追憶6
「何がでしょうか?」
「いや、ひょっとして、俺の事を知らないから請け負ったのかと」
断られるのが当たり前。そうでなくとも難色を示されるだろうと思っていた。
「噂は聞き及んでいます。入学早々に仮想訓練機で最高点を記録し、学園史上最年少で初級操縦資格を得た、と」
「それならその後も知っているだろう。実機になると禄に動かす事も出来ない『期待外れの神童』だと」
「はい。それが不思議だったので引き受ける気になりました」
「不思議、とは?」
「仮想訓練機と実機、具体的に何が違うかはご存じですか?」
言われてふと考える。仮想訓練機は初級操縦資格を得ると触る機会がほぼ無くなる。
装手を志す者にとって目標はあくまで実機であり、途中経過である仮想訓練機は意識の対象にはならないのだ。勿論、製造に関わる者は仮想訓練機にも詳しいのだろうが。
「動かす先が本物か架空かの違い以外にあるのか?」
俺の認識は精々その程度だ。
「その認識で間違いはありません。勿論、仮想空間構築の為に演算機が大型であったり、内部が実機とは異なったりはしますが、基本的な構造、構成、素材等に違いは無いのです。つまり問題はその先、実機そのものにある、と考えています」
「それだと、結局俺には実機は動かせないという事にならないか」
「現行機はそうかも知れません。しかしだからこそ、動かせる機体を提供する。それが製造に携わる者としての務めであると考えます」
「ふむ…誉め言葉だが、君は変わっているな」
俺の言葉に、軽く首を傾げる。
「そうでしょうか?」
俺は頷きながらそう思った根拠を述べる。
「他の製造科の生徒でそこまで考えてくれた者は居なかったからな」
「ですから不思議だと申しました。仮想訓練機で優秀な成績を修めた方なら実機でも優秀な成績を修められます。問題を一つ解決するだけで最優秀に成れる装手を貶める事態が私には理解出来ません」
「お、おう。結構辛辣だな」
「装手の能力を発揮する機体も造れない己の未熟を、装手に責任転嫁しているとしか思えません。『そこまで考えてくれた者は居なかった』とおっしゃいましたが、少し考えただけで原因の見当が付くのですから、さらに踏み込めば問題の解決も不可能ではないと考えています」
「まだ順位戦に参加していないからの余裕、というところかな」
それまで黙って立ち合って居た主任教師が、苦笑しながら口を挟んだ。
「学生の成績と得点は、順位戦に多くの影響を受けるからな。製造科の生徒は勝敗に直接関われないからこそ、自らが製造した機体を未熟な装手に預けて敗北されたくはないのだ」
ちなみに得点とは、学内限定で使用出来る通貨の様なもので、学生の日々の生活の質はこれで決まると言っても過言ではない。
生活の質だけでなく、模型兵装の素材や装備の質も変わる。
「順位戦では機体の持込みも許可されていると伺っています。最初に他者より良い機体を準備出来れば戦いに有利でしょう。そして勝利し良い成績を修めればより良い機体を準備出来ます。一方、勝てなかった方は現状維持か、修理に得点を使わねばならず、機体の格を落とさねばならなくなり、差は開く一方となるでしょう。それは如何なものかと思うのですが」
どうやらこの後輩は学園の方針に不満があるらしい。
「それの何が問題なんだ?」
主任教師が聞き返す。
「先輩のように優秀でありながら特殊な事情で本領を発揮出来ない方を切り捨てるやり方が正しいのか、と考えています」
「この生徒はこう見えて座学の成績は優秀でな」
主任教師の言葉に今度は俺が苦笑いを浮かべる。
「…こう見えては要らないと思いますが」
「こほん。故に中等部卒業まで特待生で居られた訳だが。初等部1年で初級操縦資格を得てから中等部卒業まで6年あった。決して短くは無い期間だ。その間に己の価値を示せなかった者にまで学園の…国の財を使う理由は無い。我々の使命は国に貢献する人材を育成する事だ。それがどんな形であっても。最初に良い機体を準備出来る者は金銭的な面で貢献出来ているという事だ」
主任教師は一つため息をついて続ける。
「金銭面での貢献が無くとも、操縦であれ製造であれ高い技術を有する者は将来国への貢献が期待される。貢献出来る者と出来ない者、どちらを優遇するかは言わずとも分かるだろう。それでも学園に残りたいなら学費を払えば良い。経済的な事情でそれが無理だろう事は承知しているがね」
確かに主任教師の言う通りではあるのだ。今俺がここに居るのは俺の我儘でしかない。
「…理解はしました。納得は出来ませんが」
何故か俺自身より不満そうなこの後輩が、恐らくは気のせいだろうが何だか俺の為に怒ってくれている様で、少し気分が良い。
「ならば結果を出せば良い。君の機体でな」
主任教師が投げやりに答える。
「わかりました。では、早速ですが先輩の状況を知る為に調査したいと思います。先生、これにて失礼致します。見届け、ありがとうございました」
「お、おう」
俺は、後輩の勢いに呑まれてただ頷きながら教室を後にしたのだった。