表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/27

007 死ぬ気があるならかかってこい

「あっ、シカだ!」


 森を歩いていると、里依がシカの群れを発見した。

 群れといっても小規模で、数は7頭。


「逃げていくね」


 瀬奈の言葉通り、シカは俺たちに気づくなり走り去った。


「シカの肉……食いてぇな」


 人間がシカを捕まえるにはテクニックが必要だ。

 待ち伏せからの不意打ちで仕留めるか、もしくは罠を使う。

 今はそのどちらも難しい状況だった。


「見えてきたぞ」


 森を抜けて、海に戻ってきた。

 眼前にはスタート村が見えている。


「ねぇ、風斗、なんだか村にいる人の数が多くない?」


 瀬奈が話しかけてきた。


「カースト上位のゴミ共ばかりだな」


 スタート村では、大我や彼の取り巻きがくつろいでいた。

 あと、化粧気が強くて口の悪い女子が数人。


 彼らは地べたに座り、テレビを観ながら駄弁っている。

 万里子の使っていた家から持ち出したであろうテレビだ。

 延長ケーブルが万里子の家に向かって伸びている。


(そういうことか)


 集会の時、大我が俺を援護射撃した理由が分かった。

 自分たちがサボりたいからだったのだ。

 こんな状況でも悠長に構えられる神経が、俺には理解できなかった。


「お、目つきの悪い男が帰ってきたぞー」


 俺に気づいた大我がニヤニヤしながら言う。


「両手に華でどこへ行ってたんだぁ?」


 彼の傍にいるチャラ男の糸原が茶化すように言ってきた。

 大我や深瀬の取り巻きであり、群れると気が大きくなる残念な男だ。

 俺が視線を向けただけで、彼は怯んで口をつぐむ。


 なので、俺たちは糸原を無視して自分の家へ向かう。


「待てよ」


 大我が呼び止めてくる。

 振り返ると、彼はいつの間にか立っていた。


「お前、あんまり調子に乗るなよ」


「何のことだ?」


「お前のせいで、俺があらぬ疑いをかけられるところだっただろうが」


「あらぬ疑い、か」


 思わず「ふっ」と鼻で笑ってしまう。


「そういう態度がむかつくんだよ。ヤベー奴の弟だかなんだか知らないが、ここではお仲間の助けなんざねぇんだ。あんまり調子に乗ってると容赦しねぇぞ。俺だってヤクザの知り合いがいるんだからよ」


 ヤベー奴の弟か……。

 そういえばそんな誤解をされていたな、と思い出す。


 俺は生粋の一人っ子だ。

 ヤバい兄なんてものは存在しない。


 では何故、そんな誤解をうけているか?


 それは、ある日の放課後のことだ。

 校舎から出ると、見るからにヤバい連中がいた。

 暴走族やら半グレなどと呼ばれそうな類のチンピラだ。


 そいつらが、俺を“その筋では有名な奴の弟”と誤解した。

 俺の前で平伏し、サインをねだってきて、駅まで鞄を持ってくれた。

 それ以降、俺は目つきの悪さも相まって誤解されている。


「とにかく、あんまり調子に乗るなよ。でないと殺すぞ。分かったな?」


 おそらく吉井なら「はい、すみませんでした」と頭を下げるだろう。


 いや、吉井だけではない。

 大半の連中がビビってそうするはずだ。


 しかし、俺は違う。


「お前こそ調子に乗るなよ」


「なんだと?」


 場がざわつく。

 糸原が「謝ったほうがいい」と真顔で言ってきた。


「俺は正義の味方じゃないから、お前らが他の連中に好き勝手する分にはとやかく言わない。だが、俺に突っかかってくるって言うなら話は別だ。遠慮無く戦わせてもらうよ」


「おもしれぇ、俺に勝てるって言うのか?」


 大我が指をゴキゴキと鳴らす。


「勝てるとは言わないさ。お前は格闘技の経験が豊富だし、背も俺より高い。筋肉の付き方を見ても、俺より遥かに鍛えていることが分かる。戦いとなれば間違いなく負けるだろう」


「そこまで分かっているのに身の程を弁えていないようだな」


「負けはするが、お前だって無事では済まないからな」


「なに?」


「ただでやられるつもりはないと言っているんだ。何が何でも道連れにしてやるよ。死ぬ気があるならかかってこい。いくらでも相手になってやる」


 右手を腰に回す。

 服の内側に隠してある石包丁を確認した。


「…………」


 大我は静かに俺を睨む。

 こちらの本気度を測っているのだろう。

 そして、俺が本気だと分かったようだ。


「チッ」


 舌打ちすると、腰を下ろして、視線をテレビ向けた。

 話は終わりのようだ。


 そんな大我の様子に、糸原たちはホッと胸を撫で下ろす。


「行こうか、瀬奈、里依」


 二人の背中に手を当てて歩き出す。


「さっきの風斗君、凄かったよ」


「あの大我に物怖じしないなんてね」


 俺は「いや」と苦笑いを浮かべる。


「本当はかなり怖かったよ」


 手汗がすごいことになっていた。


 ◇


 家で休憩したあと、俺たちは周辺を探索した。

 だが、望ましい成果を得ることはできなかった。


 この島の地理に対して微かに詳しくなっただけだ。

 救助を要請するのに役立ちそうなものはなかった。

 もっとも、最初から期待していなかったのだが。


 晩ご飯の時間になる。

 肉と魚がないので、今日のメニューも野菜中心だ。

 調味料のおかげで味は文句なかった。


「では夜間警備のローテーションを発表する!」


 食事が終わると、吉井が絞首台の上で話し出す。

 と、その時だった。


「きゃあ!」


 女子の誰かが悲鳴を上げた。

 皆が声の方向に顔を向ける。

 その女子は畑を指して言った。


「何かがいる!」


 その何かとはイノシシだった。

 暗くて見えづらいが、シルエットで分かる。


「おい、あいつ、畑を食い荒らしているぞ!」


「私たちの食料が奪われる!」


 場がどよめく。


「俺に任せておけ。イノシシなんか怖くねぇよ」


 大我が皆を代表して戦うようだ。


「大我、油断しないほうがいい」


「うるせぇんだよ、クソザコ野郎」


 俺の忠告を無視して、大我は真正面から突っ込んだ。


「ブォー!」


 イノシシは逃げることなく突進する。


「グアァ」


 大我は派手に吹き飛ばされた。

 イノシシの力は人間よりも遥かに強いのだ。


「クソッ、あいつ、やるな……!」


 大我は立ち上がると、俺たちのほうへ駆け寄ってくる。

 もしかして逃げるつもりか?

 と思ったが、違っていた。


「えっ? ちょ、大我君!? 何を!?」


「うるせぇ、来いよ、この陰キャ!」


 大我は小柄なオタク男こと影村の首根っこを掴み、イノシシに向かう。


「お前は身を挺して囮になるんだよ!」


 次の瞬間、影村の体が浮いた。放り投げられたのだ。


「ぐへぇ」


 イノシシのすぐ前に転がる影村。


「ブォオオオオ!」


 イノシシは問答無用で襲い掛かる。

 影村をタックルで吹き飛ばしたあと、距離を詰めて噛み付く。


「ギャアアアアアアアアアアアアアア!」


 影村の悲鳴が響く。

 彼は脇腹はイノシシの牙で派手に抉られていた。


「もらった!」


 影村に夢中なイノシシを、大我が側面から襲う。

 強烈な蹴りをイノシシの顔面に叩き込んだ。


「ブォ!? オオオォ……!」


 イノシシは怯んだあと、猛ダッシュで逃げていった。


「どんなもんだ。イノシシなんかに俺は負けねぇ!」


 大我が勝ち誇ったように叫ぶ。

 糸原をはじめ、彼の取り巻きが「流石!」と拍手する。

 他にも歓声を上げる者がいたが、半数近くは呆然としていた。


「いだい、いだいよぉ……たずげ……て……」


 血まみれの影村がのたうち回っているからだ。


「ど、どうすれば、どうすればいいんだ……」


 吉井も動けないでいる。


「風斗、このままじゃ影村が」


 瀬奈が縋るように俺を見る。

 俺は首を横に振った。


「無理だ、どうにもならない」


 影村の傷は深い。

 仮に腹部を縫って血を止めても助からないだろう。

 派手に損傷した内臓は、手術をしなければ治せない。

 そして、この場に緊急手術をする環境はなかった。


「しに……だく……な…………い…………」


 そう言った数分後、影村は死んだ。

お読みくださりありがとうございます。


【評価】【ブックマーク】で応援していただけると励みになります。


よろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ