順位戦 決勝戦4
各関節部にできた罅を中心に、最低限動ける程度に再生していく。
その途中で、上手く言葉に出来ないのだが、魔力の調子が良い事に気付く。
普段よりも滑りが良いというか、まとまりが良いというか。
俺の魔力は人並み外れて細かくて、浸透率が高い故か回路内を進む速度が速いと聞いているが、今はまるで抽出された魔力を操作出来ているかのように魔術回路を速やかに無駄なく流れていく。
もちろん、抽出された魔力の流れを変えられる筈はない。
魔力というのは抽出される直前、心に強く描いていた形の通りに流れるものだからだ。
だからたまに巷で話題になる、危機的状況における潜在能力の解放という現象が今起こっているのだろうと自分を納得させる。
正直なところ、不調の理由ならともかく好調の理由に思いを巡らせていられる程の余裕は無いのだ。
試合が終わった後ならぜひ考察したいところではあるが。
とにかく、まだ戦える。そしてあちらはこちらが既に動けないものと油断している。これを利用しない手はない。
幸い、あちらがこちらに辿り着くまで、まだわずかながら時間がある。
あちらの固有能力について考えるなら今の内だ。
まず、通常の外部兵装の属性弾のように目に見えるものではない。
そして目測を誤るのと、場外に飛ばされたのに場内だったという二つの点から、あの機体の方へ引き寄せる効果があると思われる。
それは遠距離まで効果を及ぼすようだが、直接こちらに干渉する類のものでもなさそうだ。
そう考える理由は、接触が無い時にこちらの動きが阻害されたり、不自然に力が加えられた様子がなかったからだ。
不自然な力が掛かったのは、最初に盾で受け流した時。あの妙な浮遊感。
そして盾の不自然な跡と、少し揺らめいて見える全身。
分かってきた。恐らくはあれが引き寄せの力の本質だ。
そして俺の考えが正しかったとしたら、引き寄せの効果は副産物に過ぎない。
真に恐ろしいのは接触時だ。
だがその効果を鑑みるに、常時発動という事も無いだろう。
であるなら、やりようもある。
機体は仰向けに寝転がっている状態だ。
そこから体を丸めながら肩で倒立するような姿勢から、肩部と首部の力で跳ね上がり、同時に体全体を仰け反らせて一気に立ち上がる。
生身でならやった事のある動作だが、模型兵装でこれを成功させたのはこの国では俺くらいではなかろうか。
いや自慢にもなりはしないのだが、対戦相手に健在だと思ってもらうための、云わばはったりだ。
あちらは驚いたのか立ち止まっている。
「ちっ…脆弱だから手足の一本くらいはもげているかと思ったが、存外丈夫なものだ。人の周囲をちょろちょろと、どこまでも目障りな奴に違いはないが…喜べ、評価を蟲並から獣並にまで上げてやろう」
俺を一度捉えた事で余裕を取り戻したのか、いつもの憎まれ口が出てくる。
「一度まぐれ当たりしただけで、それも盾で防がれたのにもう勝った気でいるのか。気が早い、と言うか甘いな。先に言っておく。以降、お前の攻撃は当たらない。既に剣筋は見切ったからな」
なのでこちらも挑発がてら、嫌味たっぷりで返答する。
「盾の上から撫でられただけで場外負け決定の雑魚が、この私とマートゥ・ルオワーヌ相手にほざいたな!」
「やはりお前の仕業だったのか。どんな手段か知らないが、俺を黙らせたければその口ではなく腕を動かす事だな」
まだ固有能力に気付いていないながら警戒する素振りで、奴が一歩踏み出す瞬間に合わせて後ろに下がりたいところだが、既に闘技場の端であるためにその動きは出来ない。
なので二歩程斜め前に動く。
「くっははは。大口を叩いておきながらやる事は逃げか。まぁいいだろう。練習台として精々頑張りたまえ!」
「だからそれは俺を捉えてから言えと言っている。偏差は知っているか?弾が飛ぶ速度と距離から計算して今居る場所より先の位置を狙わないと弾は命中しない」
それなりの速度ではあるが、特に緩急はつけずに一本調子で走る。
奴もこちらの情報の誤認を狙っているのでない限り、分かった事がある。
まだ奴自身が能力に不慣れである事。そうでなければ対戦相手を練習台とは呼ばないだろう。
一本調子で走っているのに未だ命中していないのもその証拠と言えるだろう。
かといってこちらから当たりに行ってやる訳にもいかない。一発勝負なのだ。あちらにも全力を出してもらわねば。
「人を馬鹿にするのもいい加減にしろ、そのくらい知っている!第一、この兵器に速度など関係無い!もういい、貴様の戯言も聞き飽きた。全力でやってやろう!」
そしてもう一つ分かったのは、偏差を考える必要が無いらしい、という事。
それは圧倒的な速度なのか、もしくは俺の仮説通りに、そもそも何かが飛来する類のものではないという事。
とにかく、宣言通りに全力を出してもらうために立ち止まって、今までは渦を描くように少しずつ縮めていた距離を、分かりやすく開ける動きに切り替える。
「そもそもこの私とマートゥ・ルオワーヌから逃げるという行為自体が無駄なのだ。それを身をもって知れぃ!」
その言葉と共に、奴の周囲、そして頭上の空間がたわみ、歪んだ。
俺の予想通りに。
そう、俺が立てた仮説は『あの機体の固有能力は、周囲の空間そのものに干渉する事』だった。
例えば、室内で部屋の反対側に置いてある物をその場から動かずに取らなければならないとしたら。
敷いてある絨毯を手繰ればいいのだ。
絨毯を手繰るように、空間を手繰る。それがあの機体の固有能力。
多分、手繰る事でできる皺に巻き込まれると破損してしまうのだろう。盾がそうであったように。
そしてその皺を別方向…今回は上空に向けて解放する事で循環、帳尻を合わせているのだと思う。そうしなければ手繰ってもそのまま元に戻るだろうから意味がない。
しかし自分で考えておいて何だが、よく思い付いたと思う程度には荒唐無稽だ。
あるいは仮説だと思いながら半ば確信していた気もする。
何だろう。この、夢の中で確信を得て、だが目覚めたら内容は覚えていない時のようなもどかしさ。
いや、今そんな事を悠長に考えている暇は無い。
ともあれ、俺はその瞬間を逃さず、直前から俺は奴に向かって全速力で駆け出していた。
「なにっ!?」
「俺が逃げたり避けたりしかしなかったから、今回もそうだろうなんて考えで、向かってくる事を失念したのがお前の敗因だ」
こちらの全速力に、あちらの引き寄せの力が加わったのだ。
カーム・アーセイルには反応すら出来ない速度になっていたのだろう。
魔力の調子が良いためにいつもより強力な切断力を発揮した水刃剣が、一撃であちらの右肩を切り飛ばした。
そのまま首に剣を添えようとするも、俺自身も速度を制御しきれず通り過ぎてしまったのは、まぁご愛嬌だろう。
どの道、一撃で切り飛ばされた事に衝撃を受けていたカーム・アーセイルは反応しなかったのだが。
とにかく、試合としてはこれで決着だ。
後はこいつの性根を叩き直さなければならない。
そこまでして初めて、俺とサヤは安心して学園生活を営めるようになるのだ。




