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模型兵装  作者: 存在 竹刀
高等部入学
46/47

順位戦 決勝戦後5

 こうして触れていると、この黒い物体がどんなものなのかわかってくる。

 これは確かにこの世界の異物だ。万物の源である輝きを、食っている。

 だから黒いのか、もしくは他の理由か、そこまでは分からないが。


 今この輝きが黒い物体を蒸発させているのは、純粋に向こうの処理能力を越えているからだ。

 実際、1割から2割くらいは焼く前に食われている。


 巨人の形をしている黒い物体の中に突き込んだ右腕部にカーム・アーセイルという存在を掴んだという感触。

 だが、同化が進んでいるのか引っ張り出そうとしても出てこない。

 これ以上無理に引っ張ると千切れてしまいそうだ。

 もっと芯に近い所から切り離す必要があるようだ。

 それに半端に残して、雑草のようにまた増えても困る。

 これは根本から消滅させなければならない。


 黒い巨人もやられっ放しになるつもりはないようで、俺の機体を抱き締めるように両腕で抑えつけにくる。

 いや、少しずつめり込まされている。取り込みにかかったらしい。

 自殺行為に感じられるが…人間に置き換えると、火傷するほど熱い飯を食っているのかもしれない。黒い物体の行動基準なぞしらんが。

 ただもっと深くに行きたかった俺には好都合ではある。

 抵抗せずに、最低限身を守る輝きだけまとって飲み込まれていく。

 もちろん、俺もただ飲み込まれた訳ではない。掴んでいたカーム・アーセイルの存在に同調し、その精神の中に自らの精神を送り込んでいた。

 何故とかどうやってとかは俺自身良く分からない。

 ただ出来るから実行した。それだけだ。

 そうして俺はカーム・アーセイルの心の中に入っていった。


 反響を繰り返して元がどうだったのかもわからなくなった音が延々と響き渡っている。

 暗闇だが、俺自身が光輝いている状態であるため、明かりには困らない。

 ふと思い立って、力を入れたり集中したり念じたりしてみる。

 結果この光の加減を操作出来たので、前方にまとめて細く長く照らしてみる。

 まっすぐ下に続く、直径が15歩ほどの筒状の真中をゆっくりと降りていく。


 明かりに照らされて映し出されるのは、恐らくカーム・アーセイルの記憶。

 見ていると、まるで自分も同じ体験をしたかのようにその時カーム・アーセイルが感じたであろう感情が沸き上がってくる。

 ワーム・コウから大雑把に聞いていた内容の細部が補強されていく。


 しかし、ところどころ虫食いのように剥がれ落ちて見えない。

 そしてそこから黒い物体がじわじわと染み出ている。

 最初は忘れてしまった部分かと思ったが、前後の内容から判断すると特定の人物に関わる記憶のようだ。

 どこか病的な印象のある女性と、精悍な男性。

 この二人がカーム・アーセイルの両親なのはすぐに分かった。

 とはいえ欠けている事を踏まえても、父親に関する記憶は驚く程少ない。

 更に気になるのは、カーム・アーセイル自身の幼少期に関わる特定の記憶も剥がされているようだ。

 こちらからは黒い物体は出ていない。ただ欠けている状態だ。


 この要所が欠けている記憶を見ていると、確かに以前聞いたままではある。

 しかし、この欠け方にはどこか意図的なものを感じる。

 カーム・アーセイルが、己が孤独だと、相手にされていないと思い込むように。

 そんな悪意が見える。

 

 壁に映し出される記憶を確認しながら降りていくと、底が見えてきた。

 ここまで来ると、反響していた音もはっきりしてくる。

 子供の泣き声だ。

 底には外で嫌という程見た黒い粘性物体が満ちていた。泣いている子供の胸くらいまである。

 このまま降り続けていくと俺もあれに浸かる事になる。

 それは少し遠慮したいと思ったら、降りるのが止まり浮いている状態になった。

 そこで改めて、体を巡る輝きを強めると蒸発音と共に嵩が減り、やがて底が見えるようになる。


 そこには大小様々な剥がされた記憶のかけらが転がっている。

 ふとかけらを一つ拾う。

 それは、父親が妻と幼子を抱きしめながら絞り出すように語りかけている光景。


「必ず、お前たちが安全に暮らせる領地にするから、それまで寂しい思いをさせるが、待っていてくれるか」


 そしてそれに元気良く答える幼子。


「分かりました。待っています、父上!」


 降りてくる途中に見た記憶の中に、父親が振り返る事なく妻と幼子を置いて去っていくものがあり、カーム・アーセイルはそれに怒りの感情を抱いていたようだ。

 だが、この記憶が剥がれておらず、手前にあったなら受ける印象は全く違うものとなる。

 他の記憶のかけらも大雑把に確認する。

 予想通り、似たようなものばかりだ。


 この黒い物体は精神の中において、記憶の一部を思い出せないように出来るのだろう。

 黒い物体は剥がされた場所から湧いていて、再び底に溜まり出している。

 そのせいで総量の確認が出来ていないのだが、どうも壁から剥がれている分より、底に落ちているかけらの方が少なく感じる。気のせいかも知れないし、溶かされて消えてしまったのかもしれないが。


 光を弱めるとまた嵩が増していき、記憶のかけらを呑み込んでいく。尽きる様子がない。

 俺が持ち込んだこの輝きは膨大だが無尽蔵という訳ではない。

 また、この場ではあの巨大な力との接続が切れているのか、存在を感じる事ができず、もう一度力を持って来る事は出来ないようだ。


 黒い粘性物体が増える速度からいってそんな時間はなさそうだし、何度もこんな、強引に他人の精神に入る事を繰り返すのも互いに良くはないだろう。

 なので無駄遣いは出来ない。確実に元凶を見つけ出し、それを潰さなければ。


 カーム・アーセイルを幼くした外見の子供が俺に助けを求めるように両手を伸ばしてくる。

 俺がその子供を抱き上げると、泣くのを止めて俺にしがみついてくる。

 心象であって、本来は同い年の男だという事実から必死で目を逸らしながら、とりあえず目に付いたかけらをもとあった壁まで持っていき嵌め込む。


 僅かに光り、自動的に修復され、黒い物体の流出が止まる。

 つまり、この黒い物体は負の想念、その具現という事か。

 記憶が正されればこれ以上増えはしないのだろう。

 何故そんなものが現実に出てきたのか予想は出来る。


 魔力の源たる殻が破れてしまったのだろう。

 それで自己と世界の境界がなくなり、心の闇が現実となった。

 もちろん、それだけが原因ではないだろう。もっと明確な悪意が感じられる。

 それが何かは知る由もないのだが。


 しかし子供を抱えたまま、記憶のかけらを全て元に戻し、その間も増え続ける黒い物体を焼却し、カーム・アーセイルの精神世界から脱出する…輝きが足りるかどうか。

 いや、待て。今自分で考えた中におかしな部分があったような。


 だが悠長に考えている暇がないのもまた事実。

 違和感を抱えたままではあったが作業を進め、底にあったかけらは全て修復した。

 幸い、黒い物体が滲み出る記憶は全て修復できた。

 残った黒い物体も全て焼き払った。

 後はこの子供を連れて出れば作戦終了だろう。

 俺が持ち込んだ輝きはもうほぼ残っていないが、黒い物体を残らず焼き払ったのだから問題は無いだろう。


 外にでるために上昇し続けている最中、カーム・アーセイルの欠けたままの壁が目に入る。

 しかし底に無かった以上、俺にはこれ以上の事は出来ない。

 そこまで責任も持てない。

 幼い頃の記憶ばかりだからそこまで深刻な影響はないと信じたい。

 幼い頃の記憶が全く無い俺でも何とか生きているのだ。

 きっと、どうにかなる。


 ちょうど半分くらいの位置まで浮かび上がったところでふと思った。

 そう言えば、欠けた記憶の多くは今抱えている子供と同じくらいだな、と俺にしがみついている子供を見る。

 その時、違和感の正体に気付いた。

 カーム・アーセイルの精神に入り込んでカーム・アーセイルに出会うのか?

 この壁、空間、この場全てがカーム・アーセイルなのだ。精神に入り込むとはそういう事だ。


 では、このカーム・アーセイルの幼い頃の姿をしたものは何だ。

 決まっている。

 俺と同じ、カーム・アーセイルにとっての異物。

 そんなものは一つしかあり得ない。

 とっさに振り払おうとするが、それの方が早かった。

 記憶の皮を破って、一際黒い物体…恐らくは本体が姿を現した。

 本体が俺の上昇を阻む。

 ろくに力が残っていない俺に抗う術はなかった。


 悔しいが、相手の方が一枚上手だった。

 俺は自分の体に戻れず、俺の身体は機体ごと溶かされ、俺の精神はカーム・アーセイルの精神の中に囚われ、やはり記憶を弄られ、黒い物体を生み出す苗床として扱われる事になるのか。

 そうなる前にあの白い機体に凍らされて終われるだろうか。


 そんな悲観的な事を考えていたら、上から輝きを秘めた水が一滴、俺の頭の上におちた。

 最初に一掬いした巨大な力ではなく、そこから魔術を通って方向性を与えられた結果としての水。

 恐らく水刃剣に流れ込み、隙間に溜まった分の水が、今落ちてきたのだと思う。

 何故精神世界に落ちてきたかは不明だが、機体も黒い物体の中に完全に入り込んでいたからかもしれない。

 あるいはサヤがどうにかしてくれたのか、そんな気もする。

 とにかく巨大な力の残滓が篭った水、その力が俺に絡みついていた本体を消し飛ばし、出入口となっている地点まて俺を動かしてくれた。


 現実に帰ってきた俺は俺の機体の中に居て、両手部でカーム・アーセイルを抱えていた…服は溶かされたのか全裸だったが、どうでもいい事だろう…

 闘技場の中いっぱいに広がっていた黒い物体は全て凍らされて、粉々に砕かれていた。

 マートゥ・ルオワーヌは溶かされて影も形も無かったらしい。

 カーム・アーセイルがどこか懐かしそうに呟いた。


「あぁそうだ。母上の言葉、思い出した…

『父上を恨むな、幼い頃の衝撃的な過去に囚われてしまった可哀想な人なのだ』だったな…母上、父上を許せるかどうかはまだ分かりませんが理解する努力はしてみますよ…」

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