第96話 ルヴァーナ監獄(4) 包囲
二人は監獄の暗い廊下を走り抜けていった。窓はなくほのかに光る鉱石灯だけが廊下の光源となっている。
そこかしこで看守セラフィムが倒れていた。
「これ、全部あなたが一人でやったの!?」
「そりゃそうだ、俺しかいないだろ」
「徹底的ね……」
「失敗は許されないんでな」
と、突然、爆発音が響き渡った。廊下は大地震のようにぐらぐらと揺れた。
「なんだなんだ!?」
すると頭上、おそらくはこの監獄の外側から、魔具の拡声器を利用しているような大音量が聞こえてきた。
『おっせえーーー!いつまでチチクリあってんだよ、早く出て来いやエスペルとライラあああああーーーー!』
「ミ、ミカエル様の声!?」
『俺ずーっと待ってんだよ、お前らが出てくんの!でびっくりさせてやろうと思ってたのに、マジでおっせえーーーー!めんどくせえから監獄ごとぶっ壊すことにしたわ、普通に死ねええええ!!!』
そしてまた爆発音と振動。
エスペルは揺れる床の上で必死に踏ん張りながら、
「も、もしかしてあいつ、上空から爆発系魔法をぶっ放してんのか!?」
次の瞬間、頭上の天井が爆風と熱風と共に、木っ端微塵に砕け散った。天井にぽっかりと穴が空き、眩しいほどの自然光に晒される。
咄嗟に防御球を展開しようとしたエスペルは、しかし、自分の体の変化に気づき、言葉を失った。
体をあらゆる物質が通り抜けていく、という不思議な感覚。
乱れ撃ちされる爆発魔法によって破壊された瓦礫が、四方を飛び散っていたが、全てエスペルを素通りしていく。
見ればライラが両手で三角の印を結び、霊体化防御をかけていた。
「お、俺のことも霊体化してくれたのか!ってそんなことできんのか、俺人間だけど!?」
「……やってみたら、出来たわね。そういえば今まで、人間に試したことはなかったわ」
「ありがたい!」
霊体化状態は、全く奇妙な感覚だった。外部の物に触れることは一切できない。でも自分で自分の体を触ることはできた。右の手と左の手を握れば、しっかりと握った感触がある。
自分だけが実在で、他の全てが夢幻。まるで夢の世界にでも迷い込んだような、現実感のない知覚だった。
肉体がないというのはこういうことか、と思った。
エスペルは頭上の穴から空を見上げた。
やはり、ミカエルが空中にいた。左手にラッパのような拡声魔具を持ち、右手でばんばん爆発を撃ち込みまくっている。
『オラオラあ!どこだどこだあー?もうミンチになっちまったかあーーーー?こんな普通に死んでだっせえなああー?』
「ミカエルは強いんだよな?面倒な戦いで命を落としたくはない。なんとか逃げ出したいがカア坊のスピードじゃ逃げ切れなさそうだ……」
「そういえばアレ、どこにいるの?」
「リュックん中」
言ってエスペルはちらりとリュックの蓋を開けてみせた。
中で気持ちよさそうに寝ているカラスがいた。
「身につけているものは自己同一化される」の法則により、リュックやその中身もちゃんと霊体化されていた。
「い、いいわよ見せなくてもっ!」
頭上からミカエルの拡声された声が響く。
『あーめんどくせえ、でかいのぶっ放すぞーーーーー!』
次の瞬間、監獄全体を覆う、目を焼け尽くすような巨大な半円状の閃光が出現した。
かろうじて残されていた監獄の構造が、これで一瞬で粉々になった。
火山の噴煙のごとき煙がもくもくと立ち上る。エスペルはそのあまりの威力にゾッとした。
霊体化されていなければ、間違いなく死んでいた。
『うわあ、煙が邪魔だぞなんも見えねえじゃねえかボケがッ!なんだこの煙チクショーーー!』
ミカエルが自分の巻き起こした煙に理不尽な文句をつけている。
「あ、あいつがアホで助かった、とりあえず逃げるぞ!」
二人は白煙と飛散する瓦礫の中を駆け抜けた。
全力で走っていたエスペルは、だが途中で急停止した。右手でライラの腕も止める。
白煙の向こう側、気配を察したのだ。
「どうし……」
「この煙の向こう側……誰かいるな」
煙を透かして目を凝らす。
「女が……二人?」
うふっ、という艶かしい声が煙の中から聞こえた。
「あら、気づいたあ?」
煙に隠されていた人物の姿が、風向きによって所々露わになる。
エスペルたちの前に、二人の女セラフィムが立っていた。
一人は、エロティックなボディをした、緑髪に黒の制帽をかぶるボンテージ美女。
もう一人は、背が低く人形の様な顔をした、青髪のゴスロリ美少女。
2020年3月16日現在、ブクマ35です。
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