019 別れは握手で
5日目の朝が始まった時にふと思った。
これはいい兆候なのではないか、と。
死亡数のことだ。
1日目に海老沢と深瀬が死に、2日目は万里子が死んだ。
3日目は大我が死んだが、4日目はおそらく誰も死んでいない。
嫌いな奴でも死なれると悲しいものだ。
大我や深瀬が死んだと知っても、いい気持ちにはならなかった。
だから、敵味方関係なく、誰も死なないのが望ましい。
平和が一番だ。
昨日に続いて今日、明日……これからも平和でいきたい。
「行こうか、里依」
「うん!」
11時に早めの昼食を済ませ、俺と里依はポテチ村を出た。
互いに竹の籠を背負っていて、中には魚の干物が入っている。
視察を兼ねた外交戦略の始まりだ。
◇
海沿いの道を素直に進んで、スタート村にやってきた。
村の前に木の棒を持った男が立っている。
クラスカーストの底辺層に位置する陰キャの田沢だ。
学校では仲間たちとアニメや漫画の話をしていた。
糸原と同じで、群れると声が3段階大きくなるタイプだ。
「むおっ!?」
俺たちに気づいて驚く田沢。
形だけの警備員らしい反応だ。
(男の目線は正直だな)
心の中でひそかに笑う。
田沢の目線が分かりやすく動いたからだ。
俺の顔から始まり、素早く里依の顔に移動した。
それから、里依のスカートの裾に向かう。
そこで停止したあと、太ももの辺りをチラチラ。
胸より太もも派であることを雄弁に物語っていた。
「用件を言った方がいいかな?」
田沢に話しかける。
無視して中に入っていいのか分からなかった。
「へっ!? あ、なんだい?」
田沢が緊張した様子で答える。
「昨日のお礼という意味もあって、俺たちのところで作った魚の干物をプレゼントしに来たんだ。村の中に入らせてもらってもいいか?」
「ちょ、ちょっと待ってくれ」
田沢が一軒の家に駆け込む。
おそらくそこが友加里の家なのだろう。
「警備の人間が持ち場を離れてどうする」
呆れる俺。
里依も「あはは」と苦笑い。
「ようこそ、私たちの村へ」
そう言って田沢と共に出てきたのは、友加里だった。
早くもボスの登場だ。
(やっぱ可愛いな)
友加里の可愛さはクラスの中でもトップクラスだ。
艶やかな長い黒髪と姿勢の良さから清楚系淑女のオーラが漂う。
とても男子を従えさせるようなタイプには見えない。
しかし、彼女こそがここのリーダーなのだ。
「御苦労、警備に戻りなさい」
友加里が右の人差し指で田沢の顎を撫でる。
指がしなやかだからなのか、なんだか妙に色っぽい。
「はいぃ!」
田沢は嬉しそうな顔でこちらに走ってきた。
そして、先ほどと同じ位置に立つ。
少し遅れて、友加里が目の前まで歩いてきた。
「歓迎するわ、鷹野君、宮内さん」
「ありがとう。プレゼントの干物はどこに置けばいいかな?」
「田沢に運ばせるわ」
「分かった――里依」
里依は頷き、田沢に竹の籠を渡す。
「これ、お願いします」
田沢が「ラジャ!」と敬礼する。
そして、猛スピードで干物を近くの家に運んだ。
とんでもなくキビキビした動きだ。
糸原と同じく、かつてない輝きを感じる。
これが友加里の実力か。
「鷹野君が背負っているのは……」
友加里の視線が俺に向く。
「こっちは二階堂たちに渡す分さ」
「そう」
友加里は俺たちに背を向けて歩き始めた。
その足取りは、明らかに普段よりもゆっくりだ。
俺たちは友加里の隣を歩いた。
「糸原や松本さんから聞いていると思うけど、ウチは女が主役なの」
松本さんとは裕美のことだ。
「性で男を支配しているんだってな」
「そうよ。女の武器だからね」
あっさり認めた。
女の武器とまで言ってのける。
強いな、と思った。
「私の村では、大我が『癒やし隊』と言っていた制度を改良して使っているの」
「改良って、名前を下賜に変更したことか?」
「それもだけど、他にも、段階を分けているわ」
「段階?」
「頑張った度合いに応じて、下賜の内容が変わるの。たくさん頑張れば頑張るほど、良いご褒美が与えられる。そこに容姿は関係ない。田沢のような男から二階堂のようなイケメンまで、分け隔てなく評価される仕組みよ」
「既にそこまで考えているのか」
敵になったら手強そうだ。
「でもさ、皆がたくさん頑張ったらどうなるんだ? 全員に最高の報酬を与えるのか?」
友加里は「いいえ」と首を振る。
「下賜のグレードは3段階あって、一番高いAランクはポイントの上位2人まで。その次のBランクは3人までよ」
「ポイントって?」
「ウチでは仕事の内容に応じてポイントが付与されるの。皆がやりたがらない仕事や危険な仕事はポイントが高い。逆に誰でもできる楽な仕事は低い。どの仕事を選ぶかは各人に任せているわ。私が決めるのはポイントの配分だけ」
「畑作業をさせたくなったら、畑作業のポイントを上げる感じか」
「そういうこと」
俺はチラリと振り返って田沢を見る。
おそらくアイツはCランクのご褒美で満足なのだろう。
だから突っ立っているだけの仕事を選んでいる。
「ウチは来る者拒まず去る者追わずだから、その気になったらいつでも来てちょうだい……といっても、鷹野君は興味ないと思うけど。既に満足しているようだし」
友加里の目が里依を捉える。
俺たちの関係について見抜いているようだ。
洞察力の鋭さも一級品ということか。
「村の端に着いたけど、もう少し見て回る?」
村の西端で、友加里は足を止めた。
そこには別の見張りが立っている。
田沢の陰キャ仲間だ。
「いや、俺たちはこのまま二階堂のところへ向かうよ」
「そう」
友加里が体をこちらに向ける。
「よかったら握手してくれない? 私、別れは握手でって決めているの」
「かまわないぜ」
友加里と握手を交わす。
彼女は真っ直ぐに俺の目を見てきた。
(これは……すごいな……)
友加里の目を見ていると、吸い込まれそうな気がした。
なんとも妖艶で、目の力だけで男の脳を麻痺させそうだ。
「やっぱり、少し休憩していったらどう? あの家、空いてるよ」
そう言って彼女が指したのは、かつて俺たちが使っていた家だ。
「よ……いや……遠慮しておくよ」
危うく「喜んで」と言いかけた。
隣に里依がいなかったら言っていただろう。
もう少しで飲み込まれるところだった。
「そう、残念」
小さく笑う友加里。
そして、彼女は握手を解いた。
「またね、鷹野君、宮内さん」
「おう」
「ま、また!」
里依と二人で村の外へ向かう。
「ホッ」
村から数十メートル離れたところで息を吐く。
里依も同じように安堵し、俺を見て言った。
「すごかったね、東雲さんの迫力」
「新たなリーダーに立候補するだけのことはある」
「学校とは雰囲気が違っていて、別人みたいだったよ」
「ここでの彼女が本当の姿なんだろうな」
その時、俺の脳裏にあるワードが浮かんだ。
「まさに“女帝”だな、友加里は」
お読みくださりありがとうございます。
【評価】【ブックマーク】で応援していただけると励みになります。
よろしくお願いいたします。




