追憶2
薄暗い。視界は霞んでいる。それとも煙が充満しているのか。焦げ臭い様な気もする。
身体が動かせない。あるいは痛いのか。感覚が麻痺しているのかも知れない。
誰かが自分を覗き込んでいる。逆光で輪郭しかわからない。
顎の辺りが動いている。何か話しているのだろうか。聞こえない。
何故か、頬に水滴が当たる感触だけが鮮明だ。
霞む視界が更に狭まっていく。黒一色に染まっていく。全てが遠ざかっていく。
そうして俺は、死に至…
「って、たまるかぁっ!」
掛け布団をはね除けて飛び起きた。自分の呼吸音と心音が五月蠅い。
額に浮いた汗を袖で拭う。少し経ち、乱れた呼吸と鼓動が落ち着いたところで一つ溜息を吐く。
幼い頃からたまに見る悪夢だ。そしてこの夢を見た日は大体、碌な事が無い。今日から学内順位戦だと言うのに幸先が悪い事この上ない。
…まぁ、悪夢云々に関わらず順位戦自体が碌な事ではないのだが。
ここニフオーン王国では10歳から12歳までの初等部と、13歳から15歳までの中等部が義務教育になっている。
より専門的に学びたい時は高等部、更にその上の大学部に進学する。とは言えそちらは義務教育ではない為、それなりに高額な教育費を学校に支払わなければならない…一般的な学校なら。
俺が通う『国立開拓員養成学園』は例外で、義務教育期間中にそれなりの成績を修めていれば高等部にも義務教育期間と変わらぬ格安料金で通う事が出来る、という特待生制度がある。
他国では開拓団の派遣は、人口調整の為の、いわゆる棄民の意味が強い。この国の興りとなった開拓団もそうだったと言われている。
しかし、いやだからこそというべきだろうか。ニフオーン王国では開拓員は国が認める、騎士に次ぐ名誉な職であると定めている。
未だその大半が前人未踏の東方大陸で、古の敵を排除し、森を切り開き、山を砂漠を越え、土地を開拓し0から街を作り上げる為の知識を学ぶ。
模型兵装を用いての戦闘、構造物の建築、狩猟や漁業、農業、牧畜、経済や物流の知識や実践等、その教育は多岐に渡る。
流石にその全てを完全に習得する事は出来ない為、一通りの基礎と、一つ専門を定める事になる。
国が開拓を棄民と考えていればここまで手厚い教育は施さないだろう。
俺はケイルム。姓は無い。必要な時はノーマラルと名乗る。これは自分が所属していた孤児院の院長の姓で、卒院の際に後見を受けた者が名乗る事を許される…実際の所、受けられないなんて事態はほぼ無いと言い切れる程度には子供思いの婆さん院長だったが。
そう。孤児院出身の俺には高等部の学費を払う財力は無い。特待生には…実は、成れる。
しかし現状だと早々に中退という未来しか見えない為、中等部3年も終わりが近い現在、進路に迷っている。
順位戦が碌でも無い、と思う理由でもある。
順位戦とは、月に一度、初級操縦資格以上を得た生徒達が模擬戦で腕を競う大会である。
複数人数、大体5〜8人での乱戦形式の予選と、予選を勝ち抜いた60名と前大会上位4名で勝ち抜き戦を行う本選がある。
俺の現在の総合成績から計算すると、高等部1年の2回目までに本選に出場し、中級操縦資格を得る事が出来なければ、特待生である資格を失ってしまう。
そして俺は初等部1年で初級資格を得てから現在まで、一度も本選に勝ち進んだ事が無い。
初級資格を得る為の仮想訓練機は何の問題も無く動かせるのだが、実機だと何故か思う通りに動かせないからだ。学園の記録にも今までにそんな例は無かったらしく、原因は不明だそうだ。
それでも、俺に合う…俺にも動かせる機体があるのではないかと、毎回違う機体を試しては打ちのめされる日々。
操縦初級資格を得て直ぐの頃は機体を造ってくれていた製造科の学生達からも見捨てられて久しく、必ず予選敗退で有名となってしまった俺に機体を造ってくれる者はもう居ない。
今は卒業生が残していった予備機を片っ端から試させてもらっているが、それも当然の様に駄目で残るまだ触れていない機体は2機しか無い。
初めて模型兵装を見た子供の時、俺は模型兵装の装手になるのだと強く思い、その為にこの学園に来て6年、流石に心が折れそうだ。
また今日の予選も、嘲笑や侮蔑に晒される羽目になるのだろう。
重たい気分と同調したのか、重く感じる体を引きずる様にして、支度を整えて寮の部屋を出た。