第1章 終幕
この事件は、慣れていない者が高級に乗った事による殻割れの珍しい事例として処理された。
大筋においては間違いではないと思うが、あの悪意について全く触れていないのは何故かと考えてから、あれに直接接したのは俺だけであった事に気付く。
つまり俺が説明しなければならないのだが、自分が理解できていない事を他人に説明できる筈がない。
主任教師も何かしら考えがあるらしく国にそれ以上の報告はしなかった。
俺が振るったあの力についても黙っていてくれている。
原因は白い機体の方にあると思ったのか。古代機なら何があっても不思議ではないから。
その、結局最後まで装手の姿を見せなかった白い機体は色々知っていそうだったが、俺がカーム・アーセイルを切り離して黒い物体を焼き尽くしたのを見届けたらすぐに去ってしまった。闘技場を飛び越えて。
『世の中には知らない方が幸せな事もある。あれはその類だから忘れろ』
とだけ言い残して。
あの巨大な力について教えてくれたのも彼女なのだろうから、それについても聞きたかったのだが。
そしてサヤはある意味予想通りに観客席に居た。最前列で事態の推移を見物していたそうだ。
後にあの力について尋ねられたが、俺自身が分かっている訳ではなく、あの白い機体が何かしたらしい、くらいしか言えないので明確に答えられず、それを察したのかそれだけだった。
ちなみに事件の後、あの力はその片鱗すら感じ取れていない。
だが不思議と焦りはない。
あれは、大きすぎる。
普通の装手として生きていくなら必要ないものだ。
自分でも不思議な程、あの力に興味はあれど執着は湧かない。
あるいは簡単に扱えすぎたからかも知れない。
婆さんの教えの中にもあった。
『金と力は苦労の末に手に入れろ。さもなくば軽く、脆い』
要約すればこんなところか。正にあの力が該当する事例だろう。後もう一つ。
『美味い話には大抵裏がある。簡単に飛び付かないで全体を見渡して、利点欠点を見極めてから動け』
というのもあって、これにもやや引っ掛かっているから慎重になっているのかも知れない。
その他、事件絡みで特筆すべきは、カーム・アーセイルが学園を去る事になった事か。
カーム・アーセイルが主任教師に呼び出されてから少し後に、俺も主任教師に呼び出されたのだ。
何かと思ったら、主任教師立ち会いの元で謝りたいとカーム・アーセイルから申し出があったとの事。
出向いた先には少しやつれた、だがすっきりした顔の奴が居て、少ししたらサヤが来て、警戒する俺達を余所に。
「ふ、ふんっ…けじめはけじめだ。今後一切、きさ…お前達には近付かないと約束してやらんこともない」
と、視線を斜め上に固定し、やや頬を赤らめながら言うカーム・アーセイルに、俺達は何が起こっているのか把握できず揃って茫然としてしまった。
「カーム・アーセイル」
主任教師に溜息と共に名前を呼ばれて、肩を震わせた後に少し固まってから。
「済まなかった!」
勢い良く立ち上がって頭を深々と下げ、上げる様子もない。
どう反応すればいいかわからず困惑してカーム・アーセイルのつむじを見ている俺達。
硬直した空気を主任教師が再びの溜息で破る。
「だそうだが、君達はどうする?…まぁ、君達の許しの是非に関係なく、カーム・アーセイルが今後君達に何かする心配はないと思うが」
「や、あの、他人に頭を下げられたままなんて経験がないので、どうしたらいいか」
隣でサヤがほんの僅か笑った気配。
俺が慌てるのがそんなにおかしいか。
「許します。ですからどうか頭を上げて下さい、アーセイル先輩。それで、どういう事なのでしょう?」
サヤが居てくれて助かった。俺だけだったら会話がここまで円滑に進まなかっただろう。
それでよくやく頭を上げたカーム・アーセイルの話を要約すると、いや冗談ではなく。
『カーム・アーセイル。正直な話、あの時何が起こっていたのか私には理解できていないのだが…貴様が学園と来賓の多くの貴族をこれだけ混乱させたという事実は覆らない。それは分かるな?』
『はい。今まで犯してきた罪と併せて、償いをしたいと思います。あるいは、退学というなら受け入れます』
『あの事件から随分変わったな』
『そうですね。あの謎の黒い物体は私の中の悪いものの塊だったのかも知れません』
という流れで決まったらしい。
現在の落ち着いた様子、後は俺が伝えたあの悪意の干渉を考慮してか、追放ではなく自主退学という扱いになるとか。貴族の外聞としてはその差は大きいのだろう。想像しか出来ないが。
カーム・アーセイルは故郷のクィス・ユーに戻って父親と向き合い、地元の学園でやり直すとの事。
既に許した俺達は、それがカーム・アーセイルにとってより良い道であるよう願うばかりだ。
「それで、一応君達にも尋ねるがクィーツ・ネイの行方は知らないのだな?」
そう、カーム・アーセイルの評判を落としていた一番の原因であるクィーツ・ネイだが、現在行方不明となっている。
事件の最中は他の者と共に行動していたという証言が取れていて、黒い物体の犠牲になったという訳ではないらしいが。
その後、慌てて荷物をまとめている姿も目撃されている。
元々無罪ではないが、行方不明のままだと他の様々な余罪を押し付けられ、それこそ追放処分にされかねない。
主任教師はそれを心配しているようだったが、話を統合すると、逃げたな、としか思えない。こっちはそこまで思うところもない。そうですか、それで話は終わった。
そうしてカーム・アーセイルと、サヤと揃って面談室から出ると、ワーム・コウが待っていた。
「従者として主人の暴走を止めなかった責任とか…まぁ、色々あったけど、逆に言えばそれくらい長い間共にあったからねぇ。困ったご主人様だけど、解決の糸口ももらった事だし、もう少し頑張って一緒してもいいかなと」
そして軽く笑って。
「僕くらいは着いててあげないと、寂しがるしね」
と続ける。
「誰が寂しがっているだと?貴様のような鬱陶しい従者につきまとわれる私の身にもなってみろというのだ」
それまで黙って聞いていたカーム・アーセイルが軽く返していて、互いに関係も変わってきているだろう事が伺えた。
あの件で消えたマートゥ・ルオワーヌは他に同型が2機、クィス・ユーからこのフォーン・シユーに持ち込まれている。
そして来月の式典で大々的に公表するつもりだったが暴走の原因かもしれないとの事で急きょ取り止め、ただしその性能と費用対効果の高さは素晴らしく、今後は国が研究をかなりの高額で買い上げ、続行させていく事になったとか。
うまくいけば父上の念願だった陞爵も、とカーム・アーセイルは語る。
記憶を覗いた俺は既にある程度の事情は知っている。主任教師が色々と言っていた部分で、確かに簡単ではなかった。
初代国王が足掛諸島に点在していた遺跡からアーム・アーティラスを発見、起動に成功した時、その周囲に配置されていた眷属機の起動に成功した4人、そして軍師として建国への道を整えた1人が侯爵位を賜った。
アーセイル家はその一家としてクィス・ユーの統治を任されたとだという。
しかし国王が本拠と定めた、中心となったフォーン・シユーからは最も遠く、起伏に富むクィス・ユーの完全な把握、統治は難しく、40年前はまだ完了していなかった。
その隙を突いて、恐らくはシーイナ皇国と思われるが証拠の無い謎の軍隊が電撃的に侵略。
先ず深夜、転移門を護る部隊を襲撃。
連絡を許さぬ速度、隠密性で沈黙させて占拠。
同時に島のまだ目が届いていない各地から上陸、重要施設も襲撃、占拠。
国が知らぬ間に、夜明けにはクィス・ユーは他国の手に落ちていた。
この時にアーセイル家の直系は、当時10歳でこの学園寮に住み込んでいた男子一人…カーム・アーセイルの父…を遺して全滅。
その後、謎の軍隊は何故か占拠までの勢いと練度を失い、各地で起こった反抗に圧され、船でどこかへと逃げ帰っていったそうだ。
結果としてクィス・ユーは他国の手からは守られたものの、戦後処理は混迷を極めた。
まだ幼い嫡男しか血族が残っておらず、その子もクィス・ユーとフォーン・シユーの往復で暫く音頭を取る者が居なかった事や、後釜を狙う貴族達の暗躍もあったらしい。
侵攻を許し、占領寸前まで追い詰められた家の責を問われ爵位剥奪となる寸前で、嫡男が初代国王から賜り、受け継がれてきた古代眷属機、タージカールアの起動に成功した。
国の最高戦力のうち一機を無下に扱う訳にもいかず、かといって他の貴族達の手前、何の処分も無しともいかず。
結果、実権は変わらないが、名目上として伯爵位への降爵で話がまとまった。
そうした事情から、現アーセイル伯爵はその出だしから苦難の連続で、中々家庭を省みる時間が取れなかった、というのが今回に繋がるらしい。
アーセイル伯爵が陞爵にこだわるのもわからなくはない。幼くして家を継がなければならなくなった挙げ句、自分が直接関わった訳でもない理由で降爵なのだから。
それに、領地の民の生活を思いやれる立派な人物である事は間違いない。
だから、アーセイル家のこれからに幸あらん事を願う。
さしあたっては目の前の、別れを控えた同期生達の健勝と活躍を。
「頑張れ」
「あぁ、ありがとう」
事務手続きがあるという二人とはそこで別れた。
俺は事件と関わりはないが一番近くで巻き込まれたという関係上で、後始末の余波…主に証言など…を被る事となり、多忙な日々が続いていて、サヤと話す時間が取れなかったのだが、この呼び出しは丁度良かった。
教室に戻る道すがらで用件を伝える。
「済まない。借りていた御守りだが、いつの間にか壊れてしまっていた」
そう、事件の後、機体から出た時に服の中で粉々になっていたのだ。
多分だが、盾ごと吹き飛ばされた時、砕けた音がそれだったんじゃないかと思っている。
「謝る必要はありません。以前申し上げた通り、気休めの安物です。ですが…そうですか。それでは、その御守りはきっと役目を果たしたのでしょう。また適当な品を見繕っておきます」
それで、今回の順位戦が終わったから縁が切れる事も考慮に入れていた俺は、また御守りをくれる…まだ縁が続くとわかって、ずっと思っていた疑問を聞いた。
「どうして、そこまでしてくれるんだ」
「どうしても何も、私達は家族ですから」
と、何でもないように俺の理解を超える
返答が返ってくる。
「どういう事だ?」
サヤが少しだけ悪戯っぽい微笑みを浮かべて言う。
「一度も聞かれなかったので言いませんでしたが、私は公式にはサヤ・ノーマラルと申します。入院した時期は先輩とほぼ入れ違いでしたから先輩はご存知ないでしょうが、私は院長からよくお話を伺っていたので先輩の事は最初から知っていましたよ。本当の意味で最初の生徒だと」
「そうだったのか…」
「御守りを渡した時も、家族に贈ると申し上げたはずですが」
それで納得した。
あれからも共に居る事は多い。
そのおかげか最近、少しこの後輩の心の機微がわかるようになった気がする。
どうやら何か悩んでいるらしい。
だが尋ねてもはぐらかされてしまうのが目下の悩みと言えるだろう。
そんな俺の目をごまかすためか、陶磁器製を造って持って来てくれたりもした。
乗ってはみたが、木製とは比べ物にならないの反応の悪さ、鈍重さに耐えられなかった。
最初に動かしたのがこれだったら、これこそが模型兵装だと納得したのだろう。
しかし、木製の軽さ早さから入って、それに馴染んだ俺には不満ばかりだった。
ただ、今回の件で分不相応な機体に乗る危険性も嫌という程理解したので、現状以上を求める気にはならないが、カーム・アーセイルが廉価級を嫌がった気持ちも少し理解できたのだった。
とにかく、波乱含みではあったものの、こうして俺の高等部生活は幕を上げたのだった。
第一章 終
「…伯爵家じゃあ、こんなものか。もっと規模を大きくするなら侯爵家か、いっそ王家か…でも収穫もあったし、これはこれで良しとして。さて、次の仕込みはどう転がるかな?」




