追憶4
「…問題になるなら別に言わなくても良いですよ」
本当は聞きたいが、口から出るのは正反対の言葉。この老人は俺がそう言っても結局は教えてくれるのだろう、という甘えた考えもある自分に嫌悪感を抱く。
「ほっほっほっ。素直じゃないのぅ…なに、儂は来月此処を辞して故郷に帰るでな。仮に問題になっても責任を問われる頃には儂はもう居らんのじゃ」
初耳だったから驚く。そして次に感じるのは寂しさ。これからどうすればいいのかという迷い。そして自分もここを去る可能性が高い事に思い至り何を焦るのかと自嘲する。
「…そうなのですか」
「ほっほっほっ。儂ももう歳じゃからのぅ。故郷のクィス・ユーで孫の世話をしながら隠居生活じゃ」
「確か、息子さんのお嬢さんでしたっけ?」
「うむ。可愛い孫娘じゃよ。さてケイルム。故に、これが儂からお主への最後の助言じゃ」
「はい」
「つい先日、初等部卒業予定のとある学生が中級製造資格の取得申請を行った」
「はい?」
随分簡単に言われたが、それが事実なら相当だ。
中級製造資格取得審査は、廉価級とは言え模型兵装の製造が条件な筈だからだ。
「儂も少し見せて貰ったが、合格は間違い無かろうて」
製造に関しては標準的な成績の者が中等部1年で初級資格、高等部1年で中級資格を得ると言われている。
それを中等部入学前に得るというのは、余程の天才か、幼い頃から教育を受けていたか、だろう。
後者であるならば、それが許される立場の者は限られる。大商会の御曹司か高位貴族か。
ちなみに、操縦資格は一般的な成績だと1年早く、初級は初等部3年、中級が中等部3年で取得出来ると言われている。
「天才か優秀な貴族か知りませんが、そんな逸材が落ちこぼれの俺に機体を作ってくれますかね?」
「以前話をした際にな、お主の話題が出たのじゃよ」
「ほぉ…碌な話ではなさそうですが」
「お主に興味を持ったようじゃぞ?」
「それはまた酔狂な」
「入学式が終わったら主任教師に面会予約を取るのじゃぞ」
「分かりました。最後まで足掻く事にします」
「ほっほっほ。では主任教師には儂から伝えておくでな」
「よろしくお願いします。それで、先生」
俺は姿勢を正して先生に向き合い、頭を下げる。
「何じゃ。改まって」
「今までのご指導ご鞭撻の程、感謝しております。ありがとうございました。どうぞ息災で」
今学期の講義は既に終了していて、卒業までの期間、生徒は学園には来ない。もうこの老人と会う機会は無くなってしまう。だから、心を込めて礼を言いたかった。
「ほっほっほっ。お主もな。大丈夫じゃ。必ずお主と合う機体は見つかる。故郷までお主の名前が響く日を楽しみにしておるぞ」
「余計な重圧を掛ける辺りが先生らしいですね。期待しないで待っていて下さい」
そうして俺は恩師と呼べる教師と別れた。