第118話 兆し
ルシフェルが、神の果実ゼリアルの蜜で満たされた皿を持ち、神の寝台のそばにかしずいた。
さじで蜜をすくい、神の口元に差し出す。
「神よ、お食事のお時間です。さあ蜜を……」
神はルシフェルの差し出すさじを、ピンク色の瞳でじっと見つめる。白髪の美しい少女は、それに口をつけようとはせず、ルシフェルに問い掛けた。
「さたんは?」
「え?」
「さたん……じゃなきゃ、いや……。かみ、さたんが、いいの……」
「な、何をおっしゃるのです!神がそのようなことをおっしゃられては、なりません!神は全てのセラフィムに対して平等でなければならないのですよ!」
神の顔がくもる。
「きらい……。あなたなんて、きらい」
「なっ……!どうか、ご自覚をお持ち下さい!そんな言葉は、神らしくありません!」
神はふいと顔をそらすと、膝を抱えて背中を丸めた。
「あっち、いって。さたんを、よんで」
「そんな……」
ルシフェルはショックを受けながら、さじと皿を引っ込めた。
※※※
サタンは記憶の間と呼ばれる、図書室にいた。セラフィムの記録が刻まれた極秘文書の宝庫だ。
古代書を読みふける弟に、ルシフェルは声を掛けた。
「サタン……」
サタンは書物から顔を上げる。
「どうした?」
「神が、あなたでなければ嫌だと言うの」
サタンはうれしげに目を細めた。
「はは、困ったお方だな。そんなわがままを?」
「笑い事じゃないわ!こんなのおかしいわ、以前の神とまるで違う!再生前の記憶がないのは仕方ないとしても、遺伝子上は全く同じお方であるはずなのに、全然性格が違っているわ。あの、お優しく心穏やかで清らかだったお方が、再生なさったら、まるで子どものように……」
「無論、まだ子どもだ」
「成熟前だからということ?第三段階、神の成熟を経たらかつての聡明でお優しい神におなりになるの?それとも……」
「それとも?」
その時。
「さたん、ここなの?」
背後から少女の声がしてルシフェルはびくりと肩を揺らした。振り向くと、あどけない少女が、白い服を着た六枚の羽を持つ少女が、裸足で立っていた。
「神様、何故ここに!」
ルシフェルの咎めを無視し、神はサタンに駆け寄った。サタンはその体を抱き上げる。
「やっと、みつけた。はやくきて、さたん。かみ、おなか、すいたの」
肩より上に抱き上げられ、神はサタンの顔をぺたぺたと撫で付ける。
「只今参ります、お待ちください!ではな」
「あっ……待っ……!」
神を抱きかかえ、サタンは行ってしまう。
その姿を見送るルシフェルの心に、ざわざわとした不安がせり上がってきた。
「それとも……サタン、あなたのせいなの……?あなたが神を変えたの?天界開闢の摂理が、壊れ始めているとでも言うの……?」
まさかの一人称「かみ」。迷いましたが「かみ」で行ってみました。
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