第65話 小さい羽
傀儡工房への襲撃から五日がたった。
エスペルはこの五日間、どこか漠然とした不安を心の隅に抱えていた。
もう工房は壊滅させたから大丈夫なはず、と言う気持ち。と同時に、ジールに言われた懸念もひっかかる。
本当に材料はあれだけなのか、という疑念。
とはいえここ五日、死霊傀儡は現れていない。
城の訓練場での休憩の合間に、エスペルはライラにふと思い出したことを言った。
「そういえば、あのおっさん……切り株で居眠りしていたライラの同僚。ライラが俺と一緒にいるって知らなかったみたいだな」
「ええ、偵察に行ってるって思っていたみたい。それに、ミカエル様も私達のことを知らなかったわ」
なお、ここは第四騎士団が昔使っていた古い訓練場で、最近は全く使われていなかった場所だ。
エスペルとライラが思い切り利用できるように、とキュディアスが提供してくれて、二人が貸切で使わせてもらっている。
そのため、人目をはばからず会話することができた。
「情報共有がなされてなかったってことか」
「そうね、どういうことかしら」
「なあもしかして、いままでの死霊傀儡は、イヴァルトが単独で送っていたんじゃないか?失敗を知られたくなくて、上には全て隠していた、なんてことは?」
「ありえるわ。もしそうだとしたら……」
「だとしたら?」
「イヴァルト様は、大変な罰を受けるはずよ」
「罰……」
その時、シールラの声が飛び込んできた。
「訓練中失礼します!ライラさんにお届けものですよお!」
「え?私?」
シールラはライラに、はいっと包みを手渡した。ライラはその、大きめだがとても軽く、柔らかい感触の荷物を受け取る。
「何かしら?」
「お洋服っぽいですねえ」
「服?」
「ああシールラ、ライラさんが新しいお洋服着てるとこ、とってもとっても見てみたいですう!でもちょっとお呼ばれしていて、その時間がありません残念ですう……。今度、ぜーったい、見せてくださいね!?」
「え、ええ」
「失礼しまっす!」
お辞儀をしてシールラは去っていった。
エスペルが思い出す。
「あー分かった。この間、サイズ測ってもらったろ?それは多分、仕立て依頼してた、魔術師用の服だな。そのローブの下に着る服。いつも古着屋で買った適当なの着てるだろ?でも専用の服の方が動きやすいし魔術も発動しやすいらしいぞ」
「ああ、シールラに身体中、巻尺で測られたあれ、この為だったのね!くすぐったくて嫌だったわ、あれ」
「はは、そうだったのか。せっかくだし、着てみろよ」
「うん」
包みを持ってシールラは訓練場の隅の小部屋に入っていった。
着替えの間エスペルは一人、訓練場で剣を振るった。
精神を統一させ、いくつかの魔剣技を繰り出してみた。
もっと強くならねばならない。これまでの戦いの経験を生かし、新しい技も開発中だった。
「ね、ねえエスペル。これ、おかしくない?」
剣技に夢中になっていたエスペルは、ライラの声に振り向いた。
振り向いてその姿を見て、どきっとする。
動きやすそうな黒のショートパンツ。上は深緑色のキャミソール。
暗い色調だが、銀糸の刺繍が施されているところが、魔術師っぽい。
「ちょっ、そのズボン、丈、短かっ……!」
動きやすそうなのはともかく、露出度が高すぎであった。ショートパンツというよりホットパンツである。
「えっ、変なの!?」
ライラが不安そうな顔をして、エスペルは首を振った。目を泳がせながら、
「あっ、いやいや、変じゃないぞ!」
さらけ出しの美尻と美脚と肩と胸元が目に眩しかった。
おそらくローブが分厚くて保温性が高いので、中はうんと薄着のほうが都合が良いのだろう。
動きやすさと着心地に配慮した結果だろう。あくまでローブの下に着るものなので。
ただ男物の場合、例えばヒルデのローブの中身は黒い長ズボンに、白い立ち襟の開襟シャツという普通の出で立ちだった気がするが。
「ほんとに?あ、羽通し開けていいわよね」
「あー、背中の穴か。うん。いいんじゃないか?開けないとチクチクするんだろ」
「そうなの。開けちゃうわ!」
そしてライラは、背中をむずがゆがってる人みたいな顔をすると、グサッと背中から羽を貫通させた。
ほっと一息つき、エスペルに背中を見せる。
「ちゃんと開いてる?羽は通ってる?」
エスペルは頷いた。
「うん、大丈夫……」
キャミソールの背中に、小さな羽がぴょこんとついている。
その羽を改めて間近で見て、エスペルはなぜだか、噴き出してしまった。
「ちょっと、何笑ってるのよ」
「い、いやほんとリボンみたいだなって」
言いながらなにげなく、その羽を触ってみた。そういえば初めて触った。
とても薄いが、摘んでみるとゴムみたいな弾力があった。虫の羽とはだいぶちがう。
「やだ、くすぐったいわ」
ライラが困った顔をする。
「こんなふにゃふにゃなのに、服に穴を開ける時は固くなるのか、不思議だなあ」
羽を折ったり丸めたりしてみた。手を離すとゆっくり開いて元に戻る。面白い。
「もう、遊ばないでよ!」
「ふふっ、やっぱ可愛いなこれ」
「えっ!?な、なにが?服?」
「いや、この小さい羽」
「っ!!な、なに言って……。そんなわけ、ないじゃなっ……」
エスペルは素朴な疑問といった感じに言う。
「セラフィムはなんで、こんな可愛い羽を醜いとか言うんだろうなあ」
「っ……!!」
ライラの顔が真っ赤になった。
そして押し黙る。
ライラが急に黙ったことに気づいたエスペルが、羽を見ていた顔を上げた。
赤面したライラは、背中をよじって肩越しにこちらを見つめていた。
唇を噛み、目を潤ませて。
腕は自分を抱くように胸の下でクロスされ、縋るように自らのキャミソールをぎゅっと握り締めている。
エスペルはその尋常でない様子にびっくりして、羽から手を離す。
「ら、ライラ?」
「な、なんでもないっ」
ライラはふいっと顔を背けた。
「ごめんライラ、俺なんか悪いこと言ったか?」
「そ、そうじゃなくて……」
間があった。
広い訓練場がしん、と静かになる。
背中を向けたままのライラが、うつむきながらぼそりと言った。
「……ありがと」
「えっ!?なにがだ!?」
「小さいっ……羽、可愛いって……言ってくれて……」
嗚咽まじりの、途切れ途切れの声。
エスペルの胸がどくんと高鳴った。なんだ、そんなことだったのか。
「ああ、うん、本当のことだ。ライラの羽は……、いや羽だけじゃなくて、お前は全部……」
そこから先の言葉は飲み込んでしまった。
ライラはどんな顔をしているんだろう。
エスペルはそっとその肩に手を伸ばして、ライラをこちらに向かせた。
顔を見られたライラが、あわあわとエスペルを見上げた。
その頬は涙で濡れそぼっていた。
「ななっ、だ、だめっ」
不意打ちを食らって慌ててる、無防備な困り顔。
エスペルはさっき飲み込んだ言葉を繋げた。
「全部、可愛い」
言ってしまった。
「っ〜〜〜〜〜〜〜!」
ライラは顔を真っ赤にする
エスペルはライラの腰をぐっと自分の方に抱き寄せた。
ライラが息を飲む。
エスペルは腕の中に、その華奢な体を抱きすくめた。
自らの心臓にライラの頭を押し付け、その髪に己の顔をうずめる。
柔らかく暖かい。
絶対に手放したくない、このぬくもり。
ライラがエスペルの服をキュッと握った。泣きながら震え声を出す
「こんな風に、抱きしめられたことなんて一度も……。私……生きてて……良かった……!」
エスペルは胸を締め付けられる心地がした。
無言でライラを抱きしめ続けた。その細い腰を、白い肩を、柔らかい髪を。
2020年2月29日現在、ブクマ21です。
21名様、ありがとうございます!




