表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/27

008 俺が民意なんだよ!

「こんなの嫌ッ!」


「家に帰してよぉ!」


 何人かの女子が崩落し、ヒステリーを起こす。


 影村の死による衝撃は、今までと違っていた。

 平和ボケしている連中に認識させたのだ。

 島での生活が決して安全ではないということを。


 インフラが生きていて、当面の食糧に困ることはない。

 だから実感し辛いが、この島は俺たちにとって危険だ。

 決して気を緩められる環境ではない。


 今日はイノシシで済んだが、明日はクマに襲われるかもしれない。

 俺たちが生きているのは、そういう世界なのだ。


「明日は誰も死ななかったらいいのにね」


 瀬奈が俺に向かって呟いた。


 ◇


「聞いてくれ、皆」


 皆で影村の死体を埋葬したあとのことだ。

 吉井は再び絞首台に上がって話し始めた。


 いよいよ夜間警備の話になる。

 ――というのは間違いだった。


「夜間警備のローテーションを発表する前に、多数決を行いたい」


「何の多数決をするって言うんだ?」


 大我が尋ねる。


 吉井は眼鏡をクイッとして、大我を指した。


「君だよ、大我」


「俺だと?」


「そうだ。君は影村を死に追いやった」


「はぁ?」


「君がイノシシの前に影村を投げなかったら、彼は今も元気に生きていたはず。いや、そうに違いない。それは誰の目にも明らかだ。つまり、君が影村を殺したと言っても過言ではない」


 吉井はかなりの強気だ。

 おそらく先の展開を考えてのことだろう。


「お前、なめてんのか? 俺がイノシシを撃退しなかったら――」


「もっと被害が出ていたというのか? それは間違いだ」


「んだとぉ?」


「野生の獣は大きな音に弱い。全員で雄叫びを上げながらじわじわと近づけば、きっと逃げていたはずだ。仮に逃げずともやりようはいくらでもある。石を投げるとか、水をかけるとか、色々と」


 吉井の言い分には筋が通っている。

 石やら水やらはともかく、やりようがあったのはたしかだ。

 そして、大我のせいで影村が死んだことも正しい。


「よって、僕は君を村から追放するべきだと考える」


「俺を追放するだぁ?」


「死刑はやりすぎだろう。君がイノシシを撃退しようとしたこと自体は事実なのだから。しかし、決して看過できない手段を採ったのも事実だ。それに君は、夜間警備にも参加しないと宣言するなど、協力が必要なこの環境で勝手な振る舞いをしている。追放処分が妥当だ」


 吉井の言葉に、多くの生徒が頷いた。

 多数決が始まれば賛成票が過半数を占めるはずだ。

 吉井も手応えを感じているのか満足気な顔をしている。


「そうか、よく分かったよ」


 大我がゆっくりと絞首台に上がる。


 嫌な予感がした。


「悪く思わないでくれ、大我。追放といっても、学校村で過ごしてもらうだけだ。様子を見て協調性が認められたら、また一緒に行動してもいい。もっとも、多数決で賛成多数の場合に限るが」


「なるほどねぇ。ところで、多数決の前に1ついいか?」


「なんだ?」


 大我はニヤリと笑った。

 次の瞬間、彼の拳が吉井の腹にめり込む。


「ガッ……」


 口から唾を吐き出し、その場に崩れる吉井。


「何が多数決だ、なめんじゃねぇよ!」


 大我は吉井を蹴りつけ、仰向けに倒す。

 さらに馬乗りになって、吉井の顔に拳を打ち付ける。


「た、大我! 吉井が死んじまう! そうなったら追放じゃ済まないって!」


 糸原が慌てて止めに入る。

 他の取り巻きもそれに続いた。


「うるせぇ! 追放もクソもあるかよ!」


 大我は立ち上がり、吉井の脇腹を蹴りつける。


 吉井は何の反応も示さない。

 気を失っているのか、それとも死んでいるのか。

 とにかく、顔は腫れ上がり、鼻から血が出ている。

 眼鏡は粉々に砕け、フレームはひん曲がっていた。


「ここでは力のある奴が法を決める! 頭のいい奴でも多数決でもねぇ! 分かったか!? 俺が法律、俺が民意なんだよ!」


 大我が絞首台の前に集まる生徒たちを睨みながら吠える。


「念のために訊いてやる。俺を追放するべきだって奴はいるか?」


「「「…………」」」


 誰も答えない。


「どうした? さっきは追放したそうな顔をしていただろ?」


 大我がニヤリと笑う。

 多くの生徒は震えていた。


「せっかくだからお前らの好きな多数決にしてやるよ。俺の追放に賛成の奴は手を挙げろ」


「「「…………」」」


 案の定、挙手する者はいない。

 大我は全体を見渡したあと、俺を睨んだ。


「ふざけた目で見やがって。文句でもあんのかよ?」


「別に。俺は元からこういう目つきだ」


「ならお前も俺の追放には反対ってことでいいんだな?」


 大我は俺の意見が気になるようだ。

 暴力で従えられない稀有な相手だからだろう。


「賛成でも反対でもない。好きにすればいい」


「随分と投げやりな奴だな。結局は他のザコと同じかよ。拍子抜けだぜ」


 俺は何も答えない。

 ここで大我と言い争うつもりはなかった。

 そんなことをするだけ時間の無駄だから。


「これからは俺が王だ! 逆らう奴は女でも容赦しねぇ! 分かったか!」


 取り巻き共の拍手が虚しく響いた。


 ◇


 吉井は生きていた。

 ただ、意識は覚醒していない。


 怪我の程度は分からない。

 だが、見た目に反して軽傷だと思う。

 鼻の骨が折れていることを除けば。


 だからといって油断できない。

 内臓や脳の損傷次第では、数日中に死ぬ可能性もある。


 俺たちはというと、家に戻っていた。

 居間でテレビを観ている。


「結局、夜間警備の件は有耶無耶(うやむや)になったね」


 瀬奈が言った。


「ま、大我が支配者になった以上、意味ないさ」


「それもそっか」


 俺は窓の外に目を向ける。

 夜の空に無数の星が煌めいていた。


「風斗の言った通りになったね」


「思ったよりも遥かに早かったけどな」


 リーダーが吉井から大我になる。

 そのことを、俺は事前に予測していた。

 だから、現在の状況に動じてはいない。


「これからどうしたらいいのかな?」


 里依が不安そうに俺を見る。


「細かいことは決めていないが、1つだけ言えることがある」


 そこで言葉を止め、目の前のちゃぶ台に置かれたお茶を飲む。


「ここはもう駄目だ」


「駄目?」


「ぶっちゃけ、誰がリーダーでもかまわないんだ。それこそ大我でも。だが、リーダーにはリーダーの役割を求める」


「役割って?」


「皆を導き、かつての日常を取り戻す為に最善を尽くすことだ。吉井は曲がりなりにも頑張っていたが、大我は違う。先のことを何も考えていない。そんなリーダーに従っていては、俺たちの命まで危ぶまれるだろう」


「つまり、風斗はここから出て行くつもりなの?」と瀬奈。


「そういうことだ。学校村の反対側、つまり海を背にした状態で右側――もっと言うと東に向かう。そっちにも同じような村があるからな」


「でも、東は本当に家しかないよ。養鶏場の近くのほうがよくない?」


 養鶏場は学校よりもさらに西へ行くとある。

 かなりハイテクな施設で、採卵や洗卵、検卵に包装まで機械が行う。

 ニワトリの世話を怠らない限り、鶏卵に困ることはないだろう。


「西側の方が条件はいいけれど、それはすなわち争いの元でもあるんだ。鶏卵を手に入れようものなら、大我は間違いなく利用料やら何やらを要求してくる。だから旨味の少ない東側に移動する。さらに東へ進めば何か発見があるかもしれないしな」


 大我がリーダーになることを認めた理由がこれだ。

 不毛な争いに時間を潰すくらいなら、黙って抜けるほうが賢い。

 くだらないことにかまけている余裕はないのだ。

お読みくださりありがとうございます。


【評価】【ブックマーク】で応援していただけると励みになります。


よろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ