※ 七月十一日(五)
「大殿の件に関してもそうです。これまでどれほど朝廷に尽くしてきたか……! それを、端からなかったことのように〝賊徒〟と罵るなど……!」
……何だと?
「……それを口にされたのは、どなたか?」
「信西殿です」
「……ほぉ」
私の内に、怒りの炎が上がる。と同時に、小助の怒りの原因はこれやもしれぬと思った。
信西殿は、たしかに御上の筆頭近侍だ。此度の戦では、後白河方の指揮官のひとりとして名を連ねた。とはいえ、そこまでの発言が許される立場にあるのか?
「あれは、たいした御仁ですよ」
言葉とは裏腹に、小助の声も表情も侮蔑にまみれていた。
「此度の件が大規模な戦に発展したのは、信西殿の企みによるものです。そもそも崇徳方が挙兵したのは、襲撃に備えてのことでした。信西殿は、目的のためなら、いかなる身分をも一蹴できる者ですから」
「お祖父様は、それを案じられて崇徳方にお味方されたのだったな」
「はい。それを臨時除目の場で、これみよがしに槍玉に挙げたのです。『源氏の長たる者が、何たる不始末! 鳥羽院(鳥羽法皇の追号)様に目をかけていただきながら賊徒へと身をやつすなど、言語道断!』……と」
「……なるほど。そうして責任の所在をお祖父様へと移し、信西殿自身から目をそらさせたのか」
「そのとおりです」
「さらには、先に罪を被せることで、後白河方へ貢献なさった父上を、権官に据える言い訳が立つと……」
『権』は仮の官職だ。良く捉えれば、昇進させたいが空きがないゆえ権官を与えたい、という朝廷の配慮だ。だが悪く捉えれば、権官はいつでも解官させることができる。つまり此度の父上のご昇進は、万が一の際は次期長として即責任を取れと言ったも同然なのだ。
「そなたの申すとおり、『たいした御仁』よな……!」
怒りに手が震える。
ただ後白河方に属しているというだけで、私利私欲のままに突き進もうとも公には処されぬ信西殿。
崇徳上皇陛下を慮り、武士としての誇りをかけて敵方に属したというだけで、他人のために尽くしてなお賊徒扱いを受けたお祖父様。
これが『道理はどうあれ勝てば正義』とは……!
理不尽極まりない所業によって、お祖父様の誇りが穢された。信西殿、許すまじ……!
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