022 私の裕美ちんにちょっかい出したでしょ?
異変に気づいたのは晩ご飯の時だった。
吉井がやたらと若葉に話しかけているのだ。
「若葉、トマトは野菜と果物のどっちだと思う?」
「そういえば若葉、こんな話を知っているか?」
「このご飯いい感じに炊けているな。若葉、君の手柄だな?」
6人で過ごすには狭すぎる我が家の居間で、暑苦しい程に喋る。
俺の一年分よりもたくさんの「若葉」が、数分の間に飛び出した。
「そういえば、吉井と若葉は今日もペアだったな」
「うむ。ヤギのミルクを運んだ。若葉と色々話しながらね。だよな? 若葉」
「あはは……うん、そだねー」
若葉が圧倒されている。
今までに一度たりとも見たことのない光景だった。
「ところでさ鷹野っち」
「どうした?」と何故か吉井が返事する。
「いや、鷹野っちね?」
「すまん」
吉井が黙った。
「どうした?」
今度は俺が返事する。
「二人きりで話したいことがあるから、このあとちょっといいかな?」
「二人きり?」と首を傾げる俺。
「二人きりだとぉ!?」
吉井は絶叫した。
女子たちは「おー」と言ってニヤニヤし始める。
「もしかして、若葉も風斗とそういう感じに?」
茶化すように言ったのは裕美だ。
「そんなわけないだろ! いい加減にしろ! 君たちとは違う!」
なぜか吉井が怒鳴る。
裕美は「あ、はい、ごめん」と黙った。
「なにキレてんだ? 大丈夫か、吉井」
「キレてない!」
どう見てもキレているが、面倒なので無視しよう。
「ならこのあと、適当な家で話すとするか。二人きりで」
「じゃ、私の家で話そ! 裕美ちんはこの家で瀬奈や里依と過ごしてて!」
裕美が「はいはい」と軽く答えた。
裕美と若葉は同じ家を使っているのだ。
「なら今から行こっか! 吉井っち、後片付けおねがいね!」
「任せろ!」
吉井が誇らしげに胸を叩く。
俺と若葉は食器をちゃぶ台において、家をあとにした。
◇
若葉の家にやってきた。
我が家と全く同じ内装の居間に腰を下ろす。
「こうして二人で話すのって何気にお初だよねー!」
若葉が俺の隣に座る。
「そうだな。で、どうした?」
「冷たッ! 私には興味ない感じ!?」
「いや、俺は誰に対してもこうだが?」
「あはは、それもそっかー! 鷹野っちそういう感じだもんね!」
若葉がケラケラと笑う。
かと思いきや、途端に顔付きが変わった。
真剣な目で俺を睨み、胸ぐらを掴んでくる。
「私の裕美ちんにちょっかい出したでしょ?」
凄まじい気迫だ。
「ちょ、ちょっかいだなんて、人聞きの悪い……」
言葉が詰まる。
そんな俺を見て、若葉は吹き出した。
「冗談だよ、冗談! びっくりした!?」
「めちゃくちゃ驚いたぞ」
「ごめんごめん! でも、用件はそのことなんだよね」
「裕美のこと?」
若葉が「うんうん」と頷く。
いい笑顔だ。
「裕美ちんって、ああ見えて男からモテるんだよね」
「いや、どう見てもモテるだろ。可愛いし」
「でもさー、めちゃガード固いんだよね」
そうだろうな。
同性愛者説が浮上するくらいだ。
異性に関する話は聞いたことがない。
「その裕美ちんが一瞬で落ちたでしょ? 鷹野っちの手に」
「そう……なのかな」
「だからさ、詳細を教えて欲しいんだよね」
「詳細?」
「昨日、裕美ちんとどうしてそういう流れになったのか」
「なるほど」
たしかにこれは二人きりで話したい用件だ。
俺は「いいだろう」と答え、順を追って話した。
皆を待っている間にテレビを観たこと。
相撲ではなくドラマの再放送がやっていたこと。
ドラマの内容や会話の内容まで詳しく話す。
若葉は適当な相槌で話を聞き続ける。
俺の言葉が詰まると、「それでそれで?」と急かした。
「で、俺たちはキスして……って感じだ」
「キスって、どんな感じ?」
「どんなって、普通に唇を重ねてだな」
「それじゃ分からないよ。私、キスしたことないんだし!」
若葉がこちらに顔を向ける。
「試しにやってみて!」
「は!? キスするのか!?」
「私じゃ嫌って言うのかよー!?」
「そうじゃなくて、そんなノリでキスしていいのか?」
「別にいいよ! 別に気にならないし! だからほら! やってやって!」
「あ、ああ、分かったよ」
若葉が気にならないなら問題ないだろう。
俺は若葉の背中に腕を回し、そっと唇を重ねた。
「キスってのはこんな感じだ」
若葉の顔がぽーっと赤くなる。
「ここからは? どうしたの?」
「え、まだ続けるの?」
「いいじゃん、やってよ」
「わ、分かった」
再びキスする。
今度は若葉の口に舌をねじ込んだ。
彼女の口の中で、俺たちの舌が絡まる。
「もっと……詳しく……」
キスを終えるなり追加のオーダーが入る。
「いいよ」
俺は若葉を押し倒し、彼女の耳たぶを咥える。
吐息を耳に流し込んでやると、若葉の口から息が漏れた。
「このあとも?」
動きを止めて確認する。
若葉は恥ずかしそうに頷いた。
「そして、俺は……」
説明しながら若葉の首筋を舐める。
それからさらに先へ――。
ドガァアアアアアン!
――と、その時、土間から大きな音が聞こえた。
「なんだ!?」
俺たちの動きがピタりと止まる。
イノシシでも侵入してきたのだろうか。
扉は閉めていたはずだが……。
体を起こし、土間に目を向ける。
するとそこには、仰向けで気絶する吉井の姿があった。
いつの間にか家に入ってきていたらしい。
「そんな……こんなこと……こんなのって……そんなぁ……」
などと繰り返し呟きながら、吉井は天を仰いでいる。
「おいおい、大丈夫かよ」
「どう見ても大丈夫じゃないでしょ!」
「だよな。家まで運んでやろう」
「だね!」
若葉と協力して吉井を運ぶことにした。
「さっきの続き、また今度教えてね」
「ああ、今度な」
若葉との関係が深まったように感じた。
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