順位戦 決勝戦2
カーム・アーセイルの苛立ちは、如実に剣筋の乱れに表れていた。
その他にも、自身の速度を制御し切れていない。
そのお陰でなんとか回避できているとも言える。
既に奴の動きは俺より…いや、そんな段階は軽く突破して、常軌を逸した速さに達している。
貴族や大商人の家の出だったならもう少し縁があったのかも知れないが、生憎ただの孤児だった俺には高級なんて触れる機会は無かった。
だが、それでも今相対しているこの機体が現在発揮している性能がその域に留まってはいないとわかる。
つまり高級どころか英雄級だという事。
装手がカーム・アーセイルでなかったら俺はとうに負けていただろう。
奴がもう少し冷静になって剣術の基本の動きを思い出し実践するだけで対応し切れなくなる。
「大人しく当たれぇ!」
奴が吼える。
速度が更に上がる。
いや、こちらの動きがおかしい。
確実に奴の大剣には当たらないよう動いた筈なのだが掠める。
こちらの動きに問題がある訳ではない。機体は俺が思う通りに動いてくれている。
あちらの速度に目測を謝ったか?
そうじゃない。対応し切れなくなりつつあるといっても、目にも止まらぬ速さとまではいえない。原因は他にある。
そうだ。先程自分で考えたではないか。英雄級なら固有能力があっても不思議ではない。
正直、これ以上に余裕を持って回避などと言える状態ではないのだが、何が起こっているか把握しておかないといけない予感がする。
そう思い、改めて周囲に気を配りながら奴の攻撃を見定める。
「本気は勿体無いとか言っていたが、それで避けられていたら意味が無いな!それとも実は既に本気を出していて、その上で当てられないのか?」
ついでに挑発も忘れず行う。
だが流石に、未だに上がり続ける速度に加えて気にしなければならない、やらなければならない事が多くて捌き切れない。
遂に避けきれなくなって、盾を構える。
剣筋がやや切り上げの軌道だったので上にはね上げるように受け流す。
一瞬、体が持ち上がったかのような浮遊感。
直後、上から押し潰されそうな衝撃。膝関節部から異音。損壊してはいない。裂け目ができたのだろう。それくらいなら再生の術式で直ぐに繋がる。
あちらも息が続かなかったのか、動きが止まる。
目に入った盾の、奴の大剣との接触面とその周辺に違和感。不自然に歪んでいる。
まるで一度握り潰した後、戻そうとした紙のようだ。
普通は一回受け流しただけでこうはならない。明らかに不自然だ。これが固有能力の影響なのか。
ちなみに余談だが、軽微な損傷ならすぐに直せる再生の術式は便利だが、学園では殆ど使われていない。
生物由来の素材にしか使えないから。
そして結構な量の魔力を使って少しの傷が治る程度の効果しかないからだ。
機体完成時を基準として、元となった生物が持っていた治癒力を引き出してそこに戻していく、という原理だそうだ。
だから切断だの破砕だのといった損壊にはとてもじゃないが対応できない。
それはともかく、よく観察して見ると、奴の機体と大剣が妙に揺らめいて見えた。
まるで焚き火の周辺の、向こう側の景色を見た時のように。
盾で受け流した時の異様な浮遊感。
盾に残された不可解な跡。
誤る目測。
そしてこの揺らめき。
謎を解くにはもう一つ位、鍵が欲しいところではある。
「うるさい…!うるさいうるさいうるさい!私がいつ本気を出そうと、貴様ごときに文句を言われる筋合はない!不敬だぞ!」
どうやって話を誘導するかいくつか考えておいたが、その内の一つの言葉が出てきた。ここが正念場だ。
「貴族平民問わず、自分が口にした事すら守れない奴が敬われる筈が無い。まさかそんな事すらも分からないのか?だとしたら学園に通う以前の問題だ。家で一般常識を学んでから出直してこい」
ワーム・コウから聞き出した、奴の家庭事情ならこれでいい筈。
「きっさまぁ!その下らない台詞を垂れ流す薄汚い口を閉じろぉ!」
やり過ぎたのか、怒りのあまりに余計な雑念が抜けたのか、奴の大剣があらゆる無駄を削ぎ落としてこちらに迫る。
型も何もなく、ただこちらに攻撃を当てる、それだけに特化した、奴独自の剣。
避けられない。受け流す時間も無い。盾を軌道上に割り込ませるのが精一杯だった。
全身粉々になったかと思うような衝撃。
そして重さを横向きに感じ、次に二回大きな衝撃。地面に弾かれたのだろう。
その直後急速に世界が回転する。いや違う。混乱している。回っているのは俺だ。
自分が、川に向かって投げられる平石になった気分だ。
脚部を広げて回転を止めたものの、勢いそのものは殺しきれない。少し地面を滑った後にまた浮遊感。
真横に振り抜かれた奴の大剣は、闘技場の中央付近に居たこちらを場外まで飛ばしていた。
何とも情けない結末だと思いながら周囲を見渡して、異常に気付く。
場外に、落ちていない。
「この私をさんざん愚弄してくれたのだ。場外などで簡単に終わらせるものか!」
奴が宣言しながらゆっくりと近付いてくる。
こちらは、全身の関節部が軋みを上げていて立ち上がる事さえままならない。
たった一発、それも盾の上からの一撃でしかないというのに、既に壊れかけだ。
盾も二つに裂かれている。
水刃剣はとっさに庇って無事だが、機体が動かなければ意味はない。
やはり、廉価級で高級だか英雄級だかに勝とうというのは無茶だったか。
心が折れ、緊張の糸も切れた俺の視界が、いや、思考がぼやけて、意識を保っていられなくなっていく。




