閑話3,4 ある伯爵令息の憂鬱&???
閑話3 ある伯爵令息の憂鬱
それは、決勝戦から幾日か前の事。
学園寮でも貴族に連なる者が高い費用を払った場合のみ開放される特別寮の一室。
彼はここ最近、事態が自分の思う通りに進まない事に苛立っていた。
取り寄せた高級で度の強い酒を呷りながら愚痴を溢す。
「畜生、なんでルオグと連絡が取れない。手駒は使えない奴らばかりだし、それにおかしいだろう。最底辺の役立たずが突然頭角を表すとか。あぁ、そもそもあの小娘が大人しく従っていれば…」
確かに最初は中級製造資格を取得した中等部に上がったばかりの女生徒が物珍しかっただけだ。
だがあの厚い眼鏡に隠されていた素顔を暴いた時、美しさに衝撃を受けると共に未だかつて感じた事の無い感情に襲われた。
快感なのか不快なのか、歓喜なのか忌避なのか、あるいはその両方、あるいはその全てなのか。
「可愛がってやろうと思ったが、気が変わったぞ…滅茶苦茶にしてやる…」
その出所が自分なのか他所からなのか、それすらも分からない。
まるで黒い澱が心の奥底にわだかまり、積もってゆくようだ。
この学園に入学した頃から、大小様々な不満や鬱憤が溜まっていたから、そのせいだと思っていた。
故郷では誰もが彼を最優先し持て囃していたが、学園で同じ扱いが受けられなかったからだろうと、冷静な自分が分析する。
やりすぎだと、そんな事をしたい訳ではないのだと言う心の声が、黒い澱で底無し沼のごとく変容した心の奥底に沈んで小さくなり、断末魔の叫びのように一つの情景を残して消えた。
優しかった母の笑顔。
泣いている幼き彼を抱き、あやしながら何か言っている。
思い出せない。なぜあの時泣いていたのかも、母が何を言ったのかも。
思い出すのはそのすぐ後。
母が病に倒れ、そのまま帰らぬ人となってしまった事。そしてその時の父の…
「カーム様。人手の準備が出来ました。後はあなたが決行を宣言するだけです」
「そうか。ではやれ」
取り留めのない考えを断ち切ったその声に半ば反射的に是と答えながら、はてこいつが傍に侍る様になったのはいつ頃だったかと、酔いが回ったのかはっきりしない頭で少しだけ考えたが、すぐにどうでもよくなって忘れてしまう。
視界の隅に何かが見えたような気がしたが、気にする事も無かった。
「父上…私は貴方を…」
閑話4 それは微睡み続ける
『それ』は、長い微睡みから目覚めた。
不意を打たれて深手を負ってしまい、休まざるを得なくなってしまったのだ。
あの時『それら』の敵対者が付近に居ない事は確認してあった。
なのに『それ』は傷付いた。
いや、そんな生易しい表現では追い付かない。
『それ』は粉々に砕け散った。
だから正確には『それ』は分かたれた『それら』の一部でしかない。
『それ』は基本的に敵対者以外は数合わせ程度にしか思っていなかった。
そいつらの中に紛れ込んで敵対者をやり過ごしていながら、今まで全く興味が無かったのだ。
自らの存在を削りながら増幅機を使用して、やっと『それ』を傷つけ得る、ただ数だけ多いそいつらを『それ』は初めて気にした。
そうして改めて観察したそいつらは実に不合理で、非効率で、時に複雑で時に単純で、理解不能で、だからこそ楽しかった。
在り方を変えてもいいと思える程に。
半ば無意識に居心地の良い場所を求めていたのだろうか。休眠した場所から随分移動してしまっているようだった。
『それ』は状況を確認して、なぜ自分が目覚めたのか理解した。
かつて分かたれた、別の『それ』が入ってきた事。
そして敵対者の気配。
随分と弱々しい。
珍しい、と『それ』は考える。
敵対者どもは複数で動き、傷つくとすぐに巣に逃げ込むのか常だからだ。
単体で弱っている状態のものと遭遇するのは初めてで、敵対者の数を減らす千載一遇の好機だった。
今はもう完全に混ざった『それ』も、これ以上増えたら敵対者に気付かれるからここに隠れに来たのだ。
しかし今はまだ『それ』も目覚めたばかりで、少しばかり状態も良くなかった。
無理すればすぐにでも自由にはなれる。
だがそれで消耗しては意味が無い。
けれど状況は時間毎に良くなっている。
『それ』はより良い機会が巡ってくるまで、再び微睡みながら待つ事にした。




