006 この島には俺たち以外の人間がいる
万里子の首吊り死体に、女子を中心に悲鳴が上がった。
動揺が落ち着くと、吉井の指示により、皆で協力して死体を埋葬する。
埋葬が終わった頃には、いくらか気持ちが穏やかになっていた。
吉井は皆を広場に集めた。
「朝ご飯を食べて脳が回転するようになった頃だし、今日もグループで行動するということでいいかな?」
万里子の自殺には触れないつもりのようだ。
他の人も万里子のことを考えたくないらしく、吉井の言葉に頷いている。
「ちょっと待てよ」
だが、俺と瀬奈は違う。
万里子が自殺するに至った理由を知っているからだ。
大我たちに襲われたショックに他ならない。
「どうした? 鷹野」
吉井が尋ねる。
皆の視線が俺に集まった。
「矢野万里子の自殺について無視することはできない」
「と言うと?」
「どうして自殺に至ったかを考えるべきだろう」
吉井は、「ふむ」と言って眼鏡をクイッ。
「今は未来のことを考えるべきだろ。死んだ奴のことを考えても仕方ねぇ。どうせこの環境に絶望して死んだに違いねぇんだからさ」
万里子の話題を避けたがっているのは、案の定、大我だった。
「それはどうかな」
「どうかな、とは?」と吉井。
皆が唾を飲む。
「俺と瀬奈は、昨夜、万里子の家から出てくる目出し帽の二人組を見た」
「「「――!」」」
場がどよめく。
大我は眉間に皺を寄せて舌打ちした。
「で、その目出し帽の二人組はどうなった?」
吉井が先を促す。
「俺たちを見るなり逃げていった。気になった俺と瀬奈は、万里子の家に入ってみた。するとそこには、言葉にできないようなことをされた万里子がいたよ」
「本当なのか?」
「こんな時に嘘を言うわけないだろ」
「じゃ、じゃあ、矢野はその時のショックで自殺したと……?」
吉井が確認する。
俺は「そうだ」と強く頷いた。
「目出し帽の二人組の特徴は分かるか? 体格とか」
「片方は大我と同じくらいの体格だった」
「「「えっ」」」
皆の視線が大我に向かう。
「ば、馬鹿なことを言うんじゃねぇ! 俺がやるわけねぇだろ、そんなこと!」
「だが、この中に君に匹敵する体格の人間はいない」
吉井が怪訝そうに大我を見る。
他の連中にしてもそうだ。
「おいおい、俺を疑うってのか? ふざけんなよ! 顔を見てないなら証拠なんてないだろ! あいつらが見たってだけで犯人を決めつけるって許されねぇだろうがよ! 海老沢の時とはワケが違うんだぞ!」
大我の言い分も一理ある。
まず間違いなく彼の犯行だと思うが、絶対ではない。
日本の裁判なら「合理的疑いの余地あり」などと言われて無罪だ。
だから俺と瀬奈は、最初から大我を吊そうとは考えていなかった。
そんなことは不可能だからだ。
ここで大我に死刑判決が出たとしても、それを執行する手段がない。
「俺は大我が犯人だと思っていない」
「「えっ」」
吉井と大我が驚く。
「体格が大我と同じくらいだったと言っただけだ。それがイコール大我とは限らない」
「つまり鷹野、君が言いたいのは……」
吉井の言葉に頷き、俺は言った。
「この島には俺たち以外の人間がいるんだよ」
「なんだって!?」
大我を裁けない以上、できることは再犯防止になる。
そこで俺は、第三の存在をでっちあげることにした。
「そもそも、この島に俺たちしかいないと考えるのがおかしい」
「たしかに……。だが、僕たち以外の人間は、いまどこに?」
「それは分からない。しかし、きっと近い場所にいるはずだ。学校に俺たちのロッカーがあることからも分かる通り、俺たちは実験か何かに巻き込まれている。これほど大がかりなことを仕組んだ以上、失敗は許されないだろう。だから、俺たちが気づかないだけで、かなり近い場所から監視していると考えるのが自然だ」
我ながらよくできた話だ。
このホラ話を、大半の人間があっさり信じた。
「そこで俺が提案したいのは夜間警備だ。ローテーションを組んで夜の警備を厳重にする。常に誰かが起きて、部外者の侵入に目を光らせるんだ。それと、就寝時間を過ぎてからの外出は禁止にする。また、安全に配慮して、特別な事情がない限り、女子は2人以上で家を使う。これでどうだ?」
これなら、大我の行動を多少は制限できるはずだ。
「僕は悪くないと思うが、皆はどう思う?」
「いいと思う」「賛成だ」「私も賛成よ」
口々に賛成票が飛び出す。
そして、大我も――。
「い、いい案だと、思うぜ」
渋々と賛成した。
しかし、彼は「だが」と付け加える。
「俺は警備なんてしたくない。夜は寝たいんだ。やるなら勝手にしてくれ」
「そんな勝手な!」
吉井が強気に突っかかった。
――が、大我が「なんだよ?」と睨んで終わりだ。
小便を漏らしそうな様子で、「なんでもない」と首を振った。
「それよりもういいだろ? この話はよ」
大我のこのセリフによって、吉井は議題を変えた。
「で、では、今日の行動を決めようか」
多くの生徒は主体性を持たず、吉井の判断に身を委ねる構えだ。
「俺と瀬奈、それに里依は独自に動かせてほしい」
俺の今日の予定は決まっていた。
「9~10人単位のグループで行動するべきだ」
俺が相手だと譲歩の姿勢を見せない吉井。
想定していたことなので、適当に説き伏せるとしよう。
――と、思いきや。
「好きにさせてやればいいだろ」
大我がまさかの援護射撃。
「鷹野だけじゃねぇ。他にも好きに動きたいと思ってる奴はいるはずだ。ガキじゃねぇんだし、夜までに戻ればそれで問題ない」
「たしかに……」
吉井はあっさり引き下がった。
それから、皆に向かって確認する。
「今日は自由行動ってことでいいかな?」
反対する者はいない。
こうして集会は終わり、各々が好き勝手に動き出した。
俺は瀬奈と里依を連れて森に向かう。
とにかく他の人がいない場所へ行く必要があった。
「この辺でいいか」
森を歩くことしばらく、俺たちは小川に到着した。
休日にアウトドアで来たくなるような、緑に囲まれた落ち着く場所だ。
ここが謎の島でなければの話だが。
「風斗君、ここで何をするの?」
里依は透き通った川の水を眺めながら訊いてくる。
「石包丁を作るのさ」
「おー、凄い! これで料理が快適になるね!」
「いや、料理に使う予定はない」
「ふぇ!?」
「石包丁は護身用さ」
「護身用?」
「万里子の一件もあるし、何が起こるか分からないからな。いざという時に備えて武器を作っておく」
「そっか……」
「とはいえ、皆が武器を持ったら危険度が増す。だからこっそり所持しよう」
俺は適当な石を拾った。
適度な硬さを誇るが、石の中では柔らかい。
それを川辺の岩に叩きつけて形を整える。
小判のような楕円形にしたら、岩に擦りつけて磨く。
全体的にデコボコが消えて、ツルツルになった。
同じ要領で片側に刃を作って完成だ。
「あとは切れ味だが……」
近くに生えていた植物の蔓を切ってみる。
申し分のない切れ味で、スパッと切断することができた。
里依と瀬奈が「おー」と感心する。
問題ないことを確認したので、瀬奈と里依の分も作った。
「俺は男だから問題ないが、もしも万里子のように襲われたら、その時は迷わずこれで相手を切りつけるんだ」
「でも、そんなことをしたら、相手の人、死んじゃうよ」と里依。
「法律的にも倫理的にも殺人は駄目な行為だが、自分が生きる為に他人を殺さなくてはならないのなら、その殺人は仕方のないことだろう。敵の身を案じて自分を犠牲にする必要なんてない」
瀬奈と里依は静かに頷く。
この日、俺たちは人を殺す力を手に入れた。
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