008 俺が民意なんだよ!
「こんなの嫌ッ!」
「家に帰してよぉ!」
何人かの女子が崩落し、ヒステリーを起こす。
影村の死による衝撃は、今までと違っていた。
平和ボケしている連中に認識させたのだ。
島での生活が決して安全ではないということを。
インフラが生きていて、当面の食糧に困ることはない。
だから実感し辛いが、この島は俺たちにとって危険だ。
決して気を緩められる環境ではない。
今日はイノシシで済んだが、明日はクマに襲われるかもしれない。
俺たちが生きているのは、そういう世界なのだ。
「明日は誰も死ななかったらいいのにね」
瀬奈が俺に向かって呟いた。
◇
「聞いてくれ、皆」
皆で影村の死体を埋葬したあとのことだ。
吉井は再び絞首台に上がって話し始めた。
いよいよ夜間警備の話になる。
――というのは間違いだった。
「夜間警備のローテーションを発表する前に、多数決を行いたい」
「何の多数決をするって言うんだ?」
大我が尋ねる。
吉井は眼鏡をクイッとして、大我を指した。
「君だよ、大我」
「俺だと?」
「そうだ。君は影村を死に追いやった」
「はぁ?」
「君がイノシシの前に影村を投げなかったら、彼は今も元気に生きていたはず。いや、そうに違いない。それは誰の目にも明らかだ。つまり、君が影村を殺したと言っても過言ではない」
吉井はかなりの強気だ。
おそらく先の展開を考えてのことだろう。
「お前、なめてんのか? 俺がイノシシを撃退しなかったら――」
「もっと被害が出ていたというのか? それは間違いだ」
「んだとぉ?」
「野生の獣は大きな音に弱い。全員で雄叫びを上げながらじわじわと近づけば、きっと逃げていたはずだ。仮に逃げずともやりようはいくらでもある。石を投げるとか、水をかけるとか、色々と」
吉井の言い分には筋が通っている。
石やら水やらはともかく、やりようがあったのはたしかだ。
そして、大我のせいで影村が死んだことも正しい。
「よって、僕は君を村から追放するべきだと考える」
「俺を追放するだぁ?」
「死刑はやりすぎだろう。君がイノシシを撃退しようとしたこと自体は事実なのだから。しかし、決して看過できない手段を採ったのも事実だ。それに君は、夜間警備にも参加しないと宣言するなど、協力が必要なこの環境で勝手な振る舞いをしている。追放処分が妥当だ」
吉井の言葉に、多くの生徒が頷いた。
多数決が始まれば賛成票が過半数を占めるはずだ。
吉井も手応えを感じているのか満足気な顔をしている。
「そうか、よく分かったよ」
大我がゆっくりと絞首台に上がる。
嫌な予感がした。
「悪く思わないでくれ、大我。追放といっても、学校村で過ごしてもらうだけだ。様子を見て協調性が認められたら、また一緒に行動してもいい。もっとも、多数決で賛成多数の場合に限るが」
「なるほどねぇ。ところで、多数決の前に1ついいか?」
「なんだ?」
大我はニヤリと笑った。
次の瞬間、彼の拳が吉井の腹にめり込む。
「ガッ……」
口から唾を吐き出し、その場に崩れる吉井。
「何が多数決だ、なめんじゃねぇよ!」
大我は吉井を蹴りつけ、仰向けに倒す。
さらに馬乗りになって、吉井の顔に拳を打ち付ける。
「た、大我! 吉井が死んじまう! そうなったら追放じゃ済まないって!」
糸原が慌てて止めに入る。
他の取り巻きもそれに続いた。
「うるせぇ! 追放もクソもあるかよ!」
大我は立ち上がり、吉井の脇腹を蹴りつける。
吉井は何の反応も示さない。
気を失っているのか、それとも死んでいるのか。
とにかく、顔は腫れ上がり、鼻から血が出ている。
眼鏡は粉々に砕け、フレームはひん曲がっていた。
「ここでは力のある奴が法を決める! 頭のいい奴でも多数決でもねぇ! 分かったか!? 俺が法律、俺が民意なんだよ!」
大我が絞首台の前に集まる生徒たちを睨みながら吠える。
「念のために訊いてやる。俺を追放するべきだって奴はいるか?」
「「「…………」」」
誰も答えない。
「どうした? さっきは追放したそうな顔をしていただろ?」
大我がニヤリと笑う。
多くの生徒は震えていた。
「せっかくだからお前らの好きな多数決にしてやるよ。俺の追放に賛成の奴は手を挙げろ」
「「「…………」」」
案の定、挙手する者はいない。
大我は全体を見渡したあと、俺を睨んだ。
「ふざけた目で見やがって。文句でもあんのかよ?」
「別に。俺は元からこういう目つきだ」
「ならお前も俺の追放には反対ってことでいいんだな?」
大我は俺の意見が気になるようだ。
暴力で従えられない稀有な相手だからだろう。
「賛成でも反対でもない。好きにすればいい」
「随分と投げやりな奴だな。結局は他のザコと同じかよ。拍子抜けだぜ」
俺は何も答えない。
ここで大我と言い争うつもりはなかった。
そんなことをするだけ時間の無駄だから。
「これからは俺が王だ! 逆らう奴は女でも容赦しねぇ! 分かったか!」
取り巻き共の拍手が虚しく響いた。
◇
吉井は生きていた。
ただ、意識は覚醒していない。
怪我の程度は分からない。
だが、見た目に反して軽傷だと思う。
鼻の骨が折れていることを除けば。
だからといって油断できない。
内臓や脳の損傷次第では、数日中に死ぬ可能性もある。
俺たちはというと、家に戻っていた。
居間でテレビを観ている。
「結局、夜間警備の件は有耶無耶になったね」
瀬奈が言った。
「ま、大我が支配者になった以上、意味ないさ」
「それもそっか」
俺は窓の外に目を向ける。
夜の空に無数の星が煌めいていた。
「風斗の言った通りになったね」
「思ったよりも遥かに早かったけどな」
リーダーが吉井から大我になる。
そのことを、俺は事前に予測していた。
だから、現在の状況に動じてはいない。
「これからどうしたらいいのかな?」
里依が不安そうに俺を見る。
「細かいことは決めていないが、1つだけ言えることがある」
そこで言葉を止め、目の前のちゃぶ台に置かれたお茶を飲む。
「ここはもう駄目だ」
「駄目?」
「ぶっちゃけ、誰がリーダーでもかまわないんだ。それこそ大我でも。だが、リーダーにはリーダーの役割を求める」
「役割って?」
「皆を導き、かつての日常を取り戻す為に最善を尽くすことだ。吉井は曲がりなりにも頑張っていたが、大我は違う。先のことを何も考えていない。そんなリーダーに従っていては、俺たちの命まで危ぶまれるだろう」
「つまり、風斗はここから出て行くつもりなの?」と瀬奈。
「そういうことだ。学校村の反対側、つまり海を背にした状態で右側――もっと言うと東に向かう。そっちにも同じような村があるからな」
「でも、東は本当に家しかないよ。養鶏場の近くのほうがよくない?」
養鶏場は学校よりもさらに西へ行くとある。
かなりハイテクな施設で、採卵や洗卵、検卵に包装まで機械が行う。
ニワトリの世話を怠らない限り、鶏卵に困ることはないだろう。
「西側の方が条件はいいけれど、それはすなわち争いの元でもあるんだ。鶏卵を手に入れようものなら、大我は間違いなく利用料やら何やらを要求してくる。だから旨味の少ない東側に移動する。さらに東へ進めば何か発見があるかもしれないしな」
大我がリーダーになることを認めた理由がこれだ。
不毛な争いに時間を潰すくらいなら、黙って抜けるほうが賢い。
くだらないことにかまけている余裕はないのだ。
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