順位戦 決勝戦後4
勿論カーム・アーセイルの名前でやっている以上、責任は生じている。
また、サヤにしたように感情任せの暴力もあるから無罪放免とはいかないだろうが、どうやら俺は自分で思っていたよりカーム・アーセイルの事が嫌いでは無くなっているらしい。気が付くと何となく、孤児院の弟分達と同じ感覚になっていた。
少なくとも、ここで見捨てたら後悔する程度には。
「アーセイル家は…まあ、色々あるからな」
「色々、ですか」
「そうだ。少なくとも戦いながらする話ではない」
「ごもっとも」
暴れる巨人の攻撃をかわしながら会話を続ける。
「時間も無い、仕方ない。この場に居て適しているのは確かなのだしな…装手殿、私の合図に合わせて足首を凍らせて頂きたい。そして私が正面で相手の気を引くから、ケイルム・ノーマラルは背後から、下半身、可動部を切断してくれ。関節に固体を収納はしないだろうからな。その後、上半身に居ると思われるカーム・アーセイルを何とかする」
『承知した。だが微細な操作が必要だ。少し離れたところで集中させてもらう』
「時間が無い、というのは?」
「今回は、諸事情により貴族の観客が多かった。それがこぞって逃げ出すような異常事態だ。各貴族の護衛の全ては動かないにしても、余剰戦力による討伐隊が組まれでもしたら、またその目で見た、話を聞いた腕に覚えのある学生が乱入してきたら、収拾がつかなくなる。何よりそいつらはカーム・アーセイルを救おうとは考えない。だから、できるだけ素早く終わらせたい。奴は仮にここで無事でも、後が大変だろうがな…」
「了解です、先生」
そして、主任教師が巨人を引き付ける派手な動きで躍り出る。白い機体は下がり、俺は巨人の後ろ側に回り込む。
状況を整理しよう。
黒い液状物体が波立った状態で凍り付いていて、足場は悪い。
左腕部は肩から切り落としているから均衡も崩れがちだし、全身は至るところ罅だらけ。
体力、魔力共に心許ない。
いくら魔力の調子が良いとはいえ、水刃剣を振るうなら後一回が精々だろう。
そうすると膝から順に可動部を潰していくという手段が使えない。
巨人の股関節辺りで切断しないと、その後主任教師の手が届かなくなる。
相手の全長はこちらの四倍。つまり大雑把に考えて、こちらの目線に相手の膝がある。こちらが自分の全長分くらいは跳ばなければ股関節には届かない。
「なかなか、難しいところだな」
思わず愚痴めいた呟きが漏れたのも仕方ないのではないだろうか。
だが一つずつ問題を片付けて成功率を高める事はできる。
足場が悪いのは考えようだ。
波打っているなら逆に段差として利用して高く跳べる可能性がある。
ざっと見て経路を決めておく。恐らく可能。
全身の罅、残り体力魔力、水刃剣一振り。これらは一回跳んで一振りできればそれでいい。
本来なら対象の太さが問題になるだろうが、調子良く魔力を使えている今なら両断もできそうだ。
後は少しでも高く跳ぶために、全身の外部装甲、内部装甲共に外す。
最後に左腕部が無い事による平衡感覚の乱れだが、これは善処するとしか言えない。だが難易度は下がった。行ける。
巨人がやや前のめりに拳を振り下ろし、主任教師の機体がそれを後退して避けながら叫ぶ。
「今だ!」
そして白い機体が両手を地面につける。
装甲の中で魔力光が忙しなく点滅しているのがわかる。
それに伴い巨人の足が凍りついていくのを見届けて、俺が巨人の背中側で跳ぶ。
全力で水刃剣を振りかぶった時。
「いかん、避けろ!」
主任教師の声がした。
そして、急速に近付いてくる巨人の手の平。
いや流石に跳んでいる最中に避けろとか言われても無理だ。
避けるのは無理でも、かなり強引に姿勢を変え、迫り来る手の平の上部、手首の辺りをとっさに斬る。
斬りながら考える。有り得ない。
人体でも模型兵装でもこの位置に腕が来るはずがない、いやそうか。
なまじ相手が人型だから人体と同じ構造だと決めつけていた。
元が不定形なのだから、どんな姿勢だって取れるだろう。
同様に背面に視覚を持っていてもおかしくない。
というか、感覚器とか人間の基準で考えてはいけないのだろう。
完全にこちらの油断だった。
股関節で分断どころの話ではない。
手首の部分で切り落としたのはいいが、残っている慣性はどうしようもない。
切り落とした手の形をした部分が、半ば形を崩しながらこちらに叩き付けられ、押し流す。
ものすごい衝撃。
続いて体の前面に、まるで熱湯でも掛けられたかのような痛み。
だがそれはなけなしの魔力が引き出される感覚と共にすぐに感じなくなる。
淡い魔力光がこちらの全身を覆い、へばりついて溶かそうとする黒い粘性物体と拮抗する。
何とか引き剥がして立ち上がろうと足掻く。
だが元々、体力魔力共に余裕などなく気力だけで持ちこたえていたような状況だ。
出せる魔力も、もう尽きる。
守りの魔力光も、消える。
不幸中の幸いは、魔力と共に感覚共有も切れた事か。
あの溶かされる苦痛を二度味わいたくはない。
起動させる魔力が尽きた模型兵装は単なる物体だ。すぐに黒い粘性物体に溶かされるだろう。
だからあの一撃に全てを賭けたのだが、生憎と負けたらしい。
そういえば婆さんもことあるごとに賭け事の怖さを語っていたな…
だがあれは金を賭ける遊びとしての賭け事の事だったか。
商売として成り立つのは胴元が儲けるからで、その儲けを出しているのは参加者で、つまり参加者が損をするようにできているからやるな、という事だった筈。
まあやれるだけの事はやった、その上での負けなのだから婆さんも怒るまい…
『なぜ、主様はこの程度の男に…』
それは、意識を飛ばしかけた俺の頭の中に直接叩き込まれた。
『貴様は、せっかく主様から受け継いだ資質を、全く、爪の先程も、活かせていない。わたしはそれが悔しくてならない。まさかこのわたしにそんな感情が芽生えるとは思わなかったが…だから、特別に、少しだけ、力の使い方を教えてやる』
そんな意思と共に、突然体の中に巨大な力が生まれた。
いや違う。それは最初からそこにあった。ただ気付かなかっただけで。
そこに意識をこらすとより理解が進む。
それは正確には俺の力ではない。ただ、俺の体内の一部がその巨大な力と繋がっていて、それを介して巨大な力を使う権利を得ている。
ひどく抽象的だが、他に説明のしようが無い。
叩き付けられた意思といい、訳の分からない事態が進んでいるようだった。
しかし今の俺にはこの状況を覆す力がある、その事への歓喜しかなかった。
『ちょうどいい量が出ているようだな。小僧、後は貴様次第だ』
ほんの一掬い、そこから汲み上げる。
それだけで体内を充たし、薄くなった殻を元に戻し、そして収まりきらずに溢れる。溢れる。溢れる。
力の巨大さを見誤っていた。
ほんの一掬いは、滝だった。
俺という存在、その器は精々壷だった。
全身が輝いていた。
魔力の様に、抽出器で無理矢理自分という存在を削って引っ張り出されたものではない。
受け止めきれずに溢れ出た膨大な力が、黒い粘性物体に蝕まれていた機体の隅々に行き渡り、なお溢れる。
先程は淡く輝いて黒い粘性物体を弾くだけだったが、今回は眩く輝いてまとわりつく黒い粘性物体を焼く音と共に消し飛ばす。
再生の術式に流れ込んだ分で全身の罅が直り、軋む音を立てながら切り離した左腕部に新たな腕が生える。
俺が壷だった。模型兵装はさしずめ風呂桶か。当然、滝は受け止めきれない。機体からも溢れる。
白い機体が主任教師の機体を軽々と持ち上げ、一段高い観客席へと飛び上がる。
力の奔流は闘技場を満たして止まった。
巨人は動かせるだけの黒い粘性物体を取り込み、自身を強固に保つ事で対抗している。
暴れまわる余裕はなくなったようで、硬直して動かない。
凍り付いていた分は力に焼かれて消滅したようだ。
…外からだとこれ以上は無理だ。
何となくそう感じた俺は巨人に近寄り、跳び上がってその胸部に右腕部を突き立てた。




