閑話1 愚者の末路1
呼吸が出来ない。苦しい。
こんな筈ではなかった。
俺は思う。自分の人生はいつからこんなに狂ってしまったのかと。
街中は抜けた。
模型兵装がやっと通れる様な細い裏道を、思い付く限り複雑な経路を辿って来たのだ。
相手は動いていなかった。
追い付く筈が無い。
この仕事を引き受けたから?
仕方無いではないか。伯爵領で役職付き騎士になる為に必要だと言われたら。
名前や姿をある程度変える必要があるそうだが、それ位は致し方あるまい。
当初の予定では、街で雇ったごろつき達と共に学園に侵入してとある女生徒を連れ出し、街の反対側の受け渡し場所で引き渡す事になっていたが、それどころではなくなってしまった。
大回りして学園側に戻り、裏山の森に身を潜めた。
職を失った事か?
いや、いずれは辞めるつもりだった。予定からそう外れている訳じゃない。
それに田舎なのは不満があるが、より上の立場になれるのだ。我慢してやろう。
理由が、機密漏洩、不法侵入からの器物破損?
馬鹿にしやがって。俺は入っていない。当然壊す事だって出来る筈がない。
つまり俺の罪とやらは機密漏洩だけ。
それだって、教える立場として教わる立場からの要請に応えただけ。
つまり俺が贖うべき罪など無い。
だと言うのに逮捕されないだけありがたく思えと、上からの発言に怒りを抑える方が大変だった。
第一段階、決勝戦前日の深夜。
ごろつき達の一部を使って、学園のすぐ外で騒ぎを起こさせ、警備の眼をそちらに引き付ける。
第二段階、流石に警備の者達全員がそちらに向かう筈はないから残った者達を素早く殲滅。
俺の鬱憤晴らしを兼ねた実力披露の相手になってもらった。
第三段階、都合の良い事に対象は工房地帯の外れの方で泊まり込むらしい。
無駄な人目が無いのが実に都合良い。
更に都合良かったのが、俺達が詰所に押し入る直前に一人、注意喚起のためにそこに向かっていた事だ。
模型兵装で静かに後を追うと、居残り作業を行っている生徒達に『ちょっと学園のすぐ外で酔っ払いが暴れているのでその辺りは通らないように』と伝え歩いているのがわかった。
その間に先回りし、目立たないところで模型兵装から降り、対象と接触するのを待つ。
対象が居る工房の呼び鈴を鳴らし、名乗りを上げた瞬間に駆け出し距離を詰める。
対象が扉を開けた瞬間、警備員の背に刃を突き立て横に突き飛ばす。
そして対象に素早く当て身。
気絶させてから対象を簡単に縄で縛り布で包み、改めて模型兵装に乗り込んで対象を連れ出す。
第四段階、学園から出て街の裏通りを進んで合流地点を目指す、ところまでは順調だった。
最初の異変は、冷気を伴って足元を漂う霧とも靄ともつかぬ白い気体だった。
それに違和感を感じた直後、体が潰れるかと錯覚する程の重圧。
無意識に足を止めていた。
それほどの殺気。
前方から、小さく、断続的に音が聞こえる。
それは、水を急速冷却して氷を作る時に聴こえてくる音とよく似ていた。
息苦しい。
深夜の裏通りだけに暗い。目立つ事は避けなければならないから、明かりを灯す訳にはいかない。
それがわかっていても、理解を越える状況に、理屈じゃない恐怖に耐えられず、突き動かされるように頭上に『燃焼』の術式を発動させる。
小さな炎、その明かりがかろうじて届く位の、思っていたより近くにそれは立っていた。
模型兵装なのだろう。
職業柄多くの機体を見て来たが、今まで見た中でも群を抜いて優美だった。
高級の模型兵装でも、これの前では一般級、いや廉価級と並んでしまうだろう。
人の手で造られたとは思えない完成度。
白い、僅かな透明感のある材質。
息を呑んで立ち竦んでいると、その全身に、まるで魔力線に沿っている時のような細い魔力光が浮かぶ。
魔力線など無いのに。
更に言うなら、直前まで暗闇だった。
魔力光に気付かない筈がない。
では、ここで待ち伏せしていた?それも有り得ないだろう。
そもそもこの道を使う事は誰にも教えていない。
そしてこの足元を漂う冷気。
それは目の前の機体の全身から放射されていた。
そんな、理の外にある機体を話には聞いた事がある。
古代機。それらはそう呼ばれる。
前史、あるいはそれより更に以前から現代にまで残った過去の遺産。
この国でも伝説級のアーム・アーティラスと、その眷属たる4機の古代機の英雄級が国家の最重要戦力として確認されている。
しかし目前の機体は伝え聞くそのどれとも一致しない。
信じられないが、古代機を手にしながら在野で甘んじる者が居るらしい。
風の噂としてよく登る話題ではある。
面白おかしく吹聴され、話が大きくなっただけと今までは思っていたが、真実が混じっていた事もあったのだろう。
それよりも、問題は。
うつむき加減だった頭部が動き、こちらを見る。
目が、合った。
模型兵装の目にあたるのは眼晶と呼ばれる映像を取り込む機構で、視線が合うなどという事はない、はずなのだが。
無機質の殺意とでも呼べそうな異質な感覚が俺に集中する。
そう、問題はそんなものに殺気を向けられている、現在のこの状況にある。
その腕が滑らかに動き、俺を指差す。
俺はとっさに空いている手を突き出しながら呼び掛けていた。
「ま、待て!学園に雇われた用心棒か?」
その手が、さっきから聞こえ続けている音と同じような音を立てて粉々に砕けた。
「なあ!?」
相手の腕が下がった。
偶然、指が示したこっちの胸部、つまり操縦席を手が遮ったから砕けたと言う事が分かった。
つまり、あと一瞬動くのが遅れていたら粉々に砕けていたのは俺自身だったのだ。
全身から汗が噴き出す。
腕を下げたという事は、話を聞く気になったのだろうか。




