
烏合の衆が口々に「すごい」とざわつく。
「人数差を考えればこちらの不利は確実だ。それは武器があっても変わらない。だが、昨日も言った通り、ただでやられるつもりはない。死にたい奴はかかってこい」
「ぐっ……」
取り巻き共は当然として、大我も動けなかった。
「じゃ、俺たちは行くぜ」
瀬奈と里依を連れて歩き出す。
「このままじゃ済ませねぇ。覚えていろよ、鷹野ォ!」
大我の憐れな遠吠えが響く。
その言葉に、俺たちが振り返ることはなかった。
◇
スタート村から徒歩で約1時間。
距離にすると5キロメートルほど歩いて目的地に到着した。
学校村と同規模――15軒の民家が並ぶ小さな村だ。
3人で使う分には広すぎると言えるだろう。
「ここの村って、名前あったっけ?」
瀬奈に尋ねる。
「ないんじゃない?」
瀬奈の視線が里依に向かう。
「私も分からない!」
里依は首を振った。
「ならまずは村の名前から決めるか」
最初の村はスタート村。
学校の近くにある村は学校村。
すると、ここはどういう名前が適切か。
「……何も閃かないな」
俺は名前を決めるのが苦手だ。
「私、閃いたよ!」
里依が手を挙げる。
「ポテチ村でどうかな!」
「「ポテチ村!?」」
「うん!」
「そ、その心は……?」
恐る恐る尋ねる。
ポテチと言われて閃くのはポテトチップスだけだ。
そんな物を村の名前にするわけがない。
「ポテチが食べたいから!」
俺が「まさか」と思った物が名前の由来だった。
「なんだよそれ!」
俺と瀬奈は声を上げて笑う。
それから瀬奈が言った。
「ま、いいんじゃない? ポテチ村」
「語呂は悪くないよな」
スタート村や学校村よりは言いやすい。
それに独特の名前だから他と混同しなくて済む。
「この村はポテチ村で決定だ!」
「やったー!」
こうして、俺たちの拠点は〈ポテチ村〉に決まった。
「名前を決めたことだし、軽く休憩しようか」
瀬奈と里依が賛成する。
俺たちは適当な家に入り、バックパックを置いた。
「塩分補給もしたいし、ポテチ村らしくポテチでも食うか」
居間に座っている瀬奈と里依に向かって、俺は言った。
「さんせーい!」
「ポテチ、作れるの?」と瀬奈。
「材料が揃っているから楽勝だよ。ジャガイモはすぐ近くの畑にあるし」
「何か手伝おっか?」
「いいや、大丈夫だ」
「分かった」
俺は家を出て、すぐ傍の畑でジャガイモを収穫する。
ジャガイモは非常に優秀な食材だ。
栽培の手間が少ない上に、二期作も容易である。
「油は貴重だから大事に使いたいが、今日は記念ってことで大盤振る舞いだ!」
サクッとポテトチップスを完成させ、三人で楽しく平らげる。
やりたいことは山積みだけど、今は束の間の休息を楽しむとしよう。
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