第27話 緊急会議
珍獣園における死霊傀儡との戦闘終了後。
トラエスト宮殿の小会議室にて、緊急会議が行われていた。
宰相および各騎士団の団長が列席している。
先ほどから、青の腕章をつけた第一騎士団すなわち近衛騎士団長と、黒い腕章をつけた第四騎士団長が、言い争いをしていた。
「皇帝陛下のあらせられる帝都キリア内にあんな化け物を誘い込むとは!第四騎士団はどう責任をとるおつもりだ!」
近衛騎士団長のブラーディンが語気を荒げた。金髪にカイゼル髭の伊達男。
第四騎士団長キュディアスは 毅然として応じる。
「お言葉ですが、セラフィム調査の開始は今ここにいる皆さんもご列席の会議で、多数決の末、正式に決まったことですぞ。もともとリスク承知で始めたことじゃあございませんか?」
ブラーディンは音高く起立して反論した。
「私は反対票を投じた!無鉄砲なカブリアの若造なんぞに任せて、それ見たことか、ろくなことになってないではないか!」
キュディアスもドンとテーブルを叩きながら立ち上がった。
「ほお、決死の覚悟で敵地に乗り込んだうちの団員を侮辱なさるか!そいつぁ、聞き捨てなりませんな!」
ジール宰相が、二人を制するように両手を上げた。
「まあまあ!喧嘩はやめてくださいな!」
ジールは柔らかに目を細め、穏やかな笑みを浮かべていた。
妙に若く見える、年齢不詳の中性的な顔立ち。
帝国宰相と言う厳しい肩書きがまるで似合わない人物だった。
細い体を長い白チュニックで包み、ゆるく結んだ長い銀髪は金縁の白布のベールで隠し、灰色の瞳の片側には、片眼鏡をつけている。
長いチュニックは城勤めの文官の正装であり、布ベールは役職付きであることを示している。つまりは制服な訳だが、そのいでたちが非常に似合っていた。
宰相というよりはいっそ、美しい女性神官のような雰囲気。
しかしこれで、この帝国にこの男ありと畏怖される辣腕である。
国の内外から非情な冷血宰相と恐れられ、一方で、庶民からは絶大な人気を集めもしている。
二人の騎士団長は、お互い睨み合いながらも着席した。
ジールが事実の確認をする。
「その化け物、死霊傀儡とやらは、第四騎士団所属のエスペルを追っている、ということですね」
キュディアスは頷いた。
「ええ、そういうことです」
ライラの件については、キュディアスは皆には黙っていた。
「じゃあそのカブリアの若造を、帝都から追い出せばいいんだ!」
ブラーディンが不機嫌そうに言った。ジールが相槌を打つ。
「それも一つの案ですね」
キュディアスは難しい顔をした。
「妙案ですが宰相……それは逆に危険かもしれません」
「どういうことですか?」
「死霊傀儡を倒せるのはエスペルだけだからです。あの男を帝都から遠ざけた後、万一再び帝都に死霊傀儡が出没したら、我々は撃退する力を持ちません」
「なるほど……」
ブラーディンが苛立たしげに発言する。
「埒があかないではないか!」
そこに、がっしりとした大きな図体に坊主頭の第三騎士団長、黄色の腕章を付けたバルトルが口を挟んだ。
「ん?うちの団員の報告によると、エスペルともう一人、死霊傀儡と戦っていた娘がいたという話だが」
ジールがぴくりと反応した。片眼鏡がキラリと光る。
「娘……?」
「ああ、フードを被っていたそうだが……」
キュディアスが焦る。
「あ、ああ、そいつはえーと……」
「私の弟子だ」
急に割り込んで来た若い男の声に、皆がはっと振り向いた。
キュディアスがにやりと笑った。
「宮廷魔術師長殿、遅刻ですぞ」
扉の前に、ヒルデが立っていた。
「の、ノックくらいしたまえ!」
ブラーディンがいきり立つ。
ヒルデはつかつかとテーブルに近づき着席しながら、
「もちろんしましたよ、皆様が白熱してらっしゃるので気付かなかったのであろう」
ジールが問いただす。
「弟子、というのはどういうことですかね?」
「名前はライラ。遠方の知り合いの元で修業させていたのを、呼び戻した。エスペルと同様、私がセラフィムとの戦い方を教えた。先日のカブリア王国調査ではエスペルに同行させた。二人はそこでセラフィムと戦闘し、故に死霊傀儡はエスペルとライラの二人を追っている」
ヒルデのよどみない説明に、とりあえず皆納得したような顔をした。
「さて魔術師としてご意見させていただきますが、死霊傀儡はあの二人を殺すという明確な目的のために作られた使い魔だ。使い魔の性質として、目的以外の戦闘は基本、行わない。つまり手出しをしなければ真っすぐあの二人の元に行くでしょうから、陛下にも臣民にもそれ程の危険はないでしょう」
ブラーディンは首を横に振った。
「楽観的過ぎる!」
ヒルデはその言葉にうなずいた。
「いかにも。絶対に安全とは言えません。ただ行動指針として広く周知させることで被害のリスクは減らせます。大事なのはあの二人以外は死霊傀儡に手出ししてはならない、という点です。騎士だろうととにかく逃げる、逃げの一手のみ。手出ししなけりゃ、攻撃はしてきませんから。……あの二人狙いの死霊傀儡なら」
ブラーディンはイライラと指でテーブルを叩く。
「あの二人以外を狙う死霊傀儡の場合は?例えば皇帝陛下を狙われたらどうする!」
「それこそ逃げるのみ。そしてあの二人に迅速に退治させる」
ブラーディンがちっと舌打ちをした。
「そんな地道な策しかないのか!」
ジールがふうむと思案する。
「確かに地道。しかし、急がば回れとも言いますね」
それと、とヒルデは裾から何やら取り出し、テーブルの上に置いた。
細長いピラミッド型の、水晶のようなオブジェである。
ブラーディンが眉間に皺をよせた。
「なんだねこれは。文鎮か?」
「霊能感知器、とでも呼びましょうか。私は遠方からでもセラフィムの接近を感知する魔具の研究をしてきました。それがようやく完成した。近づくと青く発光する。先ほどの死霊傀儡出現時も、この魔具にて追尾可能でした」
ジール宰相が嬉しそうに手と手を合わせた。
「おお、私が頼んでおいたものですね。セラフィムが襲来した時に備えて、作って欲しいとお願いしていたものです」
「気休めかもしれませんが、人間が死霊傀儡から逃げる際の補助にはなりましょう」
ブラーディンがため息をつく。
「これまた地味な道具だ、逃げるための補助道具とは」
これに対してジールは、
「仕方ありません。セラフィムと闘う手段のない人間には、逃げ伸びる以外できませんから。取り急ぎ、城中に設置し、皇族の方々には常にその霊能感知器をそばに置いていただきましょう」
ヒルデがちょっと皮肉げな流し目でブラーディンを見やった。
「各騎士団の分も用意してありますが、ブラーディン殿には必要ないですかね。感度は落ちますが、携帯用のアクセサリータイプなんてのもありますが」
ブラーディンが顔を赤くして立ち上がり抗議した。
「なっ……!我々は陛下をお守りする近衛騎士団だぞ!いるに決まってるではないか」
「そうですか?ブラーディン殿にはこんな地味な道具はご不要でしょう。こんな地味な道具」
キュディアスがくっくと笑いを堪え、ジールがやれやれと肩をすくめた。
「ほらほら、そんなこと言わない、魔術師長殿。あなたは時々、大人気がない」
キュディアスが笑い声を立てるのを懸命に我慢しながら、
「時々じゃねえだろお……」
ヒルデは口をへの字にしてそっぽを向いた。ブラーディンは憎々しげに拳を握りしめながら着席した。
「ではまあ、他に策もないようですし、魔術師長殿の急がば回れ案を採用いたしましょう。地道に着実に確実に、対処していきましょう!」
ジールはポンと手を打ち、これにて緊急会議は終了した。
第一騎士団=近衛担当 腕章は青
第二騎士団=対外討伐担当 腕章は赤
第三騎士団=警備警察担当 腕章は黄
第四騎士団=特定業務担当 腕章は黒




