第47話 キリア大聖堂での戦闘(8) 信心
ヒルデはこれで意外に、信心深い男だった。
故にヒルデは実は、今非常に、怒っていた。
聖なる神儀が汚されたことに。
聖なる神殿が破壊されたことに。
実はかなり、立腹していた。
過去に、帝国騎士団が、紛争中だった異教国の神殿や神像を、意図的に破壊したことがあった。
「蛮族に絶望を与えて士気を削ぐ為」に。
魔術師長という立場ながらあまり政治に口出ししないタイプのヒルデだったが、この時ばかりはその計画を立案した宰相のジールに大いに文句を言った。
たとえ異民族の異教神だろうと、たとえ紛争中の相手であろうと……。
それでも相手の、信仰だけは汚すな、と。
それがヒルデの信念だった。
この世には、絶対にやってはならないことがある。
「化け物だからって許されると思うなよ……?」
エスペルに言われて気がついた。
今日、この場所で行うことで絶大な威力を発揮するだろう魔法がある。
豊穣の女神、デメティスの神威を借りるのだ。
ヒルデは手を合わせ目をつぶり、低く厳かな声で詠唱を始める。
「——我が呼ばわるは輝く豊穣のデメティス。種子と穂とあらゆる実りの授け手なり」
ヒルデの体が、輝きだした。
麦穂を思わせる、黄金の光がヒルデの体を中心として周囲に照射される。
「巡る季節の黄昏に、来るべき再生の大地の御為に、全ての者に清浄なるかりそめの死を、与えたもう」
ヒルデの周囲の体感温度が、一挙に下がる。
空気中の水蒸気が氷結し、日光に反射して煌めき始める。
ダイヤモンドダスト現象だ。
詠唱を終えたヒルデは目を開け、両腕を広げ、叫んだ。
「――冬の臥榻!」




