003 陰謀論なんかじゃない、これは事実だ
2人死んだ。
目が覚めてから3時間ほどしか経っていないのに。
とんでもない事態だ。
にもかかわらず、俺たちは平静を保っている。
目を背けているのだ。
この異常事態を直視すると気が狂いかねない。
誰もが異様な空気に飲まれている。
クールぶっている俺だって、他の連中と変わらないだろう。
この島は――地獄だ。
「我々は海沿いを探索するとしよう」
吉井が俺たちに向かって指示を出す。
亡き深瀬に代わって、新たなリーダーは彼になった。
元々の吉井グループは廃村で待機している。
海老沢の死体を埋めるのが彼らの仕事だ。
それが済んだら、原住民の帰還を待つ。
「裁判長になった気分はどうだい?」
嫌味たっぷりで吉井に話しかける。
「よしてくれよ、僕はただ民意を尊重しただけだ」
「お前なら止めることができたと思うけどな」
「……無理だよ。大我を見たろ? あんなの手に負えない」
果たしてそうかな、と俺は思う。
皆に忌避されるぞと言われた時、大我は明らかに怯んでいた。
あそこで上手いことやれば、海老沢の死刑は避けられていたはずだ。
――なんて、結果論を語っても意味ないか。
吉井を責めるのはお門違いだ。
「風斗君、ちょっといいかな?」
俺の背中を、里依が指でつついてきた。
「どうした?」
俺は歩くペースを落とし、里依や瀬奈に合わせる。
「私たちは誰かの陰謀でこの島に送られたんじゃないか……って、瀬奈が言うの。私はそんなことないと思うけど、風斗君はどう思う?」
瀬奈は無表情でこちらを見ている。
「俺も瀬奈と同意見だ」
「そうなんだ? なんで? インフラのある家々が放置されているから?」
「それもあるけど、一番は俺たちの服装だ」
「服装? ただの制服だけど……」
「そうじゃなくて、濡れていないだろ?」
「うん」
「もしも自然にこの島へ来た――つまり何らかの理由で漂着したのなら、俺たちの体は海水でずぶ濡れのはずだ。なのに濡れていない。誰かが砂浜の上に寝かせたと考えるのが自然だ」
「あっ、たしかに!」
「それに、俺も含めて最後の記憶は勉強合宿のバスだ。そこで全員の記憶が途絶えているのもおかしい。陰謀論は信じないほうだが、陰謀に巻き込まれていると考えられるのではないか」
「そう言われるとそんな気がしてきた」
里依に話していて思う。
今の環境は異常そのものだ、と。
何がどうなっているのかさっぱり分からない。
「仮に陰謀論が正解だとして……」
瀬奈が口を開く。
「誰が、何の目的で、これだけ大がかりなことをしたのか」
これに対して、「聞いたことがある」と言ったのは吉井だ。
どうやら俺たちの会話を盗み聞きしていたらしい。
「世界には地図に載っていない島がいくつもあって、それらの島では各国の政府が色々と秘密の実験をしていると。僕らが選ばれたことに明確な理由があるのかは分からないが、僕らはそういった実験に巻き込まれたのではないか」
「ありえる」
高三にもなって陰謀論を語るとはな。
そんなものは中二で卒業したはずだったのに。
「次はここを調べるとしよう」
またしても無人の集落を発見した。
海沿いにはこういった集落がいくつもあると報告されている。
俺たちは二手に分かれて家を調べていく。
俺の班は吉井と瀬奈、それに里依。
残り5人は別の班だ。
「他のグループが先に調べたようだな」
一部だけ拭き取られた埃に、開きっぱなしのふすま。
それらは先客の存在を示していた。
「僕のグループがさっき調べたんだ」
「改めて調べる必要なんてあるのか?」
「何か見落としがあるかもしれないからね」
残念ながら、見落としはなかった。
この家もこれまでの民家と変わりない。
「包丁と電話以外はそれなりに揃っているな」
どの民家も同じ状況だ。
包丁のような武器や、電話などの通信手段が存在しない。
その一方で、他の物はそれなりに揃っているし、風呂もあった。
着替えはないけれど、タオル類だって完備されている。
「救助要請をするための手立てが見つからないな」
俺は現在地の分かる物――つまり地図を探していた。
救助が期待できずとも、場所が分かればどうにかなるかもしれない。
例えばイカダを作って島を脱出する、とか。
しかし、そういった類の物は見つからなかった。
「吉井、あの学校には行ったか?」
民家を出たところで、俺は尋ねた。
この場所からさらに100メートルほど進んだところに学校がある。
二階建ての小さな校舎が特徴的だ。
校門やグラウンドがなければ、ただの館にしか見えない。
「いや、行っていない。ここを調べたあとは方向転換して森に向かった。あそこの学校には、他のグループも含めて皆で行こうと思っていたんだ」
おそらく学校の存在を誇らしげに報告するつもりだったのだろう。
海老沢に話題を掻っ攫われて言えずじまいだったわけだ。
「ちょっと見に行ってみないか? 近くにあることだし」
「いいだろう」
もう1つの班にも声を掛けて、9人で学校に向かう。
「表札を見れば場所が分かると思ったが……」
俺は落胆してため息をつく。
表札には「南側 学校」とだけ書かれていた。
ここが島の南に位置することくらい、太陽を見れば分かる。
吉井を先頭に校舎へ侵入する。
もはや不法侵入に対する抵抗などは失せていた。
どうせ無人だろうと高を括っていたし、実際、無人だった。
「僕らは1階を担当する。鷹野たちは2階を頼む」
中に入ったら3組に分かれて見て回る。
俺と一緒に行動するのは瀬奈と里依だ。
校舎にある部屋は10室。
1階は職員室、校長室、保健室、理科室、家庭科室。
2階は図書室、音楽室、美術室、更衣室、そして――教室。
そう、教室は1つしかなかった。
「ド田舎の学校って感じだな」
「そうね」
瀬奈は教室を見た後、すぐ隣の女子トイレに入る。
「私もー」と里依が続く。
「俺も用を足しておくか」
男子トイレに入り、小便を済ませる。
老朽化した建物に反して、便器はピカピカだった。
大便器にいたっては温水洗浄機能付きだ。
集落にある民家も同じトイレだった。
「女子はもう少し時間がかかるか」
廊下に瀬奈と里依の姿が見当たらない。
ボケッと立っているのも間抜けなので、最後の部屋を調べる。
更衣室だ。
入ってすぐに男女の分岐点があった。
さながら銭湯に来ているかのような気分だ。
俺は「男」と書かれたほうへ向かう。
大して広くない空間にロッカーが並んでいた。
縦長のロッカーで、どこにでもある一般的な物だ。
そのロッカーを見て、俺は息を呑んだ。
「これは……!」
ロッカーにはそれぞれ名札が張られている。
その一つに、俺の名前が書かれていた。
フルネームで「鷹野 風斗」と書かれているのだ。
海老沢や深瀬、吉井のロッカーもある。
「陰謀論なんかじゃない、これは事実だ」
ほぼほぼ黒だったグレーが、完全な黒と化した。
「俺たちは何者かによって連れてこられたんだ、この島に」
お読みくださりありがとうございます。
【評価】【ブックマーク】で応援していただけると励みになります。
よろしくお願いいたします。




