閑話2 ある地方の研究者の成果
前史、ほぼ全ての人と技術と知識が焼き尽くされ失われた、いわゆる『終末』。
現在史との繋がりを示すのは模型兵装くらいだろう。
そして、その模型兵装でさえ全てが明らかにされた訳ではない。
クィス・ユーと呼ばれるこの島は平定された時期も遅く、私も幼かった四十年程前はまだ国の力は島の全てに行き渡ってはいなかった。
その隙を縫うように隣国シーイナ皇国による『静かなる侵略』が起こり、この島は占拠寸前のところまで追い詰められた。
皇国軍の突然の退却で事件は終わったが、この地の民に爪痕を残したのは間違いない。
事件で亡くなった当時のご領主の、私とそう変わらない歳、つまりまだ幼かったご子息も否応なく政治の世界で揉まれる事になり苦労したと、十数年の後に知った。
その頃、私は遺跡から発掘される遺物の高度な技術を現代で再現する研究所で下働きを終え、ようやく一人前と見なされていた。
その研究所に、領主様は自ら訪れて頭を下げた。
「力を貸して欲しい。この地の平和のために。今のままでは駄目だ。意味も解らずただ過去の模倣をしていては」
その言葉に共感を覚えた私は領主様の誘いに乗った。
領主様は他にも様々な所を回って人材を集め、私財を投じて、模型兵装の根本的な解析、強化のための組織を作り上げた。
そして私が配属されたのが、演算機解析班だった。
人間が体を動かす際、そのほぼ全ては無意識下で行われる。
意識できているのはほんの一部に過ぎない。
例えば立った状態から左足を一歩前に出して歩き出す、その時に意識しているのは精々足の事くらいだろう。
しかし、それに伴う身体の動きは実に複雑で難解だ。
腰の僅かな捻り、骨盤の僅かな傾き。
それによる右脚への重心移動を経て初めて左足は前に出る。
その左足も細かく述べると、爪先で地面を押し、膝を少し曲げ、股関節の左側、腿を前に引き上げながら曲げ、再び膝を伸ばし、同時に爪先を上げて地面と擦らないぎりぎりの位置を維持しながら目標地点に向かう、という作業を行っている。
なおこの間、右脚一本で体重を支えるため股関節の右側は左右には動かないように固定しつつも前後には動かしつつ、平衡感覚を働かせ、とっさに動かす余裕を残してあるという状況だ。
更に細かく言うと腹部、上体、指の先まで無意識の内に行動させているのだが、話が終わらなくなるからここまでにしよう。
模型兵装は人体と比べると随分簡略化されてはいるが、それでもその全ての動作を意識下で行う事は不可能だ。
分かりやすく言えば、模型兵装を動かす上でこの無意識下の行動を行ってくれるのが演算機である。
主体とする行動が魔力として入力されると、それに伴う無意識下の行動を一連の動作として出力する。
つまり、演算機が無ければ人間は模型兵装に極単純な行動を取らせるのが精一杯なのだ。
そしてこの演算機こそが、模型兵装の中で最も解析が滞っている部分である。
原理は分かっている。
何をしているかも分かってはいる。
極小の、無数の窪みが整然と並ぶ板に、少しずつ材料や配合が異なる混合物を詰めていき、最後に接着剤で固めて作る。
これに念動の魔力が流れ込み、窪みのどれかと共鳴すると、他の細かい動作を行う念動の術式が別途流れ出す、という仕組みなのだが、どうしてそうなるかが未だに解明できていない。
この窪みの一つ一つに意味があるだけではなく、複数併せるとまた違う意味を持つらしく、一つを削ると全ての動作がおかしくなったり、それ単体で試した時とは全く関係無い箇所に影響が出たりする。
混合物も、順番や配合を間違えると同様に全体が滅茶苦茶になる。
故に現在史が始まって以来およそ千年。
演算機と大型演算機は殆ど手を加えられる事なく、ただ複製され続けてきた。
組み合わせ、未知の素材、配合率まで含めれば試行錯誤の回数は膨大という言葉ですら生ぬるい。
多くの者が多くの時間を費やして情報を積み上げてゆく。
私は集まっていく情報から規則性を見極め、共通点を見つけ出し、やがてそれらが数字を示していて、その数字を前史で使用されていたとされる古代文字に置き換えると意味ある言葉になるという所まで突き止めたのだ。
「素晴らしい。これで追加や削除も思いのままだな」
領主様はこの知らせを事の外喜んだ。
一番地味で、一番人手を使って、それでいて一番効果が分かりづらい、そんな研究だったというのに。
「ここまで解明するのに二十年。事の発端となる事件から考えれば三十年余り。長かったですな」
「いや、ここからだ。早速、従来品から不必要な部分を抜いて試験用の各機で試してくれ」
「わかりました。しかし不必要というのは難しいですな。報告の通り人の無意識に関わる部分なので…あぁ、そういえば一つ、不必要というか不可解な部分がありましたな。防衛反応の一種なのですが、対象が有り得ないのです。例えるなら、二乗したら負の数字になるような」
「算学か、懐かしいな。それはさておき、私が求めたのはそういう無駄を省き、少しでも性能を上げて、先人に劣らぬ…いや、勝る機体を造り、何人からもこの地を護れるようにする事だ。英雄級タージカールアだけでは足りん」
その言葉に従って不必要と思われる部分を削除する。
やはり他の部分との兼用が多く、他の一切に影響はないと確信できるまでにまた数年掛かったが、余計な一切を削り落とした新型演算機が完成した。
従来品がどれだけ魔力を無駄にしていたのか、比べて生産性、反応速度、魔力効率どれをとっても二倍は性能が向上した。
掛かった歳月を鑑みても充分と言える。
こうして、各班が四十年掛けた成果を結集させた機体がまずは三機、完成した。
国王様にお見せするために王都へ送る手筈となっていたが、急に一機は王都の隣、学園都市に居る領主様の坊ちゃんに送る事になった。
それは、王都だけでなく学園都市でも我々の傑作が活躍するという事。
見学者の驚愕が手に取るように想像できる。
楽しみで、年甲斐もなく胸が高まるのだった。




