追憶7
「これが、私が製造した機体です。動かしてみて下さい」
それが製造中級を取得した者に与えられる個別の工房でのサヤの第一声だった。
製造に必要な品が棚に整然と並ぶ中、模型兵装の素体が中央に鎮座している。
素体は人間で例えると骨と筋肉に相当する。しかし骨という言葉から受ける印象よりは太い。筋肉に相当する部分まで含めての太さだからだろう。
生物と違い、模型兵装は筋肉で動いている訳ではない。縦円と横円を組み合わせた関節部を、念動の魔術で回転させる事で動いている。
下腹部に搭載された魔力抽出機で装手から魔力を供給し、腹部の演算機を経由した後、素体の内外を覆う様に張り巡らされた魔術回路で視覚、聴覚などの感覚機や、各関節へと魔力を送る事で稼働する、というのが基本的な構造だ。
従って素体でも稼働するが、魔術回路を構成する魔力線が傷付いて途切れれば動作不良を起こす。保護の為に装甲が必要になるのは当然だろう。
現在ニフオーン王国では硬質の外部装甲と軟質の内部装甲の二層式が主流となっている。
二層式の利点はもう一つある。内部装甲にも魔術回路を搭載する事で、素体の動作用魔術回路に干渉する事無く、外部装甲で保護される事で他者に悟られず魔術行使が可能なのだ。これは内蔵回路と呼ばれている…が、それは今は余談だろう。
外観的には、人体と比べて下肢が太く、やや前傾気味で、腕が太く長いという、この国の規格に則った一般的な形状をしている。素材もこの国で一般的な石材製。
乗り込んだ状態から動きを模倣させるという特性上、完全に人体を模した形状の方が操り易い筈だが、それでもこの準人型と呼ばれる形状が一般的なのには当然理由がある。
模型兵装を動かす時は、自らの肉体を動かす時と比べるとどうしても一拍遅れてしまう。
勿論、慣れればその遅れは減る。更にはそれを踏まえた上で行動出来るようになっていくが、その遅れが致命的な事態もある。
その一番の懸念が平衡を保つ事だ。
人体は傾いた時、直立を保つ為に倒れそうな方向に咄嗟に足を出して支える。
しかし模型兵装ではその咄嗟が一拍の遅れで間に合わず転倒してしまう。そこまでいかずとも、より大きく態勢を崩す事になってしまう。
そういった事態を防ぐ為に、下肢の比重を高くし安定性を増し、またそれでも態勢が崩れた時に、一拍遅れのとっさの動作でも間に合い、立て直す為に腕で支える事が出来るように、現在の形状になっていったのだと歴史の講義で習った。
なおこれは廉価級と一般級が主な話で、高級以上だと完全人型が多いと聞く。
希少で高額な最適の素材を惜しみ無く投入すれば、一拍の遅れは一瞬の遅れへと近付いていく為、その形状にする必要がなくなるから、らしい。
操縦をたしなむ学園の生徒も、大半が一度は完全人型の機体に挑戦するが、学園で製造される機体や持ち込まれる機体は廉価級や一般級であり、完全人型は無理だという結論に達するらしい。
学園の生徒にとって、完全人型が憧れの対象になるのも必然と言えるだろう。
ちなみに、廉価級は一般的な成人男性の年収と同程度の価値がある。
一般級は廉価級の三倍程、高級に至っては王都の下手な土地家屋より高価で、そもそも購入に王家の承認を必要とするので学園で見かける事はほぼ無いと言える。
かく言う俺も、完全人型の方が良いと思っている。
憧れというよりは、有体に言ってしまえば準人型の形状が人よりも大猩々に近く、格好悪いと思うのであまり好みではないという所だが、それも余談か。
「いやだから動かせないのだが」
「何故動かないのか、どう動かないのか、まずは実際に見てみませんと原因の特定すら出来ないではないですか」
「それもそうか」
「今までの製造科の方々には聞かれなかったのですか?」
「『さぁ乗ってみろ。何、動かない?それはお前が悪い』という対応だったな」
「…本当にここが国一番の学府なのですか…」
「そう言われているな」
「もっと貪欲に、未知の解明、新技術の開発に取り組んでいると思っていました」
「そういうのは卒業後に専門の研究機関に務める奴の仕事なんだろうさ」
「自由度が高い講義構成なのに、勿体ない事です」
「製造科の事は知らないのだがそうなのか?」
「高等部の科目選択時の説明を聞く分には。私はまだ中等生で高等部の科目別講義は受けていませんので実際の所は分かりかねますが」
そんな雑談を交わしながら機体に乗り込み起動させて一通り全身の動作確認を行う。
「簡易起動は問題無い」
「はい。それでは、戦闘起動をお願いします」
指示通りに戦闘起動に移行した直後、激しい振動に見舞われる。全身が震える。歯を食いしばりながら、簡易起動時と同じ動作確認を行おうとする。動いていると言えなくはない、という程度の速度で、痙攣しながら腕が動いていく。
右手の動作確認に至る前に戦闘起動が強制終了され、振動が収まる。全くもっていつも通りだった。
「…と、こんな状態だ」
操縦席から出ながら愚痴を零す様に言う。