第39話 リョーリ
珍獣園での戦闘後、死霊傀儡はしばらく現れなかった。
その間、エスペルとライラは何をしていたかというと、毎日、トラエスト城に登城し、戦闘訓練などしていた。
ライラはエスペルの魂攻撃に興味を持っていた。その原理の説明に熱心に耳を傾けた。
「大破魂っていう技、あれはすごいと思うわ、正直言って。……そう、目で観察することを意識するの。同じ魂攻撃だけど、少し感覚が違うわね。セラフィムはもっと大雑把、そういえばあまりちゃんと一つ一つの魂構成子をじっくり見てなかったわ」
ライラはぶつくさと言いながら、真剣にイメージトレーニングをしていた。
案外、勉強熱心なたちであるようだ。
狭いアパートでの二人暮らしの方もとりあえず問題なし。
ただヒルデはエスペルに妙な忠告をしてきた。
宮廷魔術師の魔法訓練場で訓練中に、エスペルはヒルデに隅の方に呼ばれた。
「『24時間監視』を命じられたと聞いたが。あの狭いアパートで一緒に暮らしていると」
「ああ、うん。そうだな」
「……変な気は起こすなよ?」
「どういう意味だそれ!?」
ヒルデはエスペルの質問を無視し、畳み掛けた。
「……起こすなよ?」
エスペルはイラっとして答えた。
「起こさねえよ!」
「信用できん」
「なんでだよ!?俺は結構、真面目な男だ……」
「知っている。だから心配なんだ。真面目、実にあいまいな言葉だ。職務に忠実で己の心をコントロールできる男も真面目だろうし、一人の女にのめり込む一途な男だって『真面目』と呼ぶだろう。貴様はどの真面目だ?」
「ご、ごちゃごちゃうっせえなあ……」
頭をかきむしるエスペルに疑わしそうな視線を飛ばし、ヒルデはため息と共に去って行った。
ヒルデの忠告はさておき、二人はとりあえず「真面目に」共同生活をしていた。
ライラはなぜか、料理を始めた。
城の大食堂で二人で向かい合って昼食をとっていた時。
エスペルが注文したオムレツを、ライラはじっと見つめた。自分はバナナを手にしながら。
「それ……そのリョーリって言うやつ、何でできてるの?」
「ああオムレツか?これは、鶏の卵と、鶏の肉と、野菜だな」
「バケモノの卵と、バケモノの肉と、雑草」
「嫌な感じに言うなー!」
ライラはなにやら言いにくそうにしながら、エスペルに尋ねてきた。
「ねえもし……。もし、よ?私がその、リョーリを作ったら、エスペルは食べてくれる……?」
「えっ!?で、でも作ってもライラは食べられないだろ」
びっくりして見つめると、ライラは目をそらしながら、もじもじしている。
「わ、私は別に食べたいわけじゃなくって!その、ちょ、ちょっと作ってみたくなっただけ、リョーリを。でも作った後、捨てちゃうのもなんでしょ!だから、もし作ったら、食べてくれるのかな、って……」
「そりゃあ食べるさ」
「ほんとに!?」
がたん、と音を立ててライラは椅子から立ち上がった。テーブルに手をついて身を乗り出して、
「私がリョーリ作ったら、食べてくれるのエスペル!?」
「た、食べるよ!て言うか声デカイって!」
周りの騎士たちが口笛を吹いてからかってきた。
「おいおい、昼間っから何いちゃついてんだあ、その二人」
「あ、ご、ごめんなさい……」
ライラは気恥ずかしそうに着席した。
「そっか料理してみたいのかライラ。手先器用だもんなー。よし、レシピ本とか調味料とか料理道具とか、買って帰るか」
「う、うん……!」
ライラがぱっと笑顔になる。向日葵の花が咲くような笑顔。だがすぐに心配そうな顔つきになった。
「あ、でも、お金と交換するんでしょ、まだお金はあるの?」
「あるよ!こう見えて高給取りだわ!でも食べられないから味見ができないよな。まあレシピ本どおりに作れば平気なのか」
「それはじゃあ、エスペルが味見係りね」
「はは、分かった、頑張るよ」
※※※
「ラ、ライラ、あんま無理するな!」
エスペルはレシピ本をつかみながら、台所に立つライラが心配で気が気じゃなかった。ライラはぎこちない動きでうなずき、
「だ、大丈夫……」
二人は城での訓練を終えて、帰りに調理道具やレシピ本や材料を買って、アパートに戻って来ていた。
ライラは今、台所で、生肉を手にしていた。その表情は青ざめ冷や汗をたらしがくがく震え、どう見ても大丈夫じゃなさそうだった。
「バケモノの肉……。なんておぞましい感触……。なにこのヌルヌル……。ネトネト……」
「無理なら無理でいいんだぞ!?」
「だだだ、大丈夫よ!やってみせるわ!!」
瞳孔の開いた凄味あふれる無表情で、ライラはだんっと鶏の生肉をまな板の上に置き、包丁を手にした。
すっ、と包丁を振り上げる。
肉を見下ろし、ごくりと唾を飲み込む。
そして意を決したように包丁をまな板に叩き落とした。
真ん中からすっぱり肉を裁断する。その瞬間、ライラはぐっと奥歯をかみ締めた。
肉を断ち切ったままの姿勢で、しばし固まる。
不気味な沈黙が下りる。
空気はぴんと張り詰めていた。
やがてライラは包丁を握り締めたまま、口元に凄惨な笑みを浮かべた。自分の切った肉の断面をじっと見つめ、
「……もう平気。これで吹っ切れたわ。一度切ってしまったら、あとはもう、何度切り刻もうと同じことよっ……!」
エスペルの背筋につと悪寒が走った。
「そ、そんな、初めて人を殺した暗殺者みたいな……!」
そんなこんなで。
この後のライラの動きは完璧だった。
スイッチが入ったかのごとく、完全に職人の手つきで、あっという間にレシピ本通りの完璧なオムレツを完成させた。
エスペルは感動した。
「うめえっ!!これうめえよ、食堂のよりうめえ!!」
そんなエスペルを、ライラはえもいわれぬ優しい眼差しで、幸福そうに見つめていた。
暗殺者の顔は、聖女のそれにになっていた。




