005 私たちは深い仲の友達
「瀬……奈……?」
驚きから動けない俺。
瀬奈は上目遣いで俺を見る。
「ごめん、嫌だったよね」
「嫌じゃない」
即答だった。
嫌なわけなく、むしろ嬉しい。
だが……。
「どうして急に?」
「どうしてかな」
瀬奈は目を泳がせる。
何度か瞬きしてから、再び俺を見た。
「何があるか分からないから、何かある前に……みたいな?」
「よく分からないが、なんとなく分からなくもない」
「なにそれ」
クスリと笑う瀬奈。
「変な言い回しになったが、そっちだって同じようなものだろ」
「たしかに」
「でも、俺でよかったのか? こんな目つきの悪い冴えない男で」
俺の特徴は泣く子も黙る目つきの悪さ以外にない。
顔は普通、成績も普通、友達はおらず、コミュ力は低い。
「よかったよ。風斗の傍にいると不思議な安心感があるし」
瀬奈のプルプルした唇が俺を見ている。
(キスしていいのかな? ダメだよな? でもしたい……)
そんなこと思っていると、無意識の内に体が動いた。
瀬奈の背中に腕を回し、今度は俺の方から唇を重ねる。
抵抗されることなく受け入れられた。
今度のキスは、1度目よりも濃厚だった。
瀬奈の体を壁に押し当て、彼女の口に舌をねじ込ませる。
唇だけでは飽き足らず、耳や首筋にまでキスしてしまった。
「瀬奈……俺……もう……」
キスを終えると、瀬奈をその場に屈ませた。
彼女は岩肌の地面に膝をつけ、顔を上げて俺を見つめる。
そして、一言。
「いいよ」
◇
脳がとろけそうな時間だった。
全てが終わり、落ち着いたところで、俺は尋ねた。
「散歩、どうする?」
瀬奈は息を整えながら「する」と答えた。
「なら行こうか」
俺たちはブレザーを羽織り、家を出る。
夜空に満月が浮かんでいた。
とても大きくて、手を伸ばせば届きそうな錯覚に陥る。
「何も見えないね」
「同感だ」
街灯がないので外は真っ暗だ。
光源となるのは、月光といくつかの家からこぼれる灯りだけ。
「間違って別の家に入らないようにしないとな」
「あはは、そうだね」
土間の照明をつけてから戸を閉める。
瀬奈と手を繋ぎ、微かに肌寒さを感じる夜道を歩く。
「俺たちって、恋人ってことになるのかな?」
沈黙を破ろうと考えた末に出た問いだった。
言ったあとに、馬鹿な質問をしたと反省した。
まさに後悔先に立たずだ。
「風斗はどうしたい? 恋人がいい?」
「俺は……分からん」
それが本音だった。
「キスやら何やらがあって、今も手を繋いでいる。だが、それらは全て、この妙な環境がもたらしたことだ」
「だったら、ただの友達ってことでいいんじゃない?」
瀬奈はクールに言い放つ。
「なんだかすごく深い仲の友達だな」と笑う俺。
「いいね、それ。私たちは深い仲の友達ってことにしようよ」
「他の奴が聞いたら色々と誤解しそうだな」
「果たして誤解と言えるのかな?」
俺は「たしかに」と笑い、それから歩みを止める。
「村の端まで歩いたし、そろそろ戻るか」
「そうだね」
俺たちはくるりとUターンして家に向かう。
その時、すぐ近くの家から2人の男が飛び出してきた。
どちらも目出し帽で顔を隠している。
片方は誰か分からないが、もう片方は体格で分かる。
このクラスに1人しかいない190近い大柄な男。
「「あっ」」
2人組は俺たちを見て固まった。
だが、こちらが何か言う前に逃げ出す。
その際、大柄な男が「逃げるぞ」と言った。
その声で確信する――大我に違いない、と。
「今の……大きいほうは大我だよね?」
瀬奈も気づいたようだ。
「そのようだ。目出し帽をして銀行強盗みたいだったな」
「顔を隠してもあの体型で丸分かりだったけど」
「それよりも――」
大我たちの出てきた家に近づく。
「――あいつらは何で逃げたんだ?」
開きっぱなしの家を見る。
土間や居間の電気は消えており、中は真っ暗だ。
瀬奈は「さぁ」と首を傾げ、尋ねてきた。
「中に入ってみる?」
「そうだな」
俺たちは家の中に入り、土間で靴を脱いで居間に上がる。
居間の電気をつけると、畳に無数の靴跡が浮かんだ。
大我たちは土足で上がり込んだようだ。
「居間は特に何もな……」
そこで俺の言葉は止まった。
寝間に目を向けて、全ての事情を把握したのだ。
そこには1人の生徒がいた。
矢野万里子という黒髪の女子だ。
学校では瀬奈と同じく口数の少ないタイプ。
大人しくて可愛い清楚系、というのが俺の印象だった。
「そんな……酷い……」
瀬奈が両手を口に当てる。
俺も同じようにしたい気分だった。
万里子はあられもない姿をしていたのだ。
引き裂かれた制服など、一目で何が起きたか察しがつく。
「うぅ……あぁ……うぅ……」
虚ろな目で、呻き声を漏らしている。
「なんてことを……」
瀬奈はタンスからフェイスタオルを取り出し、それを水で浸す。
そして、そのタオルで穢れた万里子の体を綺麗に拭く。
「あっ、瀬奈……それに……」
万里子の目が俺を捉える。
その瞬間、彼女は「ひぃ」と後ずさった。
男に対して恐怖を抱いているようだ。
「土間に行っておくよ」
そう言い残し、俺は土間に移動する。
土間からでは寝間の様子が見えない。
が、声は聞こえてきた。
「大我たちにやられたの?」
「分からない……顔、見えなかったから……。でも……たぶん……」
「そっか……。とりあえず、私たちの家に来る? 1人よりは安全だよ」
「ううん、大丈夫。シャワーを浴びたら別のところに行くから」
「分かった。何かあったら言ってね。協力するからね」
「うん、ありがとう」
話が終わり、瀬奈がやってきた。
「帰ろっか」
俺は「そうだな」と頷く。
「里依が心配だ、早く戻らないと」
「だね」
駆け足で家に戻った。
大我を殺したいと思う気持ちを必死に抑える。
ここで衝動的に動いたら、海老沢や大我と同じだ。
「うふふ、おかわりくださぁい」
寝間では、里依が幸せそうな顔で寝言を言っていた。
それを見た俺たちは安堵し、静かに布団へ入る。
「明日には自衛の手段を考えておくよ。今日は不安だがこのまま寝よう」
「分かった。やっぱり風斗が一緒だと安心する。おやすみ」
「ああ、おやすみ」
暗い気持ちで1日目が終わる。
◇
4時間も眠れずに目が覚めた。
それでも、体力は少なからず回復している。
「いやぁああああああああああああああああ!」
起きて間もなく、外から悲鳴が聞こえてきた。
それによって瀬奈と里依も飛び起きる。
俺たちは顔を洗い、慌てて家を出た。
「うそだろ」
「どうしてこんなことに」
「そんな……」
外がガヤガヤしている。
広場の前に人だかりが出来ていた。
そこに俺たちも加わり、そして、事態を把握する。
「嘘……!」
瀬奈が涙を流しながら崩れる。
「別のところって、そういう意味だったのかよ」
俺は舌打ちする。
絞首台の上に、万里子の姿があった。
顔は紫に変色している。
間に合わないことは一目で分かった。
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